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山崎哲
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茶房ドラマを書く
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01物干し竿 岩波三樹緒

茶房ドラマを書く/作品紹介
<シナリオ>    夏がくれば___すずめの学校     深谷 巖

所     東北地方の山間地の小・中学校
時     何時頃ともはっきりしないかなり以前からほぼ百年の話
人物   野間鉄男(のろま、ノロテツの別名持つ)
      はるか以前高卒時就職難のおり、
      教育愛もなく使命感も持たぬくせに、
      学費の安さと安定した就職につられ教職コースを選ぶ。
      現実の厳しさを何一つ知らぬまま社会に出てから、
      何時の間にか百歳の大台近くなった。

「なーつがくれば思い出すウー」

と歌って通り過ぎる人がいる。
鉄男にもいくつか思い出がある。
心に残っている事をまじめな顔で記しはじめる。
本人は至極真剣に思い出を綴っているつもりだが、
原稿用紙には〇×☆■□◎などと書き連ねられている。


その@ カエル


   ある年の初夏、中学三年生の教室補欠授業に行っていた
   新採用教員の夏野いずみが
   顔色を変えて職員室へ駆け込んできた。
   居合わせた斉藤(教頭)たち夏野の様子に驚く。

夏野「もう、嫌です!」
斉藤「どうしたんです」
夏野「チョークを出そうとしたら……机の引き出しの中に……」
斉藤「中に、なんです」
夏野「カ、カエルが……」
斉藤「なに、カエルがいたあ、ハッハッハアー」
夏野「笑い事ではありません!」
斉藤「カエルに驚いていては、授業になんねえ、こどもたちはどうしました」
夏野「……あんな生徒たち」
斉藤「あんな、……」

   泣き叫ぶ様にして、

夏野「もう、あの教室には行きません」

   泣かんばかりの表情で保健室へ駆け込む。
   とっさに傍らにいた大野(理科担当教諭)。

大野「私が補欠に行きます」
斉藤「お願いします」

   と大野に声をかけて、

斉藤「まったくウー、今どきのお嬢様先生には困っちまあ」

   なぜか、斉藤少しゆがんだ表情。

大城(教務)「そうも言えませんよ、田中先生の様なのもいますから」
斉藤「ああ、彼も変わってんなあ」

   田中剛=二十五歳、百八十四センチ、
   体重八十五キロ柔道三段の偉丈夫で体育教師。
   走、跳・投等実技力で生徒から尊敬を集めている。
   その彼に意外な弱点があった。
   三年前のある日のこと。
   体育の授業後、校舎に入ろうと昇降口まで来た。

田中「あっ」

   と叫んで校庭の中ほどまで逃げて行った。

大山「なんだア、あれ」

   変に思ったが生徒の後を追って教室へ。
   しばらくして職員室の窓をたたく音、
   窓をあけると青い顔をした田中が立っている。

斉藤「どうしたんです」
田中「あ、あの……」
斉藤「……」
田中「校舎にはいれないんで」
斉藤「なぜ、どうしたんです」
田中「教頭先生、昇降口に来てください」

   斉藤、何事かと昇降口へ出てゆく。
   斉藤を見た田中安堵の表情で生徒の
   靴箱の方を睨みながらそろそろと校舎に入る。

斉藤「田中先生どうしたんです」
田中「いや、あのう……どうもありがとうございました」

   田中、頭を下げて去ってゆく。
   斉藤不審な表情のまま自席に戻る。
   しばらくしてキンチョールを手にした養護教諭の鹿山が、
   笑いを懸命にこらえ駆け込んで来たが
   堪えきれずに下を向いて笑い出す。

斉藤「どうしました、鹿山先生」
鹿山「いえい、あの、なんでもありません」

   鹿山、急いで保健室へもどる。

斉藤「何でもない、ことないじゃないか」

   隣の保健室から鹿山と
   用務員草野・平田主事の笑い声が聞こえる。
   やがて鹿山が職員室に入ってくる。

鹿山「さきほどは失礼しました」
斉藤「いや、なに」
鹿山「実は田中先生が……」(と言って、笑い出す)
鹿山「田中先生がどうしたんです」
鹿山「ゴキブリが怖いんだそうです」
斉藤「ゴキブリが怖い?、そうだったのか」(笑い出す)
鹿山「……」
斉藤「さっき、昇降口から入れなくて俺を呼びにきたんだ、
   そうだったのか」
鹿山「そうだったんですか」
斉藤「生徒の靴箱を睨みながら、素早く廊下にあがったのは
   そのせいだったんだ」
鹿山「わたし、田中先生に頼まれてゴキブリ退治の
   昇降口に行ったんです」

   キンチョールを噴霧する缶を示す。

斉藤「そうしたら」
鹿山「田中先生ったら、いますぐ退治してくれ、って言って
   付いてきたんです」
斉藤「あの田中先生が」
鹿山「適当に、靴箱の下に噴射したら、
   ゴキブリがチョロチョロ逃げ出してきたんです」
斉藤「ほう」
鹿山「そうしたら田中先生、ワッとさけんで逃げて行ったんです」
斉藤「鹿山先生を置いてかい」
鹿山「勿論ですわ、後も見ないで逃げ出したんです」
斉藤「体育万能のあの堂々たる、田中先生が……」
鹿山「まったく……」

   ふたりで笑い出す。
   この話は何時か職員全員の知るところとなった。
   田中は頭をかきながら
   子どもの時から怖くて怖くて仕方がないのだと
   告白した。

田中「生徒には内緒にしてください。お願いします」
仲間「大丈夫、俺たちミーンナ口は堅いんだ」
田中「おねがいします、ほんとうに」
仲間「まかせておけって」

   斉藤はたちまち生徒にも知られるに違いないと思っていた。
   しかし不思議な事に、生徒たちからは相変わらず尊敬され、
   信頼を得ているのだった。

斉藤「……笑い事でねえ、最近の若者の気持ちはわかんねえ、
   親の顔見てえや」
大城「……」
斉藤「鬼と相撲取っても負けないような体力持ちながら、
   ゴキブリを見て震い上がる奴だの、
   カエル見て、教室逃げ出すなんて……
   ったく使命感がねえんだよ」
大城「ところで、三年二組の方はどうします、
   校長に一言報告しておきますか」   
斉藤「まさか、こうだごどで……、今のところは大野先生にまかせて、
   午後、担任の竹田先生(英語担当)が戻るので
   よく事情を調べてもらうべ」

   話あっているところへ、鹿山が入って来る。
   斉藤の前に立つ。

鹿山「教頭先生、夏野先生が……」
斉藤「何であんなに、騒ぎまくってんのがなあ」
鹿山「夏野先生は、」
斉藤「……」
鹿山「夏野先生、中学時代意地悪されて、
   靴箱にヘビを入れられたそうです」
斉藤「……」
鹿山「それから引き出しの中などに動くものを見ると怖くて動けないそうです。
   今日のように月の特別な日には、
   特に激しい恐怖を感じてしまうのだそうです」
斉藤「……なんと」
鹿山「夏野先生今は少し落ち着いてきましたが、
   (こんなことではこの仕事務まらないから退職します)って」
斉藤「そこまで……」
鹿山「……」
斉藤「実は私……いまも毛虫が怖くて、芋虫見ると気味悪くて……」
大城「……」
斉藤「だから、ほんとはあまり立派な口きけないんです」
大城「そうだったんですか、こりゃあ、どうも」
斉藤「鹿山先生、とにかく夏野先生を励ましてください」
鹿山「はい、話し合ってみます」
斉藤「とにかく、夏野先生が平静を取り戻すように、
   力づけ、話し合っていただけませんか。」
鹿山「どこまで出来るかわかりませんが」
斉藤「私もいきますか……」
鹿山「いや、とりあえず女性同士で……」

   しばらくして、鹿山、夏野が入ってくる。
   斉藤立ち上がって夏野に頭を下げる。

斉藤「夏野先生、先ほどはすみませんでした」

   夏野、鹿山と顔を合わせながら、かすかな声。

夏野「コチラコソ、ご心配を……」
鹿山「夏野先生が(驚き過ぎました)と……」
斉藤「いやあ〜、安心した。でもなんだな、
   先生の引き出しにカエル入れる奴なんてぶっ殺してやりてえな」

   夏野の顔色変わる。
   夏野の父親が戦死しているのに気付いた鹿山。

鹿山「教頭先生!」

   たしなめられた斉藤、夏野の表情を見て、

斉藤「……」
鹿山「乱暴な言葉を使わないでください」

   斉藤、はっした顔色、やがて思いきったように、

斉藤「実は、私も、子どもの時、毛虫が大嫌いで、
   特に栗虫(野蚕)や毛のない大きな芋虫(黄アゲハの幼虫)は怖がって
   随分親爺に怒られたもんです。五十になった今も怖くて、
   つい乱暴な言葉になって、すみません」
鹿山「教頭先生が」
夏野「……」
斉藤「栗の葉につく、緑に黒の毛虫を見ると動けなくなって震いていた」
鹿山「あんな大きな毛虫、誰だって気味悪いですよ」
斉藤「だから、虫など使っていたずらする奴はゆるせない」
夏野「そうだったんですか」
斉藤「夏野先生にお願いがあります」
夏野「……」
斉藤「私のように生徒の中にもきっと特定の虫やカエルなど
   怖がっているのがいるはずです」
夏野「はあ」
斉藤「そいつらは、みんなに知られると笑われたり、
   いたずらされるのが嫌で、黙って我慢しているのです」
夏野「……」
斉藤「そんな生徒たちを指導して欲しいんです」

   鹿山、うなずく。

夏野「……」
斉藤「本来なら、虫が出るような季節は寒くなく、好い季節なんです。
   その季節を楽しく過させてやりたいんですよ」
夏野「……わたしには出来ません」
斉藤「あの生徒たちを救うのは先生にしか出来ません。
   どうかお願いいたします」
夏野「自信ありません」
鹿山「先生と同じ悩みを持っている生徒たちです。
   相談にのってやれませんか」
夏野「……話を聞くぐらいなら」
斉藤「それでいいです、なんとかお願いいたします」

   鹿山、夏野が職員室を出て行く。

   次の日午後の職員室。
   カエルで夏野にいたずらをした生徒の担任、竹田澄男と
   斉藤が話し合っている。

竹田「この度は、担任の生徒たちがすみませんでした」
斉藤「すこしどぎついイタズラだったなあ」
竹田「……」
斉藤「虫やヘビは当人でないと分らない恐怖を与えるものだから」
竹田「はい」
斉藤「生徒たちは軽い気持ちだったかもしれながね」
竹田「はい」
斉藤「生徒たちに怖がる当人の気持ちよく考えさせてください」
竹田「はい」
斉藤「ところで、夏野先生をカエルで驚かしたのは誰か分ったかね」
竹田「はあ、本人はあまりおおごとになってしまったので驚いています。
   夏野先生に自分からお詫びすることで落着させていただけないでしょうか」
斉藤「いいですよ。学校は犯人探しするところでないから」
竹田「カエルを入れたのは男子生徒なのですが、
   夏野先生に憧れていて、注意を引きたかったらしいんです」
斉藤「なるほど。しかし、当人には厳しく指導すること。
   小動物にトラウマを持っている人は案外いるもんだから」
竹田「はい」
斉藤「三年二組にも特定の虫など嫌いだ、怖いという生徒いないかね」
竹田「聞いてみたらいました。いろんな癖があるもんだとおどろきました。
   なかには病的な者もいました」
斉藤「そうか、これは学校全体で取り組んだ方がいいかもしれない」
竹田「たしかに」
斉藤「鹿山先生に全校調査をして貰う必要ありそうだ」
竹田「ナメクジ嫌いとか、蜂怖いとか、いろいろいます」
斉藤「夏野先生がなんとか意欲をもって生徒に向き合う様になればいいが」
竹田「ご心配掛けてすみません」
斉藤「いや、これは瓢箪から駒だ。生徒指導上の課題をひとつとらえた感じだ」

   養護教諭鹿山靖子の活躍で全校的な取り組みとなった。
   田中や夏野も依頼され出番がふえ活発に活動するようになった。
   夏野の引き出しにカエルをしのばせ
   気を引こうとした三年二組の高山は正直に詫びた。
   興奮の収まっていた夏野は
   自分の騒ぎ過ぎを反省し高山を許してくれた。
   夏野は「特定動物過恐怖症児童生徒指導研究会」の仕事や
   本務の音楽指導に、いきいきと活動を続けた。
   高山としては自分が夏野の注意を引く事もなく、
   特に関心を持たれることもなく穏便だが
   淋しい事件の落着となった。

   あの人たち、みんな良い人々だった。
   その後どんな人生を送ったかなあと、野間はこの頃気になる。


 そのA バカせんせい


   真田太一は小学二年生。
   憎気はないが、おしゃべりで、おせっかいな子だった。
   昨日も隣の席の子の頭をつついたり、
   本をかくしたりして泣かせた。
   度重なるいたずらなので、野間はとうとう怒り、
   「バカヤロー」
   といって、太一の頭をぱたりとたたく。

   「ウエーン、せんせい、はだいだあー」
   と泣き出した。
   頭に来ていた野間が、
   「泣くなー、自分が悪いくせに」
   というと、
   「オラ、ながねえ、だげんちょ、なみだ出んだも」
   としゃくりあげあげ話すので、そばにより、
   「なあ、太一、おめえ、ほんとは良い子なのに、
   ひとのごどにいたずら、しっからわりんだぞ」
   と話して聞かせたのだった。

   今日も担任である野間が仕事をしている
   机の周りにきて何かと話しかける。
   今日中に提出の書類を作っていた野間は
   空返事をしていた。
   そのうち、

太一「きのう、せんせのこと、じーちゃんにいいつけてやった」
野間 「かまねえ」

   と返事したが。少し気になって、

野間 「なんって言いつけた」
太一 「せんせい、おれごど、たたいたって」
野間 「じーちゃん、なんて言った」
太一 「オメエらのせんせい、バガせんせいだな、ってゆった」
野間 「(思わず)はっははは……」

    あとから聞いたところによると、
    太一の父親は出稼ぎに出ることが多く、
    祖父母・母親との四人暮らしが多かったという。
    太一の祖父にしてみれば、孫の話を聞いて、
    慰めてやったのだろう。
    太一がうるさくまつわりついていたのは、
    さびしくて話を聞いて欲しかったのかもしれない。
    可哀相なことをしてしまったと今頃になって思い出している。


 そのB 五平君のこと


   今から半世紀も前のこと。
   午前の授業終了のベルがなると
   教室が急ににぎやかになる。

生徒1「オレ、小便に行って来る」
生徒2「おれ、便所」
生徒3「おれは水のみ」
教師(野間) 「うるさい、黙って行って来う」

   ひとしきりのざわめきの後、

日直 「いただきまーす」

   との声で弁当を食べはじめ、
   静かになった室内を見回した担任の野間、
   五平の席が空いているのに気付く(あれ)と思ったが、
   黙って席をたって昇降口(児童用玄関)へ出て見る。
   水道の蛇口まわりが今水を出したばかりの様にぬれている。
   (おやっ?)と体育館の方を見ると、
   入って行く五平の後姿が見えた。

   昼食を済ませた野間、前の席の春夫を呼ぶ。

野間 「春夫君、五平君はいつも
    お昼の時間外に出て行って遅れて戻って来るな」
春夫 「んだ、先生、治夫君は弁当持ってこねんだよ」
野間 「なに、持ってこねえ」
春夫 「五平君かわいそうなんだ」
野間 「なにーい、……そうだったのがあ、わがった、ありがとう」

   春夫席にもどる。
   野間、五平のことを考え、(今までどうして来たんだ)と
   だんだん職場や社会に腹が立ってくる。

   職員室で話し合っている野間と滝田・他。

滝田 「そうなんだよなあー、五平も可哀相だ、
    母親なくしてそのうえひどい貧乏だ」
野間 「なんで弁当も持って来れねえようなままにしてあんですか」
滝田 「いや、放置しておいた訳でねえ、
    学校でも民生委員に連絡を取って相談した」
野間 「そうしたら」
滝田 「父親が、生活保護を受けるような恥を受けてまで生きていけねえ、
    と強固で」
野間 「……」
滝田 「五平の父親がそういうわけで、
    まわりの人も迂闊なことは言いねえと引っ込んでそまうだわ」
野間 「そうですか」

   五平の家を家庭訪問している野間。
   五平の父、草野力蔵と話し合っている。

野間 「五平君の担任、野間鉄男です。今年、谷川小学校へ来ました」 
力蔵 「(じろり見て)やあ、あんたが五平の先生かい」
野間 「はい」
力蔵 「五平のやつ、良い先生だって喜んで学校に行く」
野間 「いや、まだ若輩で、行き届きません」
力蔵 「おれは学校のことはわがんねえ、先生に任せっから」
野間 「はあ」
力蔵 「こうだ山奥の開拓地だもんで、俺家さはあんまり先生も来ねえ」
野間 「……」
力蔵 「俺はない、ジャワで片足無くしたが、ここまで開拓してきた」
野間 「そうだったんですか、すごいですね」
力蔵 「足一本無くたって農業は出来る、
    人に使われる仕事はきついが、自分ですきなように働けるからな」
野間 「しかし、大変ですね、よくここまで」
力蔵 「まわりでは、年中貧乏だから保護受けろってゆってくれるが、
    国から開拓する土地もらって保護受けたら、
    死んでいった戦友に申し訳ねえ」
野間 「……」
力蔵 「世間の人等も開拓した田畑が増えてきたら
    急に応対が変わってきた」
野間 「そうなんですか」
力蔵 「五平には、後を継いでこの耕地守って行ってほしんだ」
野間 「そうでしょうね、五平君働き者だから大丈夫ですよ」
力蔵 「あれのかあちゃんには気の毒なことした。
    働いて働いて死んじゃった」

    語調が変わって力蔵涙を浮べている。

力蔵 「俺の片足の分まで働いて、命縮めてしまった」
   
    野間は弁当をこしらえて五平の机にそっと入れておいた。
    しばらくしたある日、
    野間は先輩の同僚に呼ばれた。

原田 「野間さん、あんた草野五平に弁当作ってやっているの」
野間 「はい」
原田 「よいことと思うけれど、考えた方がいいわよ」
野間 「どうしてです」
原田 「野間さん、いつまでも続けられる自信ある?
    途中で止めるなら初めから上げない方がいいよ」
野間 「……」
原田 「それに、五平君貰うのが当たり前なんて思う様になったらどうなの」
野間 「……本人のためにならないです」
原田 「そうでしょう、私、二年生の時担任して
    余計なことしないでほしいって、父親に言われたの」
野間 「そうでしたか」

    野間は考え込んでしまった。
    あの父親なら、そう言うかもしれない。
    それから弁当箱を入れるのはやめた。
    でも後がわからないように、おにぎりを週に何回か入れた。
    五平君はその後どうしたか、
    昼食を届けきれなかったことが気になっていた。
    原田先輩の言うように、
    かえって悪いことをしてしまったかもしれない。



   …………………
   まなこつぶれば、なつかしい
   遥かな尾瀬   遠い空

   鉄男はと心をこめ書き上げる。
   とりあえず完成としよう。
   原稿をコピーし、プリントして帳合をする。
   後は綴じれば完成だ。その時、
   「こんにちわー」
   の声とともに誰か入ってくる鉄男長男、拓が来る。

拓 「お父さん、創作の方はどうだい」
鉄男「出来た、どうだ、読ませてやるか」
拓 「拝見します」

    仕上がったらしい綴りを見て驚く。
    〇×□☆★?〇☆などの形が書き連ねてある。
    本人は文字で文章を綴ったつもりらしい。

(これは……、
おふくろが電話で「認知症の気が出て来た」ってのは本物かあ)

拓 「お父さん、文字の少し形が違うようだけれど」
鉄男「ああ、それは、ふか〜い意味がこもっているからだ」
拓 「ふか〜い意味、……どんな」
鉄男「百歳にして感じた心・意味だ」
拓 「へえー、どんな」
鉄男「同じ、山でもな、若い奴はきれいだとか、
   土地の値段はなんて考える。
   俺等になると、子どもの時に見た山、
   出征の時、見納めだと思って見た山、
   今になると、自分の還る所とまあいろいろな意味があんだ」

    拓 (言う事は一応筋が通っているようだが、
    前から普通の人が考えないような事をいう天然ボケだったし……)

拓 「なるほど、すごい名作ってわけだ。でも、読者に読み取れるかな」
鉄男「まあ、読解力の無い者には無理だな」
拓 「勿体ない、やさしい文字でわかる様にかいたら」
鉄男「バカこくな、それでは百歳の作者の、
   血の叫びが消えてしまわあ」

    拓(頑固だな、「どうもこの頃意地っ張りで物事にこだわって困る」ってこぼしていたおふ    くろの気持がちわかる)

拓 「……」
鉄男「だげんちょな、下高井戸のドラマ教室の人たちは
   ちゃーんと読みと取ってんだがらな」
拓 「えっ、こんなの出したの」
鉄男「当たり前だろう、みなさん分ってくださってるわ、さすがだ」
拓 「……」
鉄男「なんだ、その顔」
拓 「その重なってるのは」
鉄男「会員の分、帳合しただ。
   あ、まだ事務局の控え分も無いし少し足りないな」
拓 「……」
鉄男「ぼやーっとしてねえで手伝え」


                                 ____(_完_)____


(資料)

 夏の思い出 

     江間章子 作詞
     中田喜直 作曲

 夏がくれば  思い出す
 はるかな尾瀬  遠い空
 霧のなかにに うかびくる 
 やさしい影   野の小経
 水芭蕉の花が  咲いている
 夢見て咲いている水のほとり
 石楠花色に  たそがれる
 はるかな尾瀬 遠い空

 夏がくれば  思い出す
 はるかな尾瀬  野の旅よ
 花のなかに  そよそよと
 ゆれゆれる  浮き島よ
 水芭蕉の花が匂っている
 夢みて匂っている水のほとり
 まなこつぶれば なつかしい
 はるかな尾瀬 遠い空