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<エッセイ> 七本足の蜘蛛 瑠璃子
2007年エッセイ賞優秀賞受賞
「しかしこれもまた真実である」 作家ティム・オブライエンは短編小説『死者の生命』でつづっている。 「お話しは我々を救済することができるのだ。私は四十三歳で今では作家になっている。それでもなお、今まさにこうして、私は夢の中でリンダを生き返らせ続けている。テッド・ラヴェンダーだって、カイオワだって、カート・レモンだって、そして私が殺したほっそりとした青年だって、(中略)彼らはみんな死んでいる。でもお話しの中では(お話しというのは一種の夢想行為なのだが)、死者たちは時には微笑み、起きあがってこの世界に戻ってくるのだ」
試してみよう。
私がはじめて出会った死者は柴田洋一くんだ。彼の両親は、私が小学六年生まで住んでいた玉川学園の町で写真屋を営んでいた。洋ちゃんは背が高く痩せぎすで、濃い眉の下の目はいつも油断なくぎらぎら光っていた。学年は私より一つ上。彼は、私がこれまで知っている誰よりも乱暴な男の子だった。 たとえば私が弟や友だちと近所の公園でドッジボールをしていると、洋ちゃんがふらりと現れる。小刻みに肩を揺するような歩き方で、にやにやしながら近づいてくる。鉄棒に寄りかかってこちらをじっと見ている洋ちゃんを前に、私たちはどうも気分が落ち着かない。動きがぎこちなくなって、不器用にボールを落としたり地面に引いた線をつい踏み越えてしまったりする。 すると洋ちゃんは、嬉しそうにコートの中に飛びこんでくる。 「なんだ、お前らへたくそだなあ」 彼はボールを取り上げると、私たち全員に容赦のない攻撃を浴びせかける。逃げまどう子どもたちは一人残らず彼の強烈なボールパンチの餌食になる。つんのめって転ぶ子、頭をかばってうずくまる子、ボールが当たった胸や腹を押さえてしゃがみこむ子。まるで爆風に吹き飛ばされたように私たちは地べたになぎ倒され、その円の中心に洋ちゃんの破れんばかりの笑顔がある。
子どもの死者はいつまでたっても子どものままだ。洋ちゃんを思い出す時、その絵の中に登場する私自身もまた幼い。私はひ弱で、日々の出来事に翻弄されている。ささいな幸福に酔いしれ、ささいな不幸にぺしゃんこになる。腹を立て、笑い、うそをつき、立ちすくみ、驚きと恐れと賛嘆の入り交じった目を見開いてあたりを見回している。 当時の私は、自分を取り巻く世界の目まぐるしい変化に圧倒されて、毎晩疲れ切ってベッドに潜りこんでいた。けれど、本当は急速に変化しているのは世界の方じゃなくて、成長期にある私自身の心と体なのだということを私は知らなかった。 今、私は透明な水の底を覗きこむようにして、あの頃を見つめている。記憶は小さな魚みたいに水たまりにすいと現れ、水面に近づいては遠ざかる。 たとえばそこに、ピンク色のランドセルを抱えた小学生の私の姿が見える。入学のお祝いに常盤台のおばあちゃんが買ってくれた大事なランドセルだ。真新しい背中の部分に、くっきりと靴跡がついている。学校からの帰り道、物陰から飛び出してきた洋ちゃんに、いきなり跳び蹴りを食らったのだ。美しい光沢の表面についた泥を、私は赤いセーターの袖で懸命にこすっている。私の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。
年下の子どもたちは、誰もが洋ちゃんを怖がっていた。彼は腹を立てても、機嫌がよくても、よく私たちをぶった。洋ちゃんのげんこつや膝小僧が頭や背中めがけていつ飛んでくるかと、みんなびくびくしていた。 けれど、そのうちに私はあることを学んだ。洋ちゃんが乱暴をはたらくのは、たいてい彼が私たちの遊びの輪からはずれている時なのだ。ちょうど『眠り姫』のお話に出てくる魔女が、仲間はずれにされた腹いせにパーティーの人々に呪いをかけるみたいなものだ。 私は考えた末、仲間たちに、何かして遊ぶ時には洋ちゃんを誘おうと提案した。賛成する者はいなかった。私だって本当はいやだった。でもそれ以上に、洋ちゃんの度重なる嫌がらせは私たちの脅威になっていた。しぶしぶみんなは同意した。それじゃお姉ちゃんが誘いに行ってよと、弟が口を尖らせて言った。 「洋ちゃん!」と私は彼の家の垣根越しに呼んだ。 洋ちゃんのぼさぼさ髪の頭が二階の窓から突き出してこちらを見下ろすと、また引っこんだ。 「一緒に遊ぼう!」と私はやけ気味に声を張り上げた。 勢いよく階段を駆け下りる音が外まで聞こえた。けれど、玄関から出てきた洋ちゃんは、そんな素振りはちっとも見せなかった。私を一瞥すると、まるで当然のお迎えだと言わんばかりに泰然とした様子で、私を従えて公園に向かった。 洋ちゃんの後ろを歩きながら、私は彼の足元を見ていた。冬だというのに、ぼろの運動靴につっこんだ足は裸足だった。靴下もはかずにいそいで来たのだ。私はおかしくなった。くすくす笑うと、洋ちゃんが何だよと振り返った。なんでもないと答えて、また笑った。洋ちゃんの目がぎらりと光った。私はぶたれると思って身を固くした。でも、彼は何もしないまま、また前を向いた。洋ちゃんの顔にも、私と同じように微笑が浮かんでいるのを私は見た。 公園までの道すがら、私はうつむいてずっと笑い続け、だから何なんだよと言いながら、洋ちゃんもつられて笑いだした。洋ちゃんの到着を怯えながら待ち構えていた年少の子どもたちは、声をあげて笑いながらやって来た私たち二人を見て目を丸くした。 「よーし、それじゃ何して遊ぶ?」 洋ちゃんが元気よく言った。 忘れがたい風景というものがある。写真のように記憶のスクリーンに焼きついて、それから四十年近くたった今でも、ふとした季節の気配や、日常で耳にする音、光の具合、香りなどをきっかけに蘇ってくる。 当時私が住んでいた公団住宅の北の端に、柵で仕切られた狭い土地があった。そこには鉄製の給水塔が置かれていた。胴の太いタンクに円錐型の屋根。それをコンクリートの台から生えた四本の鉄脚が支えてすっくと立つ姿は、子供心にSF小説に出てくる宇宙ロケットを彷彿とさせた。 給水塔で遊ぶことは禁じられていた。入り口の看板にも『遊ぶな、危険!』という文字が脅すような赤い色で書かれていた。私たちはその決まりを守っていた。ときどき柵の外に立ち止まって、憧れのロケットの姿を遠巻きに眺めるだけで満足だった。 そこに洋ちゃんが加わって事情は変わった。洋ちゃんは、たちまち私たちのグループのリーダーになった。彼は生まれながらの指揮官だった。驚くほどのスピードで次々と面白い遊びを考え出した。私たちは彼の指導のもと、学校の裏手の森に立派な秘密基地を作った。酒屋の物置から空き瓶の蓋をこっそり拝借して、自分たちだけの王国の通貨にして遊んだ。ローラースケートで坂の上から下まで一気に滑り降りて、大人のレースみたいにタイムを競ったりもした。 洋ちゃんは、手先も器用だった。遠くまで飛ぶ紙飛行機の折り方のこつも知っていたし、森で集めた小枝と新聞紙を材料にして、いろいろな形の凧を作る方法も私たちに教えてくれた。彼の態度は、大人にも子どもにも横柄だった。目についた小さな子の頭や背中を、気まぐれに小突く癖も相変わらずだった。けれど、洋ちゃんの考案する多彩な遊びの魅力に負けてみんな我慢をした。私たちは洋ちゃんを怖がりながら、心から尊敬していた。 そんな洋ちゃんにとって、看板に書かれた赤い文字などもちろん何の意味も持たない。彼は警告を無視し、鎖をまたぎ、ゆるんだ柵のすき間から悠々と給水塔の土地に入って行った。私たちもおっかなびっくり後に続いた。間近で見る給水塔は思った以上に大きかった。堂々とした体躯は朱色のペンキで塗られていた。午後の日に巨大な濃い影を落としながら、見上げる私の視界一杯に青空を遮ってそびえ立っていた。 ぽかんと口を開けて塔を振り仰いでいる子どもたちを、洋ちゃんはおかしそうに振り返った。彼はひらりとコンクリートの台座に飛び乗った。そこでもったいをつけるように一呼吸おき、それから全員が自分を注目していることを充分意識しながら背を向けて、台座からタンクへ伸びている点検用の長い鉄はしごをよじ登りはじめた。 驚きはしなかった。洋ちゃんならやるだろうと、私にはわかっていた。誰にも止められない。止めるべきかどうかもわからなかった。たとえ禁じられていても、ジャックと豆の木のように空に向かってどこまでも伸びるはしごを登るということは、子どもの夢なのだ。洋ちゃんは私たちの夢を背負って、一段一段はしごを登って行った。同時に、私の頭の中で『遊ぶな、危険!』の赤い文字がちかちかと点滅した。危ない、危ない。 半分ほど登った所で洋ちゃんは手を止めた。地上で見上げる私たちのはらはらした顔を確かめるみたいに、体をひねってはしごから身を乗り出した。そこで余裕の笑みを浮かべ手でも振ってみせるはずだったのだろうが、私には彼の顔が思わぬ高さにこわばるのが見えた。次の瞬間、洋ちゃんはぴたりとはしごに体を寄せた。迷うような間が少しあって、それから彼は、登りの時よりずっと慎重にそろそろと下りはじめた。洋ちゃんの胸に芽生えた恐怖が私にも伝染した。心臓がどきどきして、頭の中の赤い点滅が激しさを増した。危ない危ない危ない! あのとき何が起こったのだろう。あと数段で地上という所で、洋ちゃんの片手が突然力が抜けたようにはしごから離れた。傾く体は一本の手では支えきれず、そのまま皮がはがれるように彼の上半身は弧を描いて下向きにのけぞった。踏み外した足がはしごの間にひっかかり、そのためちょうどまっすぐ逆立ちをするような形で洋ちゃんは頭からコンクリートの上に落ちてきた。 私は恐ろしさに呆然となって、駆け寄ることもできなかった。けれど、洋ちゃんが何事もなかったように頭を掻きながら立ち上がったのを見た時には、もっと驚いた。 「誰にも言うなよ」 洋ちゃんは憮然とした表情で、私たちの一人一人をにらみつけた。念を押されなくてもしゃべるつもりはなかった。大人に知られれば、きっと厳しく叱られるにちがいない。 洋ちゃんのおでこに擦り傷と血がついていた。それを教えると、彼はちぇっと舌打ちして手のひらでごしごしとこすった。 「この次は絶対上まで登ってみせるからな」 そう言い捨てて、後も見ずに洋ちゃんは帰ってしまった。 残された私たちは顔を見合わせた。声をひそめて目の前で起こったことを話しあい、これは自分たちだけの秘密だと確認しあって、それぞれの家に散った。 約束は守られた。少なくともしばらくの間は。
思い出をたどることは、本を読むことに似ている。書かれてしまった筋書きは変えられない。何度読み直そうと、私が何を望もうと、物語はいつも同じ結末に向かう。 結末はこうだ。
給水塔の一件があって以来、私は洋ちゃんの姿を見かけなくなった。誘いに行っても家からは誰も出てこない。不思議に思っていると、母が「洋ちゃんは町田の病院に入院しているらしい」と教えてくれた。「詳しくはわからないけれど、どうも頭の病気らしいわ」 私は心臓が凍るかと思った。きっとあの事故のせいにちがいない。だからといって、私に何ができるというのだろう。 私は以前と同じように公園に行って友だちと遊んだ。たぶんみんなも親から何か聞かされているのだろうけれど、誰もそのことを話題にはしなかった。洋ちゃんの名前が私たちの口にのぼることもなかった。 平和な日々が戻った。刺激は少ないけれど緊張することもない。誰からも殴られないし、泣く子もいない。洋ちゃんの不在は、すぐに当たり前のことのようになった。私たちは学校から帰ると公園に集まり、平凡なゲームをして、日が暮れると「また明日」と言葉を交わして別れた。そんなふうに半年ほどが過ぎた。 ある日家に帰ると、母がにこやかに「洋ちゃんが退院したのよ」と私に告げた。「あなたに会いたいって。後でお家に行ってあげて」 私は困惑した。洋ちゃんが戻って来た。それが嬉しいのか悲しいのか、自分でもよくわからなかった。私がいつまでもぐずぐず出かけないでいると、「こんにちは」と玄関で声がした。「あらあら、こちらから伺おうと思ってたのに」と応じる母の声が聞こえた。 部屋に通された洋ちゃんを見て、私はびっくりした。まるで別人だった。痩せていた体に締まりのない肉が厚くつき、ぽってりとむくんでいた。どちらかというと精かんだった顔つきも以前の二倍ほどの大きさにふくれていた。おまけに何ヶ月も病室にいたせいで、顔も手も半ズボンからのぞく足も、全身が透けるほど白い。その風体は、いつか私が本で読んだことがある風船男そのものだった。 「こんにちは」と洋ちゃんは私にもう一度言った。 「こんにちは」と私は下を向いたまま答えた。 私たちは日の当たる縁側に並んで座った。母がコップに注いだカルピスを持ってきてくれた。そのままそこに腰を下ろし、もう具合はすっかりいいのとか、お家の方もご商売を最近休まれていたけれどまたはじめられるのとか、母はいくつか質問をした。洋ちゃんはその一つ一つに礼儀正しく大人のような口調で答えた。母が立ち上がっていなくなると、彼は私の方を見て微笑んだ。私はどぎまぎして、顔を上げることもできなかった。 「みんなはどうしてる?」と洋ちゃんが訊いた。 何と返事をしたらいいものやら迷った。困ったあげく、私は「ふつう」と答えた。 「ふつうか。いいなあ」 洋ちゃんは笑った。白い丸顔の目が細まって、優しい表情になった。 「四月から、また学校に行けそうなんだ」 洋ちゃんは話し方まで変わっていた。風貌と同じようにゆったりとして、温かみが感じられた。 「半年も休んじゃったから、もう一度五年生からやり直すんだ。るりちゃんと同じ学年になるね」 そう言って、私の反応を待つように黙った。彼が緊張しているのが私にもわかった。私は遠慮がちに、消え入るような声で言った。 「だったら、同じクラスになれるといいね」 「うん、そうだね!」 洋ちゃんの声が明るく弾んだ。 そのとたん、私も嬉しさがこみ上げてきた。洋ちゃんが帰ってきてくれて嬉しい、そうはっきり感じることができた。 「あたし、先生に頼んでみてもいいよ」 私は洋ちゃんの目を見て、勢いこんで言った。 「ほんと?」 彼は、はじけるばかりの笑顔になった。 「うん、ほんと!」 私たちは手を取って喜びあった。まるで、もう本当のクラスメートになったみたいだった。 洋ちゃんは元気に手を振って帰って行った。そして、それが生きている彼を見た最後だった。
それ以前にも、私は人の亡骸を見たことはあった。小学校に上がったばかりの頃、両親に連れられて豊橋の叔父宅で行われた祖父の葬儀に参列した。遠方ということもあり、もともと祖父とは疎遠だった。死というものを理解するにも私は幼すぎた。何もわからないまま、私は父母の真似をして花で覆われた棺の中を覗きこんだ。そこに死人がいた。枯れ木みたいに痩せそぼり、皮膚も爪も頭髪も小麦粉をまぶしたように白くかさついていた。箱の底に横たわるしなびた老人は、もう三百年も前からずっと死んでいたように見えた。 けれど洋ちゃんは違った。 葬儀の日はどんよりした曇り空だった。絶え間なく吹く風にはためく白黒の幕の下は、子どもたちと同伴の若い父母で埋めつくされていた。会場は公営住宅にほど近い集会所だった。あまり広くない木の床に急ごしらえの祭壇が作られ、そこに白い菊の花に縁取られた洋ちゃんの写真が飾られていた。 棺の中の洋ちゃんは相変わらず風船みたいだったけれど、頬は前に会った時よりもつやつやしてピンク色をしていた。枕が少し高すぎるのか、ぐっとあごを引いた顔はたっぷり肉がついて盛り上がった自分の腹をしげしげ眺めているようで、それが何ともユーモラスだった。目を閉じて微笑を浮かべた洋ちゃんは、今にもくすくす笑いだしながら棺から起きあがって来そうだった。 もし本当にそうなったら、どんなにいいだろうと私は願った。願うより祈った。けれど洋ちゃんは死んだままだった。葬儀はしずしずと進み、集会所の屋根に重い雨が落ちはじめた。
洋ちゃんの遺灰は巣鴨の柴田家の墓に納められ、私は五年生になった。洋ちゃんと一緒に遊んでいた頃よりも背が伸び、体も一回り大きくなった。それとともに、私の中で給水塔の秘密も大きくふくれあがっていった。洋ちゃんが死んでしまった本当の原因を大人たちは知らない。洋ちゃんのお父さんもお母さんも、知らないまま悲しんでいる。その痛みは耐え難かった。 私はとうとう母に告白した。あの日、洋ちゃんが給水塔のはしごから落ちて頭をコンクリートにぶつけたこと。叱られると思って黙っていたこと。洋ちゃんの病気は、きっとあの時の怪我が原因にちがいないということ。 母は驚いた面もちで私の話を聞いていた。それから黙って台所へ行くと、温かいお茶を淹れて泣いている私に飲ませた。 「一緒について行ってあげるから、その話を洋ちゃんのお母さんにもう一度しなさい」と母は言った。 柴田のおばさんは気さくな人だった。度の強い眼鏡の奥の目がいつも笑っていて、花柄のエプロンのポケットには、近所の子どもたちにいつでも配れるようにミルキー飴が一杯詰まっていた。 母に連れられた私を見ると、おばさんは喜んで家に迎え入れてくれた。その時点で、私はもう泣きそうになった。母が私の手をぎゅっと握りしめた。 おばさんも母と同じように驚くだろうと思っていた。怒るかもしれない。怒鳴られて叱られても仕方ないと、私はうなだれていた。 話を聞き終えたおばさんは、膝で組んでいた手を上げて、分厚い眼鏡をちょっと鼻に押しつけるような仕草をした。 「知ってたわ」とおばさんは言った。 「おでこにすごいこぶたんを作って帰ってきたんだもの。擦り傷もあったし。問いつめたらあっさり白状したわよ、あの子」 おばさんは、にっこり私に笑いかけた。 「でも頭を打ったって言うでしょ。何かあっちゃいけないと思って、一応次の日病院に連れて行ったの。事情を話して検査をしてもらったのよ。そしたら、怪我の方は大したことなかったんだけど、別の病気が見つかっちゃったの。もっと重たい病気」 おばさんの口調は気軽な世間話でもしているみたいだった。話しながら立ち上がって、母には麦茶を、私にはオレンジジュースを注いだコップを運んできた。 「洋一の頭の中にね、悪いおできみたいなものができてたの。いろんな薬を使って退治しようとしたんだけど、あの子もすごく頑張ったんだけど、だめだったわ」 そう言うと、今度はテーブルに置いてあった四角い缶の蓋を開けて、中のクッキーを私に勧めた。 「話してくれてありがとね。内緒にしてて苦しかったでしょ。それに、きっとあの子が言ったんでしょう。絶対に秘密にしろって。自分の失敗を人に知られるのがいやだったのよ。そういう子だったから」 もう一度勧められて、私はクッキーを手に取った。チョコチップが入ったクッキーだった。私の大好物だ。 「でもね、四月になってまた学校へ行けるのを、洋一はすごく楽しみにしてたのよ。学年は一つ下がっちゃうけど、るりちゃんがいるから大丈夫。独りぼっちじゃないよ。そう言って」 おばさんの話にうなずきながら、私は次々とクッキーに手を伸ばした。自分でも止められなかった。 それを見て、おばさんは笑った。 「よかったら、残りの分も持って帰ってちょうだい」 私はつい嬉しくなって、頬張った口の端からクッキーの粉を落としながら、ひときわ大きくうなずいた。 「あの子が食べたいって言うものだから、たくさん買い過ぎちゃった」 そう言うとおばさんは静かに首を垂れ、泣きはじめた。 私は驚いて、伸ばしていた手を引っこめた。ちらりと横をうかがうと、母が厳しい表情でテーブルを見つめていた。私は取り返しのつかない失敗をしてしまったと思った。肩と膝をすぼめて、できるだけ体を小さく丸めた。 窓の外で遅咲きの八重桜が花を散らしていた。のどかとも言えるその光景の中で、おばさんがときどき鼻をすする小さな音だけが響いていた。
これが、洋ちゃんのお話だ。
おばさんはそうじゃないと言ってくれたけれど、私は洋ちゃんの死に、やっぱり自分にも責任があるのではないかと感じ続けた。頭ではわかっていても、私の心は彼が死んでしまったという事実を拒んだ。洋ちゃんは生きていると夢想して、夢の中で何度も彼を呼び戻し、一緒に遊び、学校へ通った。 あまり強く想いすぎて、そのうちにそれが実際にあったことなのか、私が夢で作り上げたものなのか、自分でも境目がわからなくなってしまった。 たとえば繰り返し思い出される光景にこんなものがある。 洋ちゃんと私は、家の縁側のそばで向き合ってしゃがんでいる。膝をつき合わせた足元に小さな蟻地獄がある。地面にぽっかり空いた漏斗のような砂の穴を、私たちは熱心に観察している。やがて洋ちゃんが立ち上がり、どこからか蜘蛛を一匹捕まえてきた。足が細くて長い、見るからにひ弱そうな白っぽい蜘蛛だった。洋ちゃんは、その蜘蛛を蟻地獄に放りこんだ。何が起こるか、私たちはわくわくしながら見守った。 何も起こらなかった。穴に潜む魔物は留守か、あるいは昼寝中なのかもしれない。私は少しがっかりしたが、洋ちゃんはあきらめきれない様子だった。足をぱたぱたさせて穴から這い出そうとする蜘蛛を、指先でつついては押し戻した。蜘蛛の方もあきらめなかった。か細い八本の足でずんぐりした腹を持ち上げ、穴の中をせわしなく動き回り、必死に壁をよじ登って、あっちの縁からこっちの縁から逃げようと試みた。やがて洋ちゃんはじれったそうに蜘蛛をつまみ上げると、長い足のうちの一本を何とも無造作にもぎ取ってしまった。 再び戻された蜘蛛は穴の底にぺしゃんと腹這いになって、しばらくじっとしていた。自分の身に何が起こったのか、首を傾げて考えこんでいるみたいだった。それから、またゆっくり砂地を這い回りはじめた。さっきより動きがぎくしゃくしていた。支えを一本失って、丸い腹がひょこひょこと地面をこすっていた。蜘蛛は新しい自分の体に慣れようと頑張っていたが、まもなく動きを止めて沈黙した。 この騒動にも穴の主は顔をのぞかせなかった。洋ちゃんは飽きてしまったのか、そのうちどこかへ行ってしまった。取り残された私は、穴の底にへばりついている七本足の蜘蛛を一人で見下ろしていた。さっきまで凶暴な蟻地獄に食われる蜘蛛を喜んで眺めるつもりだったのに、今はその蜘蛛が哀れでたまらなかった。私は手近な小枝を拾って、蜘蛛の腹をつついた。蜘蛛は目を覚ましたように身を起こすと、再びよろよろと穴の壁に向かった。私は小枝の先で、よじ登る蜘蛛の尻をそっと押し上げてやった。無事地上にたどり着くと、蜘蛛は一目散に逃げて行った。その姿が花壇の草むらに消えるのを確かめてから、私は蟻地獄の穴を埋めた。土をかけ、地面をならし、その上を靴のかかとで踏み固めた。、後には何も残らなかった。まるで最初から、どこにも穴など存在しなかったみたいに。
その人と出会ったことで、自分が以前と別の人間になってしまったように感じることがある。私にはこれまで、そういう人物が何人かいた。柴田洋一くんは、そのうちの一人だ。 洋ちゃんのことを思い出すたびに、私は窓から吹きこむ一筋の風に頬を撫でられるような気がする。不快ではない。ただ、ふと何かに気づかされるような感じで、ぶるっと身が引き締まるのだ。 遠くから予告もなく誰かの手が伸びてきて、地を這う蜘蛛の細長い足をぷつんと抜き去る。蜘蛛は自分の体が変形してしまったことに驚き、うろたえ、嘆き、しかしやがて受け入れて、その後の人生を生きていく。同じように私は洋ちゃんが欠けた世界で生きつづけている。
人は、本当にお話によって救われるのだろうか。
私は空想の世界で、あの給水塔のはしごの下にいて、よじ登ろうとする洋ちゃんの前に立ちはだかる。彼の袖を引っ張って、そんなことはやめてと懇願する。洋ちゃんは人も恐れる乱暴者だから、私を鼻で笑い、手を振り払い、私の長い三つ編みの髪をつかんで引き倒し、私をぶつ。私はあきらめない。やめてやめてやめて。歯を食いしばりながら、なおも彼の袖をつかんで引っ張り続ける。すると洋ちゃんはきゅうに暴れるのをやめる。泣いている私を不思議そうな顔で眺め、彼ははしごから手を離す。私たちは冷たいコンクリートの縁に並んで腰を下ろす。私は心からほっとする。洋ちゃんは、ほこりと涙で汚れた私の顔を見ないようにしている。私たちはしばらく黙って、膝から下をぶらぶらさせている。冬の空をスズメの群が渡って行く。洋ちゃんは、今、お祖父さんの古いトランジスタラジオを修理しているんだ、と私に話す。「もうすぐできる。そしたら、紅白歌合戦に間に合うからな」「紅白歌合戦ってラジオでも聴けるの?」と私が訊くと、馬鹿にしたように洋ちゃんが肩をすくめる。「テレビでしか見れなかったら、目の見えない人はどうやって大晦日を過ごすんだよ」私はちょっと気を悪くする。それから、洋ちゃんのお祖父さんが白内障という目の病気で、最近はほとんど盲目に近いということを思い出す。五時になって学校の鉄柱にくくりつけられたスピーカから、ドヴォルザークの『新世界』のメロディーが流れはじめる。夕暮れがオレンジの花びらのように私たちを包む。もう家に帰らなくちゃと思いながら、私はまだ洋ちゃんの隣に座っている。
誰かを救いたいと願う。あるいは、その人を救えなかった自分自身を救いたいと願う。ティム・オブライエンの「リンダ」のように。私の「洋ちゃん」のように。どの人の心にも、そういう死者が誰かしら住みついているのではないだろうか。だからこそ私たちはお話を必要とするのだ。
洋ちゃんが足を引き抜いたあの蜘蛛は、その後どうなっただろう。
こんな想像をする。 怪物の魔手からようやく逃げおおせた蜘蛛は、シダの葉陰で一息ついた。彼はへとへとに弱っていた。自分の命の灯火が、今にも消えてしまいそうな予感がする。彼は左右に三個ずつ並んだ六眼で、自分を取り巻く世界を見渡した。腹の下を覆う苔の感触がふかふかして優しい。いろいろな形の葉っぱをすり抜けてきらめきながら落ちてくる太陽の光が、地面に不思議な模様を描いていた。彼はその静謐な美しさに胸を打たれた。どうせもうすぐ死ぬのなら、それまでの間懸命に生きようと彼は決心した。 蜘蛛は蜘蛛らしく、物陰に巣を張り獲物を得ようと努力をした。けれど七本しかない足ではどうにも不器用で、巣はいびつな形をしていた。少し大きな虫がかかると、網は簡単に破れてしまう。それを見て他の蜘蛛たちが笑った。彼はぎこちない動作で、黙々とまた網を張りはじめる。 遠慮のない蜘蛛の子どもがやって来て、なぜ足が七本しかないのかと質問をした。彼は、彼の体験した冒険の話、恐ろしい巨人と地獄の穴の話を子どもに聞かせてやった。子蜘蛛は目を丸くして聞き入っていたが、次の日、小さな友人たちを引き連れてまた彼の巣の下に現れた。 「聞かせて聞かせて」 子どもたちが声を合わせてねだる。 「ねえ怪物のお話をして」 蜘蛛は語って聞かせた。他の話もとせがむので、彼はそれまでの人生で見たり聞いたりした話を子どもたちにしてやった。自分の体験のこともあれば、他の者の体験のこともあった。小さな出来事はふくらませて、大きな出来事は細部を綿密に話すように心がけた。聞く者が喜ぶように彼は自在に話を変形させ、物語を紡ぎ出すことができた。 そのうち、子どもだけでなく大人の蜘蛛も彼の話を聞きに来るようになった。いつの間にか、蜘蛛は語り部になっていた。お話はいくらでも生まれた。何十、何百と話を続けるうちに、彼はこれまで平凡でとるに足らないと思っていた自分の人生が、実は物語にあふれているということに気がついた。同様に、誰の人生にもそれぞれの物語が存在するということにも。 やがて蜘蛛は年老いた。巣を張って獲物を捕る力も失われた。飢えがしのびより、少しの間彼を苦しめた。しかし、それも終わった。透き通るような静寂が訪れた。 最後の小さな息を吐き、蜘蛛は眼を閉じた。 そのせつな、まぶたの奥でざぶんと音がして眼前に大海原が広がった。蜘蛛は海を知らなかったけれど、なぜだかそれが『海』というものだとわかった。自分のものではない誰かの記憶が「そうだ、これが海なのだ」と彼に囁きかけていた。 ぽつりと何かが落ちてきた。「私は昔、海を渡って北極海のオーロラを見た」 ぽつりと次が落ちてきた。「お母さんお母さん、ぼくを見て。ほらこんなに元気だよ。あの木のとこまでだって走れるよ」 ぽつりとまた落ちてきた。「なんだって俺はこうも不器用なんだ。思ったことの半分も言えない。けど女房はわかってくれる。俺にはできすぎた女だ。本当にありがたい」 振り仰ぐと、蜘蛛の頭上の空一杯に、生きて死んでいった者たちの記憶の断片が、砕いたガラスみたいに広がっていた。そのかけらが、いっせいに、夕立のように彼に降り注いできた。何億という記憶の粒が彼の魂を通過して行く。 おおおお、 蜘蛛は言葉にならない声をあげた。 彼の体はそれに耐えられなかった。雨に打たれて、端の方から一筋の銀の糸になってほどけはじめた。蜘蛛は感じた。まもなく自分もまた、彼らのような「記憶」のかけらになるのだ。それが嬉しいのか悲しいのか、蜘蛛にはわからなかった。わからなくてもいいのだろうと思った。そして理解した。出発の時だ。船は必要ない。彼自身が船だからだ。 すべてを洗い流す雨がやんだ後、そこに蜘蛛の姿はない。微風の中、かすかな吐息だけがさざ波のようにたゆたってる。まもなくそれも消える。
これもまた一つのお話である。
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