苦しくなって狂しくなって
どうすりゃいいもんかと思ってたが
欲望のカタチが今ハッキリ見えたんで
自覚しちまったら 止まらないんだ
恋をした男 2
ルフィを払い除けようと出された手はそのままルフィの体を覆い程なく体全体で抱き締めるような形になっていた。
いつもと違うコックの様子になにか罠でも隠れているかと少し怪しんだが、一向にこの抱擁から離してもらえる気配も無い。
まあある意味締め殺されそうな感もある、と思うほどきつく抱き締められていた。
何度も何度も、ギュウギュウと力を入れられる。
(サンジは体温低いと思ってた…)
思いの他熱い体に抱き締められて少し頭がぼうっとする。
今までに味わったことがない妙な感覚だった。
知らず知らずのうちに手が空を彷徨い誘われるようにサンジの背中に這わせて着地した。
サンジの背中がビクと跳ねる。
その感覚にいつしか閉じていた瞳を開けサンジを見上げると、酷く狼狽した顔をしていた。
サンジの体へとルフィを押し付けていた腕はあっけなく力を抜いてルフィを開放し、あろうことかそのまま激しく引き離した。
突き飛ばされてたと言ってもいいかもしれない。
とにかくルフィは数メートル後ろに控えていた会議室の壁にまんまと背中ごと激突したのである。
「いってーーー!!!」
苦情の言葉を発してもサンジの反応はイマイチ。
「オイ!!なにすんだよ!いてーじゃねーか!」
そのまま踵を返して調理を始め出す。
そのぶっきらぼうな態度に怒って、ルフィは食って掛かっていった。
「サンジッ!ちょっとは何か言ったらどーなんだよッ!俺がなにしたっつーんだ!」
一層声を張り上げてその背中にのしかかる。
「触んじゃねェ!!」
あまりの大きな声にルフィはビクリと体を強張らせ、戸惑いながらもサンジから離れた。
こんなに激しく接触を拒否されたことなど初めてだ。
今日のサンジはどっか変かもしれない。
「お前、ゴムなんだからぶつかったっていてェってこともねえだろ。」
こちらに顔を向けることもなくサンジが呟いた。
そういえばそうかも知れない。
でも瞬間的に叩きつけられて全く痛いワケでもなかったし、そう、自分はここまで躍起になって、一体どうして欲しかったというのだろう?
お菓子をねだるつもりだった?
同情をひこうとした?
漠然とした疑問がルフィの中で膨らみだした。
「…そ・んなことねェぞ!痛ぇもんは痛ェの!あーあーアザんなったかもなー」
取り繕うようにそう吐いた。
無視の2文字を象り続けるサンジの背後で、ルフィはぶつくさ文句を言いながら、打ち付けられた背中を見ようと首を必死に回していた。
その行為に苛つくように首だけ後ろを向いているルフィの目の前にドン!と皿を置く。
むしろ通常の人間ならば立派な食事に値するような黄色い色をしたピラフ。
その音と芳しい匂いにルフィはさっさと向き直り、ついでに先ほど受けた暴力にへそを曲げていたことも忘れ「んまそー!!」と言うなりカパカパと完食してしまう。
「へへっごちそうさま〜!ていうか腹減った!!」
上機嫌ですかさずおねだり文句。サンジの料理はおいしくていくら食べてもなんだかすぐにお腹が減ってしまう。
もっともっとおいしいものを食べたいという自分の欲望の表れなのだろうか。
言って、何の反応も返ってこないことにあれ?と彼の方を向く。
のけぞりながら視界に捕らえたその姿はひどく落ち込んでいるようで、そして酷く機嫌を害している様に見えた。
それなりに気を使うサンジは女性には絶対的に、そして自分達にすらあまり感情の起伏を見せはしない。
ただ、あまりに彼に食べ物をもらいに通っているルフィとしては些細なその表情や雰囲気の変化でなんとなく日々の調子というものを把握できてしまうようになっていた。
…今日は「変」度と「機嫌」度がちょっとおかしい??
いつの間にか利いてしまっているレーダーで分析。迅速且つ容量良く食物を手に入れるにはこずるいかもしれなくとも料理人の表情を読み取ることは重要なポイントなのであって。
いつもなら「ったくテメーは胃袋いくつ持ってんだ」などとグチを垂れながらもおちゃらけた発言に付き合ってくれるか、もしくはもう少しおまけみたいに何か作ってくれるかしてくれる。
基本的に俺に甘くしてくれる、というのは自意識過剰ではないと思う。
…機嫌悪りィならこれは失敗発言だったな…
作戦中止とばかりに戻そうとしたさかさまの世界で、サンジと目が合う。
タイミングを外してしまい見詰め合ったままのその距離はサンジが自分の方へと歩み寄ってきたことによって至極近しくなってしまった。
異様に重苦しくなっている部屋の雰囲気に身動きがとれない。
そのうち視界の端にサンジの腕が彷徨い、ためらうように間をおいてから首の方へと降りてきた。
「ぐえっ」
仰け反っていた顎をさらに引っ張られる。いきなりの衝撃に少々首が痛い。
それでも文句を言ってられない気まずい沈黙が続く。
「……ン何だよクソッタレ。」
苦々しく吐き出された言葉。
「結局俺はお前にとって何だ。機械か。人間だなんて思っちゃねェだろ。
飯って言やあぱかすか出てくる、食堂じゃあるまいし、船のコックだなんて体のいいおだて文句でしかねェんだろ?!
言ってみろよ、俺は何なのか。」
「……」
「なあわかるか。俺だってひとりの人間なんだ。毎日、毎日…」
どういう気持ちか―――
泣き出すかと思った程
サンジの表情は苦くせつなかった。
「そんな…こと、思ってねぇ」
ある意味ショックだった。
サンジのことを俺がそう思っている、とサンジ自身が思っていたなんて。
即答できる程に答えは“ノー”なのに、あまりに真剣な男の表情にさらりと答えることが出来なかった。
慎重に弁解しようと考えれば考える程まとまらなくて、結局情けないどもり気味の言葉しか伝えられない。
「は。何ビビってんだ。図星突かれてきょどってんじゃねーよ」
「違う!違うって言ってんだろ?!俺はサンジのことちゃんとわかってるぞ!」
「へぇ、そりゃ恐れ入った。わかってるって、どう?」
「…えっと、それは 」
またしても言葉に詰まるルフィの顔を捕らえ、
荒くその唇を自分のそれで塞いだ。
「…っ?!」
キスに慣れていないルフィにとってその荒々しい口接けは苦しい以外の何者でもなかった。
他人の口など味わったことも無い上に、サンジ独特の苦い煙草の味が口を覆う。もがいてももがいてもその一見華奢に見える男の腕は力強くルフィを押さえつけ離してくれない。
訳がわからず息の出来ない苦しさで生理的に涙が滲む。
酷く長く感じられた時間。
ふいにサンジが唇を開放したことでそれは終わった。
「…俺が今なんでこんなことしたか、お前の脳みそじゃあわかんねえんだろうな」
ハァハァと口を戦慄かせるルフィを冷ややかに見下ろしながら、言い放った。
「わかった顔して俺に近づくんじゃねぇよ」
ルフィの目尻から涙が零れ落ちる。
それは果たして只の生理現象なのか、それとも感情が流したものなのか。
居たたまれなくなってもう一つ「出てけよ」と冷たく言い放つ。
心臓が痛い。
再び立った厨房で後ろのルフィの気配を伺う。
一言も無く、
足音すら立てずに
扉の音だけが開いて閉まったような。
心臓はもっと痛くなった。
続 >