啓示

私の経験から言うと、啓示を劇的な方法で得られたことはない。
神様や天使に会ったり、声を聞いたことはない。
示現を見たり、夢の中で答えを得たこともない。
あったのは、平安な気持ちを感じたり、考えが浮かんだりすること
だけだった。

まだ、私は未熟なので、浮かんだ考えが、神様からのものか、悪魔
からのものか、単に自分が思いついたものか、すぐには分からない。
悪魔の誘惑を感じることができるなら、神様からの導きも感じるこ
とができるはず。まず、どこから来たものか判別できるように訓練
しなければならない。ラジオの周波数を合わせるように。

ポジティブな感情は神様からもたらされ、ネガティブな感情はサタ
ンからもたらされる。自分に生じた思いが、神様からのものなのか、
サタンからのものなのかを判断するときに、それに伴う感情で判断
できるだろう。

  神様からのもの  サタンからのもの
    愛情       怒り、憎しみ
    喜び       悲しみ
    平安、安心    不安、心配
    希望       絶望、諦め、空虚
    満足       欲望、不満
    冷静       興奮、スリル、混乱、焦り
    勇気       恐怖
    信頼       不信、疑い
    感謝       怨み、嫉妬

歳をとると、肉体は衰えるが、霊は衰えないので、霊を実感できや
すくなるだろう。芸術や宗教の分野では特にそうだと思う。

肉体的な刺激が大きいと霊の感受性が低くなる。断食などで、肉体
的な雑音を排除する。啓示は肉体の目や耳で感じるのでなく、霊で
感じるからだ。

私の経験から言うと、何度か試行錯誤したあと、途方にくれている
ときに啓示があることが多い。余計なものが排除されるからかもし
れない。

腰痛に悩まされていた時期があった。シップを張って、過ごしてい
たが、痛みが治まらない。切れ痔だったので、雑菌が入って腰に炎
症を起こしているのではないかと思い、使わずに置いていた、抗生
剤を試すことにした。でも、痛みが治まらない。ある教会員に、そ
の話をすると、重大な病気であるかもしれないので、病院に行くよ
う勧められた。病院に行った。背中の筋肉が衰えていて、筋肉が固
くなり、痛みが出ているとのことだった。痛みを抑える薬と、筋肉
を柔らかくする薬が処方された。2か月続いた痛みが2日で治った。
背中の筋肉が衰えるということに、心当たりがあった。大腸にポリ
ープがあったので、肉を食べるのを控えていた。それで、筋肉が落
ちていたのだろう。それが、腰痛の大きな原因だったのだ。自分が
考えたことが、神様からの啓示か、単なる思い付きか、区別するの
は難しい。切れ痔が原因というのは、単なる思い付きだった。病院
に行くよう勧めてくれた人は、神様から促しを受けて、アドバイス
したに違いない。

大管長会と十二使徒定員会の話し合いでは、最初は、それぞれ違っ
た意見が出てくるのだという。しかし、協議していくなかで、一致
した意見にまとまるという。いきなり啓示を受けて答えが出ない。
教会のトップの方々でさえ、そのようなのだから、私のようなもの
には、簡単に答えは得られない。

ニーファイも真鍮版を取りに行ったとき、すぐ成功はしなかった。
2回失敗したあと、なすすべが見つからない状態になった後で、
成功の道が示された。

注意点
・自分でできることは、できるだけやってみる。
・神様は必ず答えてくれると信じる。
・重大なことだけでなく、日常の小さなことにも導きがある。
・聖文や教会の出版物、ビデオなどから答えを得ることもある。
・他の人から答えを得ることもある。
・啓示を受けるのにふさわしくなる。
  ・聖文を学ぶ。
  ・聖餐を受ける。
  ・奉仕する。
  ・神様に従順になる。
  ・悔い改めて清くなる。

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  ・御霊を受けている状態
  ・霊性

指導者が教える啓示を受ける方法   ネルソン大管長(2018年4月の総大会) => 教会サイト     ・繰り返し行くことのできる静かな場所を見つける。     ・神の御前にへりくだる。     ・天の御父に心を注ぎ出す。     ・御父に頼って答えと慰めを求める。     ・心配事や恐れ、弱さについて、イエス・キリストの御名によって祈る。     ・心の切なる思いについて祈る。     ・その後で耳を傾けてる。     ・心に浮かんだ考えを書き留める。感じたことを記録する。     ・促しを受けたとおりに行動する。     ・来る日も来る日も、年月を重ねて、このプロセスを繰り返す。     ・手術室で横たわる患者の傍らに立ち、前例のない処置を      どう行うべきか確信がなかったとき、聖霊がその方法を      わたしの心に図解してくださるという経験をしたことを      覚えています。     ・大管長会と十二使徒定員会から成る評議会として話し合      うとき、御霊がそこにあります。複雑な問題に取り組み      ながら、一人一人の使徒が自分の考えと見解を自由に述      べる中で、最初の見解は異なったとしても、互いに対す      る愛は一貫しています。一致することで、教会に対する      主の御心を識別することができます。      採決は決して多数決では行われません。よく祈りながら      互いの言葉に耳を傾け、一つになるまで話し合います。      そして完全な調和に達するとき、背筋がぞくぞくするよ      うな、わたしたちを一つにする聖霊の影響力を感じます。   ネルソン大管長(「リアホナ」2021年1月号) => 教会サイト     ・聖文を熱心に読む。     ・祈る。        神の前にへりくだり、定期的に行くことのできる        静かな場所を見つけ、心を神に注ぎ出す。     ・耳を澄ませる。        祈りを終えた後、しばらくひざまずいたままでいる        と、思い、感情、導きが、頭の中に浮かぶ。        そうした印象を書き留めておくと、主が自分にどの        ような行いをするよう望んでおられるのかを覚えて        おくことができるようになる。     ・悔い改めて、清くなり、聖霊を受けるのにふさわしくなる。   ベドナー長老(Face to Face) => YouTube動画     ・「Face to Face」のビデオを見て、答えを得た例の紹介     ・質疑応答       ・若くして妻を亡くした男性から、神の御心を知る方法。       ・結論の出せない白黒つけられない問題の解決方法。       ・小さな支部での子供のサポート方法。       ・啓示と自分の思いを見分ける方法。       ・悩み相談をしてくる人に自分で答えを得られるよう導く方法。       ・総大会などで啓示を受ける備えをするには何をすべきか。       ・教義を擁護するにはどうするか。       ・なかなか答えが得られないときどうすればいいか。       ・祝福師の祝福に述べられていることが達成できそうにない。   オークス長老(「リアホナ」1999年5月号)  => 教会サイト(PDFファイル)     ・福音を教える時は、御霊に頼るべき。知性や理性、テク      ニックに頼ってはいけない。自分の準備した内容やテキ      ストこだわり過ぎるのも良くない。     ・御霊を受けるには清い生活をする必要がある。罪を犯し      ていたり、怒っていたり、教会指導者に反抗的になると      御霊は退く。     ・啓示を受ける最善の方法は、聖文を読んだり、教会指導      者の話を研究することである。     ・主がわたしたちに御霊を通じて語りかけてくださるのは、      神ご自身の時に、神御自身の方法で行われる。自分の都      合の良い時に啓示は来ない。     ・啓示は静かな細い声でもたらされる。劇的な方法でない。     ・御霊は心を照らし、平安を告げる。     ・啓示は様々なことを思い巡らせた後に来る。心に湧いた      思いが正しい場合、心に平安、静かな確信、慰め、温か      さがもたらされる。穏やかで、静かで、友好的で、優し      く、温和で、寛大で、秩序正しく、幸福や喜びや愛の感      情を伴う。     ・啓示は常に受けられるものではない。自分自身の判断の      許容範囲を超えた場合に、御霊が働きかける。   オークス長老(「聖徒の道」1983年12月号) => 教会サイト(PDFファイル)     ・啓示の方法       ・神様や天使と直接、言葉を交わす。       ・夢や示現を見る。       ・心の中にとどまる言葉や思い       ・突然の悟り       ・自分の判断に対する積極的な思いや消極的な思い       ・優れた芸術に接した時の精神の高揚       ・霊感は音声よりも感じとしてくる。     ・啓示の目的       ・イエスがキリストであり、福音が真実であるという証を受ける。       ・将来のことについて予言を受ける。       ・つらい時に慰めを受ける。       ・励ましを受ける。       ・知識を受ける。       ・何かを思いとどまらせる。       ・最善を尽くした後、自分の決断が正しいか確認する。       ・行動を促す。     ・注意点       ・自分の責任の範囲外で受けたと思う啓示は間違いである。       ・啓示が与えられないときもある。         ・待つ必要がある場合         ・自分の判断力を用いなければならない場合         ・どのような選択をしても可、または、不可の場合。         ・些細なことである場合。   パッカー長老(「聖徒の道」1995年1月号)  => 教会サイト(PDFファイル)     ・みたまに関することは、知性では理解できない。     ・祈りは啓示を受けるうえで不可欠な要素である。     ・自分で考えたことが正しいなら心の内が燃える。      肉体的な感覚でなく、心の中で暖かい光が輝いている      感覚である。     ・人は啓示のみたまの最初のささやきを自覚しただけで祝      福を受ける。たとえば聖い知識が心に流れ込むのを感じ      た時、あなた方の心にはいろいろな考えが閃光のように      次から次へと浮かんでくるだろう。そしてそれがその日      のうちに、あるいは間もなく実現するのである。そして      神のみたまがどのようなものかを知り、理解するとき、      あなた方は啓示の原則を自分のものとして成長し、やが      てイエス・キリストにあって完全な者となるであろう。      (ジョセフ・スミス)     ・啓示は心に言葉や文の形でもたらされることもある。     ・壮大な啓示を期待しているため、常に注がれている啓示      に気づいていないこともある。     ・みたまの勧めを無視したり拒んだりすると、みたまは離      れる。     ・信仰を用いることによって、みたまの教えを受けられる      ようになる。     ・聖なる音楽は、みたまを受けられるように心を備える。     ・批判的、否定的な感情を持つとみたまは退く。     ・試練にあったとき、聖霊が慰めてくれる。   パッカー長老(「聖徒の道」1980年3月号)  => 教会サイト(PDFファイル)     ・祈りの答えはひそかにやって来る。静かな細い声である。      聞く努力をしないと聞こえない。     ・霊感の声は音声よりも感じとして来る方が多い。     ・知恵の言葉は啓示を受けやすくするためにもある。      禁じられてるものは霊的なコミュニケーションに必要      な繊細な感覚を鈍らせる。     ・霊感は自分自身のことよりも他人を助けるために必要      とされる時、一層迅速にもたらされる。     ・騒がしい音楽を聞いているときには霊感を受けにくい。     ・間違った答えを受けない方法       ・常識や良心に照らし合わせる。       ・迷うときには、両親や指導者に相談する。     ・答えが得られないとき       ・「いいえ」という答えを受けているのに、従って        いない場合がある。       ・少しずつ答えが来る場合がある。       ・聖典を読んでいるとき、説教を聞いているときに        与えられる場合がある。   オークス管長とアイリング管長:評議会における啓示について8つの質問に答える     => 教会サイト     ・評議会のメンバーの間では、初めは意見の相違があるが、話し合ううちに      意見が一致していく。     ・話し合いが終わると、評議会の管理者を通して主の御心を聞く。     ・妥協と意見の一致は違う。納得できない人がいると、別の機会に話し合う。     ・主に祈ることで、自分の意見が間違っていることを知ることもある。
「主に聞く」動画   ・ラッセル・M・ネルソン     聖文の中には父なる神が語られた数少ない神聖な出来事     があります。その貴重な声に耳を傾けてください。御父     は何度も御子イエス・キリストを紹介し、「彼に聞きな     さい」と言われました。なぜでしょうか?御父はなぜ何     度も御子イエス・キリストに聞きなさいと言われたので     しょうか。イエス自らその問いに答えられました。     「私は道であり真理であり命である。だれもわたしによ     らないでは父の御元に行くことはできない。」     御父は私たちを愛し、御父の御元に戻ることを願ってお     られます。私たちの仲保者、救い主、贖い主として召さ     れたイエス・キリストの声を聞くよう願っておられます。     ぜひ最初の示現の200年を祝うこの特別な年に次の重要     な質問を深くまた頻繁に考えてください。主の声をどの     ように聞くことができますか?また、より鮮明で頻繁に     主の声を聞くために行動してください。この一年は特別     な年で、聖なる森で起きた歴史的な出来事に焦点を当て     ていきます。主イエス・キリストに対して、あなたが抱     いている思いを家族や友人と分かち合う機会を積極的に     探してください。復活祭の日曜日に共に礼拝するよう、     友人を招いてください。主の特別な証人の一人として祝     福します。主の聖約の道にとどまり、主の声を聞こうと、     誠心誠意励もうとしている皆さんを祝福します。   ・ダリン・H・オークス     50年以上前、私はシカゴ南ステークの会長会顧問でした。     聖餐会の話者として、イリノイ州オーロラ近くのユニッ     トで、話すよう招かれました。家から車で1時間程の場     所でした。話者として割り当てを受けると、普段であれ     ば、内容に関して印象が浮かぶのですが、その割り当て     を受けた時には、何の印象も受けず、そのまま家を出て     車を走らせながら、何を語ろうか思案し、ようやく印象     を受けたのは、中間地点でしたが、それに従って、刑事     裁判所での経験を話すことにしました。窃盗関連で裁判     にかけられた若者たちについてです。万引きを含め、こ     うした犯罪の重大さについて、警察による援助を受けつ     つ、店主がどのように応じて、若き違反者らの逮捕に至     ったか、有罪判決を受けた若者たちに何が起こったのか。     話を終えると、一人の母親がやって来て、涙ながらに感     謝してくれました。万引きの係わった若き息子がいると     話し、この語ったのです。     「弁護士として働くあなたが、今晩、話すことを知り、     息子の助けとなる事柄を語ってくれるよう祈っていまし     た。あなたのお話は祈りの答えでした。あのように話を     聞く息子を見たのは、これが初めてです。主の御霊に耳     を傾け、従ってくださりありがとうございます。」と。     印象を受けたら、従ってください。どれほど変わった促     しでも、どれほど達成不可能に思えたとしても、従って     ください。分からずとも、必ず理由があり、主に耳を傾     けるなら、皆さんや誰かに祝福が注がれるのです。   ・ヘンリー・B・アイリング     思い返すと、私が真剣に受け止めないようなことを母は     一切口にせず、何が正しいか知っていました。救い主が     見守るように、母が見守ってくれていると感じていまし     た。少しでも母の反対を感じる時がどうだったかという     と、例えばある時、10セントを手にした私は映画に行こ     うと思いました。初めての映画です。当時は10セントで     した。「映画に行こうと思うんだけど、どう思う?」     母は言いました。「もしあなたが行きたいのなら、…」     その口調から、ああ映画には行けないのだた思いました。     行かないようにと答えるよう、母が導きを受けた理由が     あの映画のどこにあったのかと今でも考えます。母はそ     んな人でした。父は聡明で、母は賢い女性でした。母か     ら認めてもらうと、主から認めていただいたかのように、     感じたものでした。私の母や妻のように天と繋がってい     るのが明白な人々がいます。彼らに意見を求め、彼らか     ら受けたとあなたが感じた答えは主の声なのです。   ・M・ラッセル・バラード     雑音に囲まれながら天と繋がることはできません。日常     に静かな時間を見出し、御霊にかかわる事柄について、     思いめぐらすのです。私の経験上、そのような時に印象     を受け、考えが浮かびます。     イギリスで宣教師をしていたある日、私はトレント川沿     いを歩いていました。二十歳になる前のことです。歩き     ながら私は心の中で、自分の行おうとしていることは、     主を喜ばせるものか、主の望みなのか、祈り求めました。     声を聞いたわけでも、天使を見たわけでもありません。     しかし、胸の中に、心の中に、決して消えない印象が残     りました。     その瞬間、二十歳の私は教訓を学びました。天から聞こ     える事柄のほとんどは、心で感じるものであり、それか     ら、沸々と湧き上がる思いだということ、そこには、耳     にした事柄に従えるよう、助け導く御霊があるというこ     とです。   ・ジェフリー・R・ホランド     聖なる森での経験から学べることは多くありますが、重     要な教訓の一つは御父と御子に関する偉大な啓示に先立     って、ジョセフが反対に遭ったことです。あらんかぎり     の力を尽くしたとジョセフは語っています。そこには倣     うべき模範があります。力強く確固とした切なる祈り、     サタンによる圧力であれ、日々の悩みであれ、心を乱す     物事であれ、闘い抜こうと捧げる祈りから学べることが     あります。私のとっては言葉を口にする必要性を思い起     こさせてくれるものです。祈りとは胸の内を伝えること     です。声なき祈りは可能かつ必要なものであり、心の中     でも常に祈るべきですが、言葉にすること、私にとって     は口に出すことが大切です。手軽に済ませるものではな     いと気づかされます。優先度を高め、良質な時間を確保     する必要があります。可能ならばひざまづき、はっきり     と声を上げて、真に主と交わるのです。寝るなる直前ま     で夜の祈りを取っておく人は、やるべきことをこなして、     力を使い果たした末に生半可の祈りを捧げ、ベッドに転     がり込むのです。そうではなく、目が冴えて集中力のあ     る時、塾考して、力を込められる時まで祈りを繰り上げ     ましよう。こうして優先度の高さを示し、少しでも上手     に生活をやり繰りするなら、このようにはっきりと、主     と言葉を交わす機会を持てるでしょう。   ・ディーター・F・ウークトドルフ 1     困難は時期に福音を分かち合う     主はこの困難な時期に学ぶべき教訓を与えてくださった     のだと思います。驚くべきことですが、ほんの数日、ほ     んの数週間のうちに、順応していき、今では成功例もあ     ります。宣教師たちは新たな手段を見出し、ソーシャル     メディアやテクノロジーを活用して、これまでになかっ     た手段で、会員たちとつながっています。これは人と人     とつなぐすばらしい手段であり、お宅にお邪魔すること     なく、自宅のプライベートな空間にいながら、人々に福     音を分かち合うのです。回復は200年前に起こりましたが、     今、私たちはこの困難な時期にこのようにとてもすばら     しく、とても助けになる事柄を提供しています。私たち     が会員として、また宣教師として団結するならば、どこ     にいようと、人々にすばらしい祝福をもたらすことがで     きます。というのも今回は私たちがこの状況を最大限に     活かし、非常に良いものをもたらす番だからです。すば     らしいことが進展しています。伝道部は互いに助け合っ     ており、フェイスブックなどのソーシャルメディアで動     画を投稿し、その方法を共有しています。そこには創造     性があり、新たな進展が見られます。洗練され、教化さ     れ、より力をつけ、刷新された進展です。私が切に願う     のは、この勢いとエネルギーを教会のあらゆる分野に広     げていくことです。   ・ディーター・F・ウークトドルフ 2     主の声を聞く方法は実に多くあります。最も個人的な経     験は、主の愛と主への私の愛に思いをはせることです。     それは架け橋や、つながり、あるいは、扉を開くような     ものです。こうすることで、聖霊の力と賜物を感じるか     らです。この愛こそが鍵だと思います。感謝を抱いてい     ないとき、この愛を感じられません。救い主と、受けて     きた祝福に感謝するとき、この愛の扉が開きます。この     愛によって、これまで見聞きし行ってきた事柄の流れが     放たれ、正しい決断を下す助けとなるのです。そんな経     験を仕事でしました。何をすべきか分からなかったとき、     静かな場所を見つけ、天父とイエス・キリストに聖霊の     賜物によって、御二方への愛の橋を通してつながったの     です。すると突然、答えの流れが押し寄せました。これ     が主が私に語られる方法です。主が抱いておられる愛と、     私が持つ主への愛に、焦点を当てるのです。そうするこ     とで、今、まさに必要である答えや、生涯必要としてき     た答えに導かれます。   ・デビッド・A・ベドナー     今日の私たちの生活にとって、主の声を聞き、主の導き、     主の平安、主の守りを受けるという約束があることほど、     大切なことはありません。聖文から主の声を聞くことが     できます。聖文は記録された主の声です。物理的な声を     聞くのではなく、聞けることもありますが、感じる気持     ちを通して、聖文を聞くのです。思いと心にある印象で     す。啓示とは思いと心にある考えと印象です。その考え     と印象を得るためには、聖文は欠かせません。   ・クエンティン・L・クック     聖霊は祝福や慰め、平安だけでなく、答えや理解をも喜     んで与えようとされます。ビショップだったころの経験     です。あるカップルから電話をもらいました。切羽詰ま     った声で、今すぐ会いたいと繰り返します。私は出張の     ため空港へ向かうところでした。時間がないと知りつつ     も「では来てください」と伝え、ひざまずいて祈りまし     た。すると聖霊を通して啓示を受けたのです。「彼らの     問題はこうで、このように助言すべきである」と。彼ら     が来たので話を聞くと、問題も必要だった助言も啓示の     通りでした。お伝えしたいのは、人に奉仕したり祝福を     与える時こそ、聖霊がよく証される時だということです。     ミニスタリングする時や、伝道する時、子供や青少年を     教える時など、特別で霊的な祝福が必要な時があります。     聖霊の訪れがあるのは、まさにそうした時です。経験か     ら申し上げます。そのような時こそ、確かに主の声が聞     こえ、必要な導きが与えられます。   ・D・トッド・クリストファーソン     昔、10代のときに、聖なる森に行く機会がありました。     一人で森に入り、周りには誰もいませんでした。ジョセ     フ・スミスにように、祈って答えを受けるのに、完璧な     場所だと思いました。私は確認を求めていました。主が     与えてくださることなら何でも、福音の回復について、     主が語られる真理を何でも受け入れたい、そう思いまし     た。私はいたって真剣でした。長い間、誠心誠意祈りま     したが、何も起こりませんでした。返事も答えもなく、     何も聞こえませんでした。諦めて帰りました。当然がっ     かりしていました。何を間違えたのか、他に何をすべき     だったのか。たくさん考えました。6週間後、家でモル     モン書を読んでいました。静かな時が流れ、私は深く考     えていました。すると、求めもしないうちに、確認の御     霊である聖霊が押し寄せ、私の霊に語られたのです。そ     して、真理を悟りました。この経験から学んだのは、神     が祈りにお答えになる時や方法について、私たちから神     に指示はできないということです。「すべて受け入れま     す。準備万端で喜んで聞きます。」と言うだけです。神     は答えられ、私たちは御声を聞きますが、全ては神がそ     の知恵と愛の中で、最良の決定を下されるままになされ     るのです。   ・ニール・L・アンダーセン     家族や友人からあ変わる必要があるのではと言われると、     それが正しくても、私の中の生まれながらの人がパッと     出てきて、「こっちの視点から見ていないんだ」とか、     「そうやって人を裁く立場にはないだろう」「自分の心     配をした方がいいのでは」とさえ言いだします。しかし、     へりくだってひざまずき、心の底から、「天のお父様、     何を変えればいいのでしょうか。どこを悔い改める必要     がありますか。私に欠けているものは何でしょうか」と     尋ねると、静かな気持ちが訪れ、時が来れば主の声を聞     くことができます。主の永遠の真理が心に浸透するので     す。静かな時にささげる、正直で心からの祈りは、天父     からの啓示の窓を開きます。私たちは主の声を聞きます。     主は私たちに語りかけてくださいます。御霊の静かな印     象に耳を傾けようとし、改善できる事に対し、もっと注     意深くなると天父に約束すると、主の声を聞く能力が高     められるように思います。真の変化が一日で起きること     は少なくとも私にはありません。でも時とともに成長す     ることができます。主の声を聞き、主からの霊的な指示     に従うと、主は豊かに御霊を注がれ、承認を与えてくだ     さいます。主に承認していただき御霊を感じるほど、す     ばらしいことはありません。私たちへの天父の愛を聖霊     は確認され、私の場合、主はこうした小さな一歩でさえ     私を主に近づけてくれていると伝えてくださいます。   ・ロナルド・A・ラズバンド     主の御霊の声を聞く最良の方法は聖文を読み聖霊の促し     に従うことだと強く感じています。自分の福音のライブ     ラリーに「聖文からの啓示」という項目を設けています。     今からお話しするのは19歳のときの出来事です。伝道     の召しを心待ちにしていました。父の任地はドイツ、兄     の任地もドイツでした。私の希望もドイツでした。郵便     受けに手紙が届きました。教会の大管長からです。     「ロナルド・A・ラズバンド長老、あなたはこの度ニュー     ヨーク州ニューヨーク市に本部を置く東部諸州伝道部に     召されました。」     「そんな!ドイツに行くはずなのに!」     がっかりしてしまいました。     「この態度を改めるべきだ」と自分に言い聞かせ、寝室     に入り、教義と聖約を手に取ると、開いて読み始めまし     た。第100章から2節だけ、ご紹介します。100章     3節です。主が私に語られているようでした。     「見よ、見よ、この場所に、また周りの地域に、わたし     の民が大勢いる。この東の地における周りの地域で、効     果的な門が開かれるであろう。それゆえ、主なるわたし     は、あなたがたがこの場所に来るのを許した。わたしは     人々の救いのためにこれを必要としたからである。」     東部諸州伝道部に召されたばかりの私に主がこう言われ     たのです。     「わたしはこの東の地にあなたを召した」     その一瞬がドイツではなく、ニューヨーク市の東部諸州     へ召された私の態度を一変させました。啓示により、こ     の聖句を通して、それが御心だと分かったのです。   ・ゲーリー・E・スティーブンソン     幼い頃、父と山へハイキングに出かけました。父は山道     を登り、私は岩から岩へ飛び移りながら進んでいました。     大きな岩へ飛び移ろうとした瞬間、父が私のベルトを掴     んで引きずり降ろし、「ゲーリー、今、あの岩に登っち     ゃだめだ」と言いました。私は少々驚きつつも、「分か     ったよ」と答え、父の後ろに続いて山道を進んでから、     振り返り、登ろうとしたあの岩を見下ろすと、とぐろを     巻いた大きなガラガラヘビがいたのです。     父に聞きました。     「ヘビがあそこにいるって、どうして分かったの?」     父はこう答えました。     「ゲーリー、聖霊について、どんなことを知っているか     な?」     それ以来、聖霊の促しがもたらされることを知りました。     私たちは主が望んでおられる事柄を聞くことができます。     聖霊が私に警告し、教えを授けられるのを感じ、聖霊か     ら平安や慰めを感じてきました。聖霊から与えられる証     を持っています。ですから、主の声を聞く方法の一つは、     聖霊の促しに従うために、できる全てを行うことです。   ・デール・G・レンランド     聖霊を含め、誰かのささやきを聞くには、近くにいた方     がより聞こえます。その方が聞こえやすいのです。主に     近づくとき、さらに主に似た者となりたいという望みが     増すことに気づきました。主のようになろうと努めると     き、主も私と語らいやすくなると思います。御霊がする     ように促す事柄を行う献身や意欲といった個人的な行い     が必要です。     私はいつも教会に集うのが大好きな若者でした。医学部     を卒業後、インターンシップが始まり、忙しい毎日でし     た。当時を思い返すと、かつて私に平安をもたらし、御     霊を近づけていた事柄から離れていました。ある日曜日     のことを忘れません。インターンシップも終盤を迎えて     いました。急げばルースとアシュリーと一緒に教会に行     けたのですが、私は遅れて行くことにしました。二人が     先に行けば一人で歩いて帰宅し、昼寝ができると思った     のです。実際にそうしました。家に着き、横になり、昼     寝を楽しみにしましたが、寝付けませんでした。いつも     教会が好きだった自分の一部となっていた証や熱意はも     うないことに気付いたからです。あの熱意はどこにもあ     りません。ソファから飛び起きるとひざまずき、赦しを     求め、行いを改めると誓ったのを覚えています。私がや     るべきことは、日々の祈りや聖文学習といった、個人的     な献身の行いでした。翌日、私は病院へモルモン書を持     参しました。何があろうと、毎日聖文を読むことができ     るようにです。やることリストには一日に最低2度祈る     ことを含めました。可能な時は必ず教会へ行くようにし     ました。その数週間以内に、かつての熱意と温かい証が     よみがえったのです。     あの道を歩み続けていたら、どうなっていたかを考える     と、ぞっとします。もし眠り込んで、教会に行かない喜     びを見いだしていたら、人生は異なるものになっていた     でしょう。   ・ゲレット・W・ゴング     主が私たちに与えられた大きな特権の一つは主の息子と     娘に手を差し伸べることです。私たちが周りの人々に手     を差し伸べ仕えるとき、主はいっそうの愛を注がれ、私     たちにも愛を注がれます。私たちは主の声を聞きます。     人々を助けるために祈るとき、普段とは異なった形で主     を感じます。主はそのような祈りに最も答えたいと思っ     ておられるからです。私たちが一人一人に対して、個別     に手を差し伸べるとき、私たちも主の愛を個別に感じる     ことができます。主が私たち一人一人を愛しておられる     のは、まぎれもない真実です。   ・ウリセス・ソアレス     伝道部会長をしていた時のことです。ゾーン大会で宣教     師にする話の準備を終え、とても良い話だ、少なくとも、     私はそう思いました。しかし、当日、目を覚ますと、準     備したものを見直すべきだと、強く感じたのです。話を     見直していると、これは違う、別なことを伝えるべきだ     と感じました。その瞬間、温かく力強い主の声が聞こえ     ました。私が準備したものは、主が望んでおられるもの     とは違い、主御自身の方法で業を行えるよう助けてくだ     さると、私はひざまずき祈りました。すると主に教義と     聖約33章を読むように指示されました。預言者ジョセフ     ・スミスを通して、主が二人の若者を伝道の業に召し、     その方法を具体的に教えておられる啓示です。それこそ、     伝道部の宣教師たちに必要なことでした。新しく準備し     た話をし、聖文に則って教えると、まるで、救い主御自     身が話してくださったように感じました。宣教師たちも     よく耳を傾け、進んで指示に従う用意ができたようでし     た。一瞬、沈黙がありました。皆、深く考えていたので     す。御霊と御声を通して、私と宣教師たちの心に、主が     伝えてくださったことを。   ・ジーン・B・ビンガム     どう主の声を聞いているのか、知るのに時間がかかりま     した。始めて証をしたとき、ミネソタにいて、12歳で     した。そのワードでは、座っているところにマイクがま     わされました。ドキドキしましたが、立たなければと思     い、この思いを止められませんでした。そのとき初めて     立ってマイクが来るのを待ちました。膝ががくがくでし     たが、簡単な証をしました。とても温かい気持ちを感じ、     確信を感じました。天父が喜んでいるのを感じました。     御霊を感じて、主の声を聞いた初めての経験だったかも     しれません。正しいことをしているという温かい確信で     した。   ・ジョイ・D・ジョーンズ     私はずっと前から思いや気持ちや印象や感情を通して、     主の声を聞くことができると知っていました。でも最近、     名前が聞こえるのです。昨日、そんな経験をしたばかり     です。名前が聞こえたのです。     ある姉妹から手紙を頂きました。子供の頃、大好きだっ     た初等協会の教師についてでした。なぜ、その教師が大     好きで、彼女を愛していたのか、どれほど大きな影響を     受けたかが書かれていました。     「ジョーンズ姉妹、なぜ、この手紙を書いているのか分     かりません。でも、私以外の人に、このすばらしい女性     のことを知ってほしいのです。彼女は今ステージ4のが     んで、闘病中です。」     私はその姉妹に電話して、話をしたいと思いました。で     も、いくつか会議があったので、終わったら電話しよう     と思いました。すると、会議の途中で彼女の名前が聞こ     えたのです。「今すぐ電話しなさい」そういう意味です。     私は携帯電話を手にオフィスに行き電話しました。電話     に出たのは、ご主人でした。付きっきりで介護をしてい     る彼は「目を覚ましているか見てみます」と言って、見     に行ってくれました。すると起きていたので、手紙を読     んで聞かせることができました。私たちは、とても感慨     深い甘美な時間を共有できたのです。     思い返すと始まりは別の州に住む一人の姉妹が主の声を     聞いたことでした。その姉妹が私に主の声を聞く機会を     与えてくれました。そして、この家族と私は電話を通し     て、一緒に主の声を聞くことができたのです。主の完全     な愛のなせることで、称賛されようとは思いもしません。     しかし、心から感謝しています。パズルの一部となる機     会を私にも与えてくださることに。全て主がなさること     です。でも、私たちにその一翼を担わせてくださいます。     その過程で、私たちは霊的に高められ、教えられ、霊感     され、愛されます。そして、もっともっと主の愛の業に     係わりたいと願うようになるのです。   ・カミール・N・ジョンソン     私は他の人を通じて、主の声を聞くことがあります。     数年前、12月1日に神殿に行った時のことです。その日     は前年に亡くなった父の誕生日でした。神殿にいるとき、     神殿で働いているある姉妹が私のそばに来て話しかけて     くれました。彼女はあることを見て、意見を言ったので     すが、それはまさに父が言うようなことだったのです。     実際、そのことを言えるのは父だけでした。その日、神     殿に参入したのは、父がそばにいるとの確信を持ちたか     ったからでした。そして、まさにその日、見ず知らずの     人の口を通して、御霊は父が私を近くで、見守っていて、     愛しているのだと証してくださったのでした。神殿でそ     の姉妹が言ってくれた言葉は、静かな確認をもたらして     くれました。救いの計画は現実のものであると。そのこ     とを、これまでになく深く理解できました。     御霊は私たち一人一人に合わせた方法で、話しかけてく     ださいます。ときにそれは私たちを励まし、慰めや喜び     を与えてくれる他の人の言葉なのです。   ・ボニー・H・コードン     家族で休暇を過ごしていた時に、予期しないことが孫息     子に起こりました。突然呼吸が止まり亡くなったのです。     子供病院で彼と3日間一緒に過ごした私たちの心は弱く     なっていました。     ソルトレークに戻ると、ある割り当てがあったことに気     づきました。子供病院での割り当てです。私の心は弱り     果てていて、無理だと思いました。そこで、ひざまずき、     「この割り当ては引き受けられません」と言いました。     しかし「行っておこないなさい」と促されたのです。     目に涙をためて、私は子供病院に向かいながら、「だれ     の役にも立てないけれど、とにかく来たわ」と思いまし     た。病院に着くと、何を見ても何を聞いても、心がつぶ     れそうでした。でも、オリバーに会うという割り当てが     あります。オリバーの部屋に入ると、ホワイトボードに、     聖句が書かれていました。     「心を尽くして主に信頼せよ。自分の知識にたよっては     ならない。」     どういうわけか、その聖句を読んで目が開き、心が癒さ     れました。主がその賜物をくださったことに感謝しまし     た。その主の声を聞いていなければ、どうなっていたか     分かりません。永遠の見地に立つことができ、大きな喜     びを感じ、難しい割り当てを与えられたことに感謝しま     した。     子供病院に行ったのは、自分のためでした。主の愛を感     じ、主の恵みを通して癒され、支えられました。それは     賜物でした。主の声を聞けることに感謝しています。自     分の心を開き、主の愛を知ることができるからです。   ・聞きなさい     このビデオには高まるような音楽もなければ、激しく行     き交う会話も特別な効果音もありません。なぜならこの     ビデオは雑音が静まり、気をそらすものが取り除かれる     ときに、聞こえてくるものを映し出すからです。力を抜     き、静まり、落ち着き、耳ではなく、心を傾けて、聞こ     うとするなら、わたしたちの心に届きます。静かな細い     声のささやき、やさしい喚起の声、心の大きな変化の響     き、静かな聖なる夜と空になった墓の音、そして、古代     にも現代にも語られてきた言葉。     「これはわたしの愛する子である。彼に聞きなさい。」   ・イースタービデオ     人の子が栄光を受ける時がきた。     心をつくし精神をつくし思いをつくして、主なるあなた     の神を愛せよ。自分を愛するようにあなたの隣り人を愛     せよ。     あなたがたによく言っておく。私の兄弟であるこれらの     最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、私にした     のである。     わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互い     に愛し合いなさい。     これは、あなたがたのために与える私のからだである。     人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも     大きな愛はない。     この復活祭に主の教えを聞きましょう。     見よ、わたしはいつもあなたがたと共にいるのである。   ・主の声を聞く     今は、かつてなく、御霊がどのように語りかけるかを知     る必要のある時です。聖霊は慰め主です。あなたの心に     安らかな気持ちを与えてくださいます。あなたが主の言     葉を聞き読むとき、聖霊は真理について証し、真実であ     る事柄を確認させてくださいます。改めて皆さんにお願     いします。個人の啓示を受ける霊的な能力を増すために、     必要なことを何でも行ってください。それを行うことは     人生で成長する方法や危機の際になすべきことを知るの     に役立つでしょう。   ・Hearken     聴くことは「御子に聞く」こと。すなわち、救い主の言     われることを聞き、その後、救い主の勧告を心に留める     ことを意味します。「彼に聞きなさい」という言葉で、     神は現世における成功と幸せと喜びの規範を与えておら     れます。わたしたちは主の言葉を聞き、それらに耳を傾     け、主から告げられた事柄を心に留めなければなりませ     ん。イエス・キリストの弟子となるよう努めるとき、主     の声を聞くことができるように、これまで以上に意識的     に努力する必要があります。日々の生活を主の言葉と教     えと真理で満たすために、意識して絶えず努力すること     が必要です。   ・Seek to Hear     私たちが不安と恐怖に取り囲まれるとき、最も助けとな     るのが御子に聞くことだと御父は御存じです。「御子に     聞こう」「心から聞こう」とするときに、どのような状     況でも行うべきことを知るように導かれるからです。救     い主が述べられたことや、預言者を通して今語っておら     れることを皆さんがもっと意識的に聞き、耳を傾け、心     に留めるときに、どのようなことが起こるでしょうか。     私は約束します。誘惑や困難や弱さに対処する力を祝福     として加えられるでしょう。     私は約束します。あなたの結婚生活、家族との関係、日     々の働きに奇跡があるでしょう。     私は約束します。たとえ人生で混乱が増しても、喜びを     感じる能力が増すでしょう。   ・困難な時代にあっても、平安を見いだす     人生における個人の試練は、このパンデミックをはるか     に超えて広がっています。将来の試練は事故や自然災害     あるいは予期しない心痛から起こるかもしれません。ど     うすればそのような試練に耐えられるでしょうか。主は     私たちに備えていれば恐れることはないと言われました。     もちろん、私たちは食料や水を貯え、貯金をすることが     できます。しかし、同じように重大なのは、個人の霊的     な貯蔵庫を信仰、真理、証で満たすことです。人生にお     ける究極の目的は、私たちの創造主にお会いする備えを     することです。私たちは救い主イエス・キリストに似た     者になれるよう、毎日、努力して、この備えをします。     また、毎日、悔い改めて、清めと癒しと強さをもたらす     主の力を受ける時に、それを行います。そうすれば、荒     れ狂う時代に会っても、永続する喜びを平安を感じるこ     とができます。主が聖なる場所に立ち、動かされないよ     うにしなさいと命じられたのは、まさに、この理由のた     めです。天の父なる神とその御子イエス・キリストは私     たちを心にとめておられます。私たちも自分にできるあ     らゆる方法で、聖霊の力と働きを通して語られるイエス     ・キリストに聞くように努めるのです。御子に聞こう、     心から聞こうとするときに、どのような状況でも、行う     べきことを知るように導かれるからです。   ・キリストによって平安を得る     主の光、闇照らし、力が湧いてくる。     荒波の中にいても、主の平安、感じるよ。     He gives us hope when hope is gone.     He gives us strength when we can't go on.     He gives us shelter in the storms of life.     when there's no peace on Earth,     there is peace in Christ.
統合失調症のサイン   啓示なのか、病的な妄想なのかの判断方法   幻覚や妄想のサイン     ・いつも不安そうで、緊張している。     ・悪口を言われた、いじめを受けたと訴えるが、      現実に何も起きていない。     ・監視や盗聴を受けていると言うので調べたが、      何も見つけられない。     ・ぶつぶつと独り言を言っている。     ・にやにや笑うことが多い。     ・命令する声が聞こえると言う。   認知機能の障害     ・日常生活における理解力が低下したり、      記憶力が低下して、      社会生活における問題解決能力が低下する。   会話や行動の障害     ・話にまとまりがなく、何が言いたいのかわからない。      相手の話の内容がつかめない。     ・作業のミスが多い。   意欲の障害     ・打ち込んできた趣味、楽しみにしていたことに興味を      示さなくなった。     ・人づきあいを避けて、引きこもるようになった。     ・何もせずにゴロゴロしている。     ・身なりにまったくかまわなくなり、入浴もしない。   感情の障害     ・感情の動きが少なくなる。     ・他人の感情や表情についての理解が苦手になる。

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