賜物
天から与えられなければ、人は何も受けることができない(ヨハネ3・27)/
2.トマス・ア・ケンピス
3.ヴァスーラ
1.聖書
ローマ12・4−8
というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互に部分なのです。わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また、教える人は教えに、勧める人は勧めに精を出しなさい。施しをする人は惜しまず施し、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は快く行いなさい。
コリント1・4・7
あなたをほかの者たちよりも、優れた者としたのは、だれです。いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものがあるでしょうか。
2.トマス・ア・ケンピス
トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/1・3・2
このみ言葉がなければ、だれひとり明らかに悟ることも正しく判断することもできない。
トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/1・7・2
あなたの技量(うでまえ)や才能(はたらき)を鼻にかけて、神のおん怒りを招くな。あなたの生まれつき持っているよい所は、みな神から出たものだからである。
トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/3・9・2−3
だから一つの物もあなたに帰せず、一つの徳も人間に帰してはならぬ。ただいっさいを神に帰せよ、神がなければ人間は何ももつことができないからである。
わたしはいっさいを与えた。ゆえにいっさいがわたしに帰することを望む。そしてそれに対してきわめてきびしく感謝を要求する。
これこそ真理であって、これによってすべての虚栄は駆逐される。
もし天からの恩恵と、ほんとうの愛とが心に宿るなら、嫉妬も、悩みも、自我の愛もはいる余地がない。
私に主のみ旨を悟らせ、主のおん恵みを一般的なものも特別なものも、ことごとく深い敬畏の念をもって思い出し、しきりにそれを思いめぐらすことができるようにしてください。これは、それによって私が、主にふさわしい感謝をささげることができるようになるためであります。
実際、私は主のもっとも小さいおん恵みに対してすら、それ相当の感謝を献げ得ないことを、知り、かつ認めずにはいられません。
私はこれまで主が私にお与えにあったいかなるおん恵みをもいただくに足りない、つまらない者でありまして、主の崇高さを思う度に、私の魂は主の偉大さに茫然自失してしまうのであります。
トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/3・22・2
私たちが霊魂肉体に具えているもの、生まれつき、あるいは恩恵によって、内外に有しているものは、すべて主の賜物でありまして、みな主の寛大、柔和、仁慈をたたえるものであります。私たちはあらゆるよい物はことごとく、主からいただくのであります。
そしてたといある人は多くを受け、ある人は少なく受けたとしても、すべてはみな主のものであって、主によらなければ、そのもっともわずかすら、得ることができないのであります。
多く受けた人も、自分の手柄を誇ったり、自分を他人以上に偉いとしたり、少なく受けた人を軽蔑したりすることはできません。なんとなれば、自分に手柄を帰すること少なく、謙遜、敬虔に感謝する人ほど、いっそう偉大な善良な人であるからであります。
そして自分をだれよりもつまらない者、卑しい者と考えている人ほど、いっそう多く受ける資格があるのであります。
3.ヴァスーラ
ジャック・ネランク/あなたは預言を無視しますか・現代の預言者ヴァッスーラに聞く/天使館/P235
ヴァッスーラ:芸術については、お話することがあります。父なる神が、あるメッセ―ジの中でおっしゃいました。「あなたには、私に与えるものが何かあるか?」 それからすぐに 「いずれにせよ、あなたが私に与えるもので良いものは、私から出る」 とおっしゃいました。私はこうお尋ねしました。 「つまり、私自身は、あなたにさしあげる良いものを何一つ持っていないという意味ですか?」 「そうだ。何もない」 と神はおっしゃいました。私はじっくり考えてから申しました。 「神を喜ばせるためになすべきことを知っています。良いもので、私から出るものです。イコンを描いて、それをあなたに捧げます、教会に寄付するのです」。 神は、「ヴァッスーラ、芸術の才能もまた、私に由来するものだ」とおっしゃいました。