|
|
|
三月上旬はまだそれ程暑くもなく、寒くもなく好季節である。シャンティニケタンの日本学科の先生方(四名)は皆、日本語の教授研修セミナー(二日間)にカルカッタへ出かけたが、三月三日、九州は福岡の大宰府にある筑紫女学園大学のインド文化研修旅行団(総員三十七名)が丁度この日に到着するというので、その受入れのため、私は独り残った。この研修団が毎年巡業の如く、春休みを利用してシャンティニケタンを訪れて以来、今年はもう十回目に当たるが、その目的の要旨は次の様である。
女子学生三十名に引率の先生方、三、四名、それにインドと日本からの添乗員が夫々一名づつ随行する。旅行日程は、その年によって変わるが、大体二週間。先ずカルカッタに足を入れ、シャンティニケタンに二泊三日、あとはビハールの仏跡巡礼(ダルマ・ヤ―トラ)の後、デリーかボンベイ(エロラ・アジャンタを訪れる時)に出て、日本に帰る。 私はその案内役として、上述の四つの目的を果たすために一行を引っ張り回すのであるが、疲れるばかりで、やっと三つだけ終えるが、どうしても時間不足でインド人教授の講義を聴くことができなくなるのが残念である。 一行に最も喜ばれるのは、日本学科のインド人学生達との「日印文化交流交換会」である。シャンティニケタンの学生は、日本の歌もうたうが、タゴールの歌と踊りを披露するし、筑紫女子大生は、茶の湯、書道、日本舞踊、空手(型)や日本の伝統的手遊び等々日本の純情な九州娘の芸ごとを公開するのが定例であるが、日本の情緒に比べて、元気いっぱい、迫力あるインドのタゴール・ソングやダンスを見て日本の女子は皆圧倒される。 国文科の学生は、将来日本語教師を目指している人もあって、日本学科に於ける日本語授業風景に興味があるので、これもこの研修には欠かせないものの一つになっている。帰国後夫々の学生に感想レポートが要求され、それを編集して「ダルマ・ヤ―トラ」という一冊の季刊誌として私の所にも届けられるが、何といってもシャンティ二ケタンに於ける思い出が一番忘れられぬという意見に一致している。 牧野財士の著作「日本精神探求」目次(原文ヒンズー語)
更新日:2009年04月10日
|