この世の終わりだとか

世界が崩壊するだとか

今まで地の底から轟いていたあらゆる音は

跡形もなく消えて とても静寂

鬱陶しい程の色彩も 一面の白に変わり

ここはとても静かだ

何の不安もないよ

だって何も


感じないから





プラトニック  7   












航海は順調に進んでいた。

たまにデカい海王類とか竜巻とか嵐とか、異常な気候とか、そんな異常が通常な日常ではあったけど。
些細な言い合いとかちょっとした宴会とか、めくるめく賑やかに過ぎていく毎日。
甲板に出て波間を眺めての一服。

この船はグランドラインを進んでいて。
俺の求める場所もこのどこかにあって。
ロマンチックに言えば夢を乗せて走ってくれてるわけだ。
長年思い続けて来たことだ。これ以上の望みなどない。

けれども――

たゆとう海を眺めてる自分がいやに白けてる気がして。
楽しい旅のはずなのに。不満なんて何もないのに。
釈然としない何か。
心は異様に静まっている。

キッチンへ戻りまた次の食事の支度に取り掛かる。
そうだ料理だって好きに作れて、マジで言うことないくらい条件の整った毎日。
何で変な感じがするんだろう?
野菜の皮を剥く自分の手さばきは我ながら見事なもので、着々と準備は進んで行くのだけれども。
確かに調理は楽しいし腕だって落ちちゃいない、いや、いるはずないに決まってるけど。
なんか…俺の体をほかの誰かが動かしてるみたいで。
ああしようこうしようってそういう衝動みたいのが足りない…

いや 全く湧いてこない。

なんだか からっぽみたいだ。

手を止める。

もう一度目の前に用意した下ごしらえされた食材を眺める。
何が間違ってるってワケでもない。
段取りだっておかしくないし。
昨日から冷蔵庫の中身見てアレにしようって決めてたから時間のかかるものだってちゃんと出来上がるように朝から仕込んでるし

出来てる。自分でちゃんと考えて作れてる。

でも

これはただの条件反射じゃないだろうか。
この身に染み込んだ料理人としての習慣。限られた材料で最高の料理を。
たとえば高熱を出して意識がなかったとしても自分はキッチンに立って何かしら料理を作ると思う。
今の自分は意識はあるが無意識に仕事をしているのではないだろうか。

まるで料理マシンだな…
自分で自分を揶揄してみる。

考えるのが嫌になったのだろうか?
試しに他の料理に、今作りたいものに変えられるだろうかと食材達と睨めっこしてみた。

しかしこうしたい、とかこういうの食いたい、とか全然浮かんでこなかった。

「くそっ」

髪を掻き毟ってその事実に顔を顰める。
こんなことはかつて無かった。
食事の時間を遅らすことはしたくない。
少しの間そうしていたがやっぱり何も浮かんでこないので仕方なく中断していた作業を再開させた。



晩の飯時になって、クルー達が自分の料理を口にする。
こっちの気もしらないで、とは勝手な言い掛かりだが、誰一人おかしいなんて言う者はいなかった。
いつもみたいに美味しい美味しいって食べてくれた。

なんだかそれが後ろめたい。
ちなみに自分の舌は味見の時には役立っていたと思うが、口に入れて飲み込んでも何の味もしなかった。
ただの塊を噛み砕いて胃に流し込んでるみたいで、これが自分の作った料理なのかと思うと一層食欲が失せる。
もっと感動を呼ぶようなそんなものを食べさせたいのに。己が旨いと感じられないものを出して一流と言えるものか。

自己嫌悪に陥って夕食はそれ以上入らなかった。よく食べる船長にくれてやった。
笑顔できれいにたいらげるその姿に少々軽蔑さえ感じながら食事は終わった。

いや、ルフィは悪くないだろう。むしろあんな味のしないクソみたいな飯を食ってくれたんだ。感謝こそしなければならない。
夕飯だけでは足りない彼はきっとまた後でここに来る。そしたら謝ろう。


また機械的に夜食が作られていく。こんなじゃいけないと思うのに、結局流されて体まかせの料理が出来上がっていく。
この味付けで平気ってその時は思うんだが、ルフィに盛ってやった分の余りを口に運んでみたけどやっぱり味気ない。

「悪りぃな、こんなのしか作れなくて」
自分にガッカリしながら思ったことが口をついて出た。

「?なんでだ?じゅうぶんだぞおれはこれで!んまい!!」
口の端に米粒をくっつけながら、にっこりと笑う。

「いや、でも、…その、すっげぇ旨くは、ねぇだろ…」
気まずさが限界にきて言い訳がましく続けてしまった。

ルフィはきょとんとして俺を見つめてくる。
なんだかまっすぐに見てくる黒い瞳がひさしぶりだ。

「サンジ、どうしたんだ?いつものサンジらしくねぇ…」
ホントにウマイぞ、すっげぇウマイ!と付け足しながら眉根をよせて見上げて来た。

「味、しなくねぇか?俺…正直全然うまいって思えなかったんだけど」

最低だ。
そんな風に思う食事をルフィに黙って出しておいていまさらこんなこと言うなんて。
しかも心配そうに見つめてくるその瞳を見返す勇気がない。見たくないんだよ、なんでだろう?お前の眼。

カタンと席を立つ音がしてぺたぺたと足音が俺へと近づいてくる。


「…サンジ、なんで避けんだ?」

無意識のうちに距離を詰めないように移動していたらしい。今は壁際にいた自分に驚いた。

「あ、ああ、すまない…」

後ろには壁。目の前には俺を見上げるルフィ。
いやでも目線が合う。
普段見ることがない心配そうな顔。
俺は戸惑った。
思いつめた瞳と、躊躇いがちに開かれては閉じる口。
重たそうなその唇が言葉を発する。

「どういうことだ?サンジの飯、ちっとも不味くないし、うす味でもないし。それにサンジがそんな飯おれたちに出したりなんかしないだろ?」

非難、ではない。当り前のことができない俺を心底不思議に思って心配してる、そう、思えた。

でも俺だってわからないんだ。今の自分がどうしてこんなになってしまったのか。
そんな言い訳、通用しないよな。いや、情けなくて言いたくねぇ。
どうやって答えたらいいか分からず、視線をさまよわせて気まずい空気をやり過ごす。

「それにさ…」

もう一歩、ルフィが俺に詰め寄った。空気の密度が濃くなった気がした。

なぜだか俺の体は強張って、固まって。
いやだいやだと信号を繰り返すのに予想通りルフィの手が俺の胸、肩に触れてきて。
足は床についているはずなのに、そして体だってぴくりとも動いてないのにぐらぐらと揺れてる気がして。

ルフィはそんな俺に気づかないのか、そのまま体をくっつけてきた。
俺に、寄りかかっている、そんな状態だ。

「ずっと、…シてこないじゃんか」

寄り添って小さく囁かれたセリフ。
その言葉に体のみならず脳みそまでがぐるぐると回るような気がしてきた。

「どうして」

そう

どうしてだろうな

でも今答えられるのはこれだけ

その問いには

答えたくない。


ぴたりと張り付いた体を強引に引き剥がし、部屋を飛び出た。

答えたくない。


答えを出したくないんだ。