この前のことは冗談でしたって
済む話ならそれに越したこたねェんだけど
ハイそうですかって納得しちゃ、くれねーらしい…
恋をした男 3
最近のゴーイングメリー号でのウワサ。
クソうるさい船長がクソおとなしくなっちまったって。
特に。
腹が減ったって騒がなくなった。
一人で羊の頭に跨ってひたすら海を眺めてることがもっぱら。
ウソップとチョッパーはいつもの遊び相手が元気がないのを寂しそうに見てる。
最初はこいつはおかしィなんつってワアワア騒いでたがどうにもならない事に気づいて大人しくしてる。
ごめんな。
多分俺のせい。
多分どころじゃねえ、絶対そうなんだがバツが悪すぎて認めたくねェよ。
情けない話でジジイなんかが知ったらアホかって蹴りくれそうだ。
でもどうにも出来ねえんだよ。
全く、参る。
あいつ、俺がいるこの場所にぜってぇ来ねェんだ…
そう仕向けたのは俺なんだけど。
いっそ顔が見れなきゃスッキシすんだろって甘いこと考えてたんだが上手いこといかないみてー。
苦しくてショウガナイ。
あの顔拝まないと耐えられない。
夜男部屋で寝りゃいいかもしんないが何故か俺の足はそっちへ向かおうとしない。
甲板の上、ナミさんのみかん畑、キッチン……あいつの居ないところを探してそこでようやく眠りに就く。
わかってる。あいつを避けてるってのは。
あいつに会いたくないんじゃなくて、あいつを避けたい心境。
支離滅裂だな俺。分裂症かよ。
体が引き裂かれる前に
きっとどうにかケリつけなきゃいけねえんだろう。
頭の片隅にしぶとく張り付いてるこの気持ち。
息をする位自然な調理という日常を一時、一瞬止めてしまうツンとした感情。
視線はいつもあのガキの座っていた位置を彷徨う。
どうにかこの感情を片付けたくて、その場所まで歩いて行くと彼のいつも座るであろうその椅子を蹴った。
椅子はバランスを失いスローモーションの様に傾いてやがてガランと大柄な音をあげて倒れた。
もしここに彼が座っていたならば、共に倒れて今頃床に伏しているところだろう。
文句を垂れながら、上目使いで睨んでくるだろう。
気がつくとサンジはその床から見つめてくるルフィの腕を抑え、その上に覆い被さり、口接けを落とし行為に及ぼうとしている自分を想像していた。
「クソッッ!!」
感情は忘れようとすればするほど、全ての行動を侵食する様に強烈に自分の中を染めていく様だ。
何をしてもアイツに繋がる。
顔を見ない分それは余計に膨らむようで。
ああ、本当に悪循環だ。
サンジは倒れた椅子を起こしてそこに腰掛け、テーブルに肘を付き顔を覆った。
「はァ―」
深く溜め息をつきやがて顔をあげるが落ち着き無く左右を見渡す。
今度は額に手を当てて眉を寄せ考え込む。
それも長くは続かずまた顔をあげ、またすぐに下げる。
顔つきは段々と機嫌の悪さを増して行き、それを抑える様に煙草を一本取り出すと深く吸った。
情けない…
自分は誰あろう一流のコックで、そして一流に男前で世界中の女性の味方である。
常に彼女達の為に調理し、美しく盛り付け、気の利いた接客をする。
男の客でも悪くはない。
自分の料理を食べて喜ぶ顔を見るのは誰であっても嬉しいもので。
しかし何をおいても料理をすることと、女性の相手をすることが自分の生きがいで、一人のガキに悶々と悩む様な男ではなかったはずである。
それがこのザマだ。
自嘲の笑みを浮かべてみたが何処か追い詰められた様な強迫観念に捕われていて顔の筋肉は上手く動かなかった。
わかっている。このままでいけない、という事は。
いっそ今までと変わらずいられたらと思う。
後悔はどうして先に立たないのだろう…
波も風も無い二人の関係。
いや、コミュニケーションの取れた暖かいものだったかもしれない。
少なくとも自分は彼と、いや、この船の人間達と良好な関係を築けるよう努力をしてきたし、その中でもルフィには多大な信頼と、過ぎた甘え心さえ抱かれていたと思えてならない。
今思えばそれだけで十分だったのでは無いかと思う。
どうして満足できなかったのかとも今は思う。
良好な関係を崩してしまったのは自分。
壊れた皿はもう綺麗に元には戻らない。
自分の目の前には先へ進む道はあっても戻る道は用意されていない。
しかし先へと進む道は1つではない。
俺はどうしたらいい…?
彼をあきらめるか、否か。
「は、あきらめる?」
思わず独りごちてしまった。
これではまるで――
「ハハ…」
まいったと言わんばかりにサンジは俯いて小さく笑った。
ついに答えを出してしまった。
今までの苛立ちやもやもやしていた物の正体。
そうだろうとは思っていた、でも認めたくはなかった。
だってこれまでの自分を真っ向から否定してしまう様で。
ルフィの事が好きだ。
俺はルフィに恋している。
男のアイツに惚れている。
あの体を組み敷いて思うさま貪りたいと思う。
心ゆくまで愛したいと
あまつさえ、
愛し合いたいと。
認めれば認めるほど胸が痛んで仕方なかった。
サンジ自身そうであるように、普通男が男にそんな事を要求されれば嫌悪するに決まっている。
ルフィがホモだなんて思えない。
これではこの恋心は報われる事無く死んでいくしかないではないか。
サンジはふと疑問になった。
自分が必死に自分自身を誤魔化してきたのは果たして本当に男に恋してしまうという失態を認めたくなかったからなのか。
自分は、この恋が叶わないと知って目を背けてきたのでは無いだろうか。
わからない。答えはどちらでもあり、どちらでもないかも知れない。
いつしかサンジの頬は自らの涙で濡れていた。
コンナニ胸ガ苦シイナンテ
今マデ無カッタ
続 >