怒江と消えた美人村(上)


   
 2009年8月初旬 取材  




怒江の吊橋を蹄音を響かせ渡る茶馬 
 
 
 雲南に美人村があると伝えられている。数年前中国の各地から推挙された美人コンテストで多くの入賞者を輩出し全土に美人村と認められたという。資料類は全く無く分からないが、その村は怒江(サルウイン川)上流の渓谷地帯高地にあるらしい。怒江リス族自治州南部にあるこの地へは雲南省の天理から約450キロ、ジープでまる二日かかるらしい。この地域は世界の大江長江(金沙江)メコン(ランツアン川)、怒江の三つの上流域が並流する三江併流世界自然遺産地帯である。何故こんな辺境に美人村があるのだろうか、どんな美人がいるのだろうか。その生活は?まだ見ぬメコン、怒江とリス族、怒族に触れたく桃源郷を夢見て美人村を訪れることにした。

 天理から高速道路で保山へ。海抜は約1500mだが蒸し暑い。今までの旅行先と気候が一転する。気温も39度を超え蒸し暑くて結構きつい。それもその筈この地は亜熱帯気候に属し今は雨季でもある。左側のガオリンコン山脈を越えればミャンマー(ビルマ)であり、その距離は80キロもないだろう。保山は大二次世界大戦で日本兵師団がインドのインパール作戦で英国に敗退しビルマから逃げ隠れたところと聞く。高速道路からS228を走り今晩の宿、濾水を目指す。途中永平の街で昼食で驢馬の煮肉を食べる。肉は硬くしゃきしゃくして美味である。一皿15元である。このあたり足長のきのこ等山菜も豊富である。

 メコン川(ランツアン川)を渡る。初めてみるメコンは滔滔と流れる。サーサーと音をたてる綺麗な川である。岸辺沿いの山腹一面にサトウキビが植えられている。冬場の川色は翡翠色してと聞く。道路の上からビルマで戦った日本兵士への鎮魂を思いたち小石を川に落とす。波紋が波に消える、合掌。

 暫く走ると中国辺境軍隊の厳重な検査を受ける。
 チベットから出入りするラマ僧、ミャンマーからのアヘン、麻薬類の取締りと聞く。車のトランクをはじめ持ち物まで大がかりである。この地は辺境のエスケープルートらしい。

 濾水は賑やかな街である。山間僻地の交易の要所である。街中を怒江がゆったり流れる。南北を繋ぐ大きな吊り橋が1970年建造の「向陽橋」であり毛主席万歳のスローガンが印象的だ。50年前の人達の喜びが伝わってくるようだ。

 早朝、川を沢山の行商人が渡る。濾水の一日が始まる。
火鍋の店で昼食を取る。アルバイト店員の李秀梅さん17歳は怒族という。目鼻たちの整った美人で非常に明るい子である。怒族(ヌー族)は人口約2万人と少数民族で数少ない。彼等は古くからのチベット系先住民族といわれ怒江のガオリンコ山地帯、福貢の町に多くが居住し生業は畑作主体の農業である。虎の刺青をした29歳の店員、女性店長はリス族だがどこでも少数民族間の不仲をあまり耳にしない。気安い店員たちにリス族の言葉 刷木(ショアンムウ)有難う、ナニュ-ナーニシー(I love you)のリス語を習いながら辛目の魚火鍋を満喫する。

 濾水から福貢、目的地へと車を進める、s228は怒江の流れと並行し渓谷の田舎道に入る。両側の山並みは高く聳える。めったに人と会わない。暫くして道路沿いで作業している二人の男性と話をすることが出来た。二人はリス族だ。山間僻地に住む45歳の父親が結婚する25歳の息子のために政府の補助を貰って交通の良いところに家を建てているのだという。目の前の怒江では25sの江魚が獲れると自慢する。赤子を背負ったリス族のおばさんも顔をだす。皆な良い表情の人たちである。

 リス族は三江併流の海抜1500m−3000mの渓地帯に居住する人口57万人の少数民族である。ナシ族など異民族から逃れ山間奥深く移動し、その結果他民族との交渉や接触を持つようになり混血が進んだという。リス族の「リ」は高貴、「ス」は一族を意味し月曜日には洗濯をしない豚を食べないと聞く。弓を上手に操る狩猟民族であるが生業は焼畑耕作でトウモロコシ、そば、チンコー麦などを栽培していた。現在では薬草など換金作物も収入源である。自給自足の山の生活は年収3000元といわれ厳しい。

 怒江の「老虎子」を見る。虎も渡れるという怒江流域で最も狭いところである。幅は10m、落差20m、海抜1900mと表示に ある。まさに怒るように飛沫をあげて先を急ぐ怒江である。  その怒江をロープを滑らせ対岸から渡る“滑鎖”を目にする。川幅100m位を滑車を使い僅か10秒位で渡る。大きな荷物を担ぎ運んでいる。 「花藤」という漢方の薬草である。その薬草は1kg6元で街から三輪車で買い付けに来た仲買人と取引されている。

 スリルを通り越して足のすくむ怖さを感じる“滑鎖”だが彼等は何事も無いように平然と渡る。生活に必要不可欠なも手段である。危険の質問はお門違いと思い黙り込む。対岸の山では30家族150人位が生活しているとペットのヤギを運んだ18歳の娘さんが説明してくれる。みんなリス族の人達である。

 3キロ先にウェイラバの吊り橋が架かる。茶馬が次々と橋を渡って来る。茶馬は馬、驢馬の混血で悪路で馬力を発揮する。「花藤」をはじめ沢山の農作物が山を越えて運び込まれる。この道が茶馬古代道であろう。吊橋を渡る茶馬の蹄のリズミカルな音が川面にこだまする。 仕事の重荷をとかれたように自然と軽い足音となる。

収穫期なので近くの古登の町も賑わっている。

怒江と消えた美人村(下)へと続きます。



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道端に実るバナナの木


驢馬肉を食べさせる店


滔滔と流れるメコン川上流


山腹のサトウキビ畑


美しい緑のメコン川


亜熱帯の風景そのもの 暑い


早朝の向陽橋


橋を渡り一日が始る


橋は市民の憩いの場所でもある
 


いろいろの果物が朝市に並ぶ


怒族のアルバイト店員 李さん


ポーズをとる明るい17歳の女性である


虎の刺青をしたリス族の店員


細かく気を遣うリス族の女店長



レストラン自慢の魚火鍋料理


立て屏風のような山合いを流れる怒江



息子に自制の家を建っているリス族の父親


結婚まじかな明るい青年



笑顔の良いリス族のお婆さん


本当に狭い古虎子の流れ


怒江を滑車で渡る


怒江を滑車で渡る


怒江を滑車で渡る


怒江を滑車で渡る


対岸で次を準備する人たち


花藤の現金取引


花藤の現金取引


山羊のペットを持つ少女


おとなしい、意外となつく山羊ペット


花藤をたわわに担ぐ


吊橋を渡る茶馬


吊橋を渡る茶馬


対岸に見える茶馬の歩み


仕事を終えくつろぐ茶馬


取引したらすぐに街に