仕える

 

 

勉学

 

 

 

詩篇132・8−9

 

主よ、立ち上がり

あなたの憩いの地にお進みください

あなた御自身も、そして御力を示す神の箱も。

あなたに仕える祭司らは正義を衣としてまとい

あなたの慈しみに生きる人々は

喜びの叫びをあげるでしょう。

 

 

 

 

 

天界の秘義3840

 

「わたしはラケルのためにあなたのもとで仕えませんでしたか」。これは内なる真理の情愛のために勉学がなされたことを意味していることは以下からも明白である、すなわち、ラケルの表象は内なる真理の情愛であり(3758,3782、3793、3819番)、『仕えること』の意義は勉学である(3824番)

 

 

 

天界の秘義3846

 

「わたしたちは、あなたが尚七年わたしのもとで仕える仕事のために、彼女をもまたあなたにあげましょう」。これは、そのとき勉学の充分な状態が存在するであろう、を意味していることは以下から明白である、すなわち、『仕事[奉仕、務め]』と『仕えること』の意義は勉学であり(3824番を参照)、『七年』の意義は一週と同一であり、すなわち、前のように、状態と全期間であり(3845番)、かくて充分な状態であり、その状態はまた聖いものである(3824番)。『わたしたちはあなたに彼女をまた与えましょう』というこの表現はそのとき内なる真理の情愛との連結が存在するであろうということを意味している。内意では『仕えること』は勉学である理由は外なる人の労苦は内なる人における勉学であるということである。そこから勉学は心の労苦と呼ばれている。

 

 

 

天界の秘義3852

 

「尚他に七年かれのもとに仕えた」。これは聖い勉学を意味していることは以下から明白である、すなわち、『仕えること』の意義は勉学であり(3842、3846番を参照)、『七』の意義は聖いものである(395、433、716、881、3824番)。内なる真理が善と連結する手段となるものは聖い勉学と呼ばれている、なぜなら内なる真理はことごとく主を注視し、主に対する愛を通して連結し、この愛は聖いものそのものであるからである。