本シリーズ次回は”白族と大理"を予定しています。
三江併流の拠点の街、福貢に到着。美人村について情報を得る。更にルートs228を約4時間走る馬吉の町のあたりのその先と確認し急ぐ。
並流する怒江は様々な様相を見せる。怒涛の流れは人を高揚させる。
ガオリンコ山脈沿いに数少ない名所のひとつ“石月亮”を見る。山に大きくあいた月の形の穴を言う。この空間が日が暮れると月が輝いて見えるという。なんと楽しいお月さんなんだろう。少し珍しく土産物屋があり立ち寄る。民族衣装を着飾ったリス族の女性が物憂げに振舞う。リス族が常用する弓や飾り物、水晶、熊の爪などが売られている。日本を思い出すような竹林、緑地を越えて鳥吉の小さな町に到着。時間は予定を2時間も越えている。
町中で数人の人に美人村を確認。その村はここから2時間先の“古当村“とのこと、”古当村”は持参の雲南省の地図に本当に小さく載っているが道路も描かれているからとホッとして先を急ぐ。
道は悪路となる。左側に立て看板を見る。ついに到着かと安堵する。標識は”心馳神往美人村−心ときめく美人村”とある。道は急激な山道。ジープでも怖いような山道を登る。案内板から山を二つ超え、40分近く走ったろうか遥か山の前方に赤旗が見え隠れする。美人村は奥地にあることを確信してジープにゆられる。
道路沿いに痩せたトウモロコシ畑や数軒の高床式、萱葺き屋根の貧しい民家を目にしながらやっとのおもいで村の広場らしいところに到着。あたりに人影は無くひっそりとしている。本当にここは美人村なのだろうか、広場に五星紅旗が建ち小さな学校がある。壁の表示には古当村小学校・全国極貧民指定学校とある。間違いなく目指したのはこの村である。高度2000mを超える山里深い僻地の村である。
運転手の任、スタッフの小さんと一緒に広場の付近の家を歩く。共同使用の井戸、釜戸などがあるが少数の集団生活体なのだろう。家はみな高床式、茅葺式、大きなテレビの音だけがが家外に響く。家々を訪ね話を聞くが我々を警戒しているのか、余りしゃべりたくないのか、標準語が分かりにくい事もあるだろうが満足行く話を聞く事が出来なかった。若い人はいない。居るのは老人、小さな子供たちだけ。取材した少ない情報を整理すると、この村はリス族の村。若い人はいなくなってしまった。若い人がいた家は家族ごと村から出って行ってしまい村の様子は分からない、村長さんは逃げてしまい村に責任者はいない。との話である。仕方なく村を下る。
途中道を歩いてくる大柄な若い女性とすれ違う。22歳の彼女は近くの鳥吉の町で働き家に帰るところだが、オートバイのタクシーは途中から上がれず2時間かけて歩くのだという。訪ねる美人村について彼女は、美人はいなくなった、コンテスト入賞の美人はモデルになったり、山東省の金持ちと結婚したり、若い女性は人材斡旋会社のせいで家族ごといなくなってしまった。テレビが見れるようになり都会に憧れ僻地の生活から脱出する人もいる。村は機能しなくなりもう美人村は無くなったと言い、これ以上関わりたくないように足早に去って行った。
夢見た桃源郷への旅、消えた美人村という虚しい結末 である。でも山深き雲南の山里に美人の歌声がこだまし笑いに満ちた社会が桃源郷のように存在していた事は事実である。だがなぜ美人達が沢山いたのだろうか。 異民族の混血、ストレスの少ない人間生活、自然との共存のスローライフが美人達を生み育んだものと思うが、人を信じ疑わない心が素敵な表情に溢れていたに違いない。
広場からの帰り際に賢そうな小さな女の子に些細な事を質問する。女の子は何を聞いてもブジダオー(不知道−知らない)と答える。長い聞いたブジダオーでこんなに冷たい言い方を聞いた事がない無い。拒絶の意思表示なのか、見知らぬ人への警戒を取り越し穏やかな山里を壊した社会への抗議を表しているのか、人を信じなくなったのだろうか。”心馳神往 ”の看板だけが虚しく残る消えた美人村である。