頼むから理由を聞いて欲しい
俺からじゃマズくて言えないんだ


お願いだから


答えを言わせて





恋をした男   4





ルフィはサンジの前に姿を現さなくなったとはいえ、さすがに食事中はキッチンに来なければならないので結局は顔を合わせる日々であった。

しかし何度か目線が合っても互いにすぐ逸らす。
それに気付かない仲間達では無かったが、お節介は無用とばかりにこの件を黙認していた。
何処かしら重苦しい雰囲気の食事も苦にせず、以前と比べれば不気味な程静かな時間を甘受していた。

いつしかそんな日々も日常になりつつある事にナミは新聞に目を通しながら深い溜め息を吐いた。
始めは只の小競り合いかと思っていた。が、二人の徹底した態度に自分の楽観視を呪った。
ここまできてしまったということは、二人の手に余る問題が間に発生してしまったということになる。
果てしないこの海で頼りになるものは何か。
ナミは仲間だと思う。
知り合いでも隣人でもない、互いを信頼できる仲間。
だからこそ極めて良くないのだ、この状況は。
考えたくはないが、このまま互いに他人の関係でいて良くなってしまったら―――
ついにナミは新聞を膝の上に置いて考えに没頭してしまった。


今日もまたカチャカチャと食器のぶつかる些細な音しかしない夕食が始まった。
結局ナミは慎重に考えるあまり二人に何も聞き出せないでいた。

(いつもだったらスグ聞いちゃうんだけど…なんでだか危うい気がしてダメなのよね)

自分が関ることが突破口であれば良いが、真逆に修復も不可能なほど崩壊させてしまう可能性もある。
ちらとルフィの様子を窺う。今日も顔を上げる事なく黙々と食事をしている。
ナミは小さく溜め息を吐いた。
続けてサンジを見遣った。
サンジは良く自分の事を見ていて、目を向ければいつも微笑んできたものだ。
ルフィとの関係がギクシャクしていても辛うじてそれが変わることはなかったのだが、今日はなんだか様子が違う。
一見前を見ている様だが光を宿さない瞳は何も対象物を捉えてない事を示していた。
機械的に口を動かし、夕飯を咀嚼している。

その目がふと、視線を彷徨わせた。
ナミはハっとした。
サンジが彷徨わせた視線の先には当のルフィがいたのである。
何かを訴えかけるように、ひた向きにむけられた視線。
しかしそれも戸惑いを見せ、困ったようにまた虚ろな物に変わる。

余りに短い間の事だったから、他のメンバーは気付いてないだろう、ルフィも含めて。
ナミはサンジに解決の糸口を見た気がした。
いくらか軽く感じるフォークを動かしながら尚も観察を続けたが、明らかにサンジはルフィに話し掛けたがっていた。
自分がすべき行動もこれでハッキリした。

「背中を押すわよ、サンジ君。」

ナミは小さく呟いた。









「え。」

サンジは聞き返した。
水の音が邪魔だったからではなく、思いも寄らない言葉だったから。

それぞれが各々の場所へと散らばる中、ナミは珍しく残り、残った彼女にサンジはカクテルを用意して夕食の後片付けをしていたところである。

「サンジ君、言いたいことがあるなら言っちゃった方が相手も良かった、ってことあるのよ?って言ったの。」
きれいに復唱し、コクコクと差し出されていた酒を飲む。
「言っとくけど、今さら誤魔化したりはナシね。さっきの態度見てわかってるんだから。何か言いたいんでしょ、ルフィに?」


全くこの人には敵わない、と思った。
図星を指されて体が固まる。
止められない水の音さえ急き立てるかのように。
ナミはジっと自分を見据えたまま逸らさない。
その可愛らしい顔を見つめ返し、やはりルフィの時に感じる高揚感の無さに今さら傷ついて、息を一つ吐くとナミに向けてくしゃりと笑顔を向けた。

「そう、ですね…。その、軽いイザコザなんですが俺から八つ当たりみたいになっちまって。だからまあその謝りたいっつーか…」

言葉を濁しながらいつになくたどたどしく説明をした。
我ながらカッコ悪りィことこの上ない。
この綺麗な真っ直ぐした瞳にすでに俺の気持ちは見透かされてるのかもしれない。
ある種の軽蔑への畏怖とここへ来てルフィなんぞに方向転換した後ろめたさを感じ中途半端に言葉を切り、ナミの反応を待った。

じっとしていたナミはサンジがこれ以上何も話さないことを悟るとフゥと溜め息を吐き見据える視線から彼を解放する。

「理由はどうあれ、そこまで決まってるならアタシが促すまでも無かったわね。変にせっついて悪かったわ。」

ナミはそう言ってくれた。

「イヤ!全然、嬉しかったです。俺のこと心配してくれたんですよね?!光栄ですよ〜!!」

「ふうん、そう?まあ、仲間内の揉め事は早いうちに解決しないと宝捜しにも差し支えがあるからねぇ。」

「ああ〜そんなそっけないナミさんも素敵だ〜!!」

久々にこんなやりとりをした気がする。

少し、何も気付かずにいれた自分に戻れた気がした。
ナミとの会話は、楽しい。

彼女の気遣いがとてもありがたかった。

今からでも彼女を、あとロビンを追って過ごす日々に戻ってもいいのではという考えが頭をよぎった。
しかしそれもペンキをぶちまける様に一つの想いに掻き消されていく。


ああ、ここまで俺は……


急にふざけた会話を止めたサンジをナミは怪訝そうに見遣る。
「サンジ君…?」

声を掛けられてハっとする。
慌てて取り繕った笑顔は、もう功を奏さない様だったが。

「なんだか、よっぽど複雑な事情があるようね?今回のケンカには。」

ナミの目が不審気に見つめてくる。

その美しい瞳に吸い寄せられ、たじろいだサンジは思わず問うてしまった。



「あ、の。本当にそう思いますか?」


「?
 なんの事?」

「あいつが、本当に俺の言葉を、真実の言葉を待ってるって言えますか。
 それが受け入れようがない厄介な物だったとしても、言って良かったって言えるんですか。」

あまりに意味深な言葉にナミは面食らった。
予想以上に思いつめるサンジの眼差しに真剣に答えなくてはと思うのだが、カンの良い自分が一番に思いついた事に頭が捉われてしまって少々うろたえてしまう。
自分の懸念が方向違いだったという事もあり、たった今思いついたその考えに笑いすら込み上げて来そうだった。
気を取り直すために咳払いを一つし、丁寧に答えてやる。

「サンジ君は、それを言ったらもうダメだと思ってるワケね。」

「…そう、なんですよね。」

困った様に眉をしかめ、下を見つめてしまうサンジ。
こういう風に悩む人間をナミは数多く見てきた。いつもは強いクセにこうなるととことん弱々しくなってしまう。
どんな男でも、どんな女でも。

やっぱりそうねと心の中でニヤけながら、話を続けた。

「でもそれもサンジ君の気苦労かもしれないじゃない?決め付けることないと思うけど。
 それに、もしサンジ君が望まなすぎて答えにしてしまってる結果になったとしても、ルフィは厄介だなんて思わない。
 アイツは何でも正面から構えて考えてくれる。違う?」

サンジはまるでお告げを受けた信者の様にみるみる顔を輝かせていった。
こういう解決ならばナミとしては得意中の得意だ。早速元気を取り戻し始めている目の前の男が可笑しくて堪らない。

「いつも言いたいことはハッキリ言うでしょ?あなたもルフィも。二人でらしくないわよ。しっかりしてちょうだい?」

そう言うと今度は顔を引き締めた。

「あなたには本当、敵わないですよ。」

そう言って困った様に笑う。だがそこには道を失っていた男の顔など無く。
ある決意をしたのだろう強い意志が感じられる。


「やっぱり俺はナミさんが好きです。」
にっこりと綺麗に笑った。

ナミもそれに微笑みを返す。
「じゃ、もういいわね。」

ナミは満足そうに席を立ちお酒ごちそうさまと一言添えて、女部屋へと帰って行った。

一人残されたサンジは彼女の去った扉をしばらく見つめていた。
なんだか、今まで閉じこもって悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しい。
この船の仲間達は自分をなじったり見下げたりなどしないのだ。それだけの絆を築いて来たというのに忘れていた。

それは船長にも言えることで。きっと、そうで。

「悪いが、覚悟してもらうぜ」

サンジはようやくいつもの生意気ですらある堂々とした態度を以って厨房を出た。
向かうところは只一つ。






ナケナシノ勇気ヲ振リ絞ッテ

会イニ行ッテモ

良イノデショウカ?














続