人間を罰する時主はどれほど苦しまれるか

1.スウェーデンボルグ

2.ルイザ・ピッカレータ

3.マリア・ワルトルタ

 

 

 

 

1.スウェーデンボルグ

 

天界の秘義7877[5]

 

許すことにおける実情のいかようなものであるかは僅かな言葉では述べることは出来ない、それには非常に多くのアルカナが含まれているからである。邪悪な者が地獄に落ちて、苦しめられることは主がそれを望む者のように許されるのではなくて、望まれはしないが、全人類の救いという目的から押し出されて、止むに止まれず、救済策をもたらすことが出来ない者のように許されるのである。もし主が仮にも救済策をもたらされるとするなら、それは神的なものに反して悪を為すことになるのである。しかしこの主題については主の神的慈悲の下に他の所でさらに多くのことを述べることにしよう。

 

 

2.ルイザ・ピッカレータ

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/2巻P75

 

「人びとが私にしたことを見なさい。あなたは人間に罰を与えないように望むが、罰は彼らを思い知らせ、これ以上大胆にさせないためにも必要なのです。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/2巻P151

 

「イエズスよ、正義のわざを振るったあと、どれほど苦しんだか忘れたの。人間たちの間で、そんなふうに苦しむあなたを見るのがつらいので、人びとに罰を与えないでとこんなに注意するのもそのためなのです。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/2巻P160

 

「ああ主よ、いったいどうしてそんなことができるの。不可能だわ。あなたの似姿である人間をあなたが罰するなんて、私には我慢できないの。ああ、せめてあなたに属する人びとでなければよいのに。こんなことは序の口。もっともっと悲しいのは、あなた自身が打ちくだかれ、苦悩に喘ぐのを目にすること。なぜなら罰は別のものでなく、あなたの体の上に降りかかり、あなたが苦しむから。言って。私のたったひとりの善い人。自分で自分を打って苦しむあなたを見て、どうして私の心が耐えられるの。人間を懲らしめるならまだしも、そればかりはひどすぎて飲めません。とてもそうしていいなんて言えない。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/2巻P172

1899年10月24日

 

 今朝イエズスがやって来て私を外に連れ出した。私は人びとの真中に連れて行かれた。主は人間のことを同情の眼差しで眺めていて、罰そのものでさえ、主の愛情深い心の奥底から湧き出る無限の憐れみのようだった。主は私に向って言った。

 

「我が娘よ、人間は神の象りとして創られた。われわれの食物は、神の三つのペルソナの間でいつもお互いに一致し、絶え間なく交わされる愛なのです。人間もわれわれの手と、清い無私の愛から生まれたので、われわれの食物の一部分にすぎません。

 それなのに、それがわれわれにとり苦い食物になった。その大部分はわれわれから離れて地獄の炎の牧草となり、われわれと人間の第一の敵である悪魔たちの言い知れぬ憎しみの食物と成り果ててしまったのです。ここに霊魂を失う悲しみの主な原因があります。なぜなら人間は私たちのもので、私たちに属しているから。彼らを罰したいと思うのは、人間を育む愛が大きく、その魂を救いたいからなのです。」

 

「主よ、今回はあなたは罰について他に言うことがないのね。これらの霊魂を救うための、あなたの権能は他にもたくさんあるのに。あなたが巻き込まれず、苦しむこともなく、人間に全ての苦難が与えられるのが確かなら、仕方がないわ。でも既にあなたの送った罰のために、自分でとても苦しんでいるのが見える。これ以上別の罰を送り続けて、どうするつもり。」イエズスは言う。

 

「自分が苦しくとも、愛はもっと重い鞭を与えようとする。人間が自分の存在が何かを理解し、駄目になった自分を反省するには、これ以上強力な方法がないから。私の正義に同意しなさい。私のことを愛していればこそ反対し、私の苦しむのを見たくないのも分かっています。

 私の母はどんな人間よりも私を愛してくれました。母は何とも比べようがない。それでも霊魂たちを救うために正義に同意し、私がこんなに苦しむのに甘んじた。もし私の母にできたのだから、あなたにもできるでしょう。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/3巻P114

 

しかしイエスが忍ばれていた苦しみについて、なんと申せばよいでしょうか! イエスが罰を送るべく強いられるときに彼が体験なさる暴力の激しさの状態は、それを与えたくないという気持ちとの葛藤からくる暴力でした。このような状態のイエスを見るとき、それは非常な同情を起させるものであるため、もし人々がそれを見ることができたとしたら、たとえダイアモンドの心臓を持っていたとしても、彼らは優しい気持ちにとらわれて、もろいガラスのように砕けてしまうでしょう。私はお心をなだめて下さるようにと祈り始め、人々を罰から逃れさせるために、私を苦しませることで満足して下さいと願いました。

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/3巻P115

 

「娘よ、私に暴力を強いるのは正義である。私が人間に抱いている愛ゆえに、私がもっと強い暴力をもって被造物を罰するとき、それは私の心を死の苦悩におとし入れる。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P13

1899年11月13日

 

 今朝のイエスは、落ち着かない様子で行ったり来たりして続けておられました。私とお話しになるかと思えば、次には被造物への熱い愛にかられて彼らが何をしているかを見に行かれるのでしたが、彼らが苦しんでいることに心の痛みを感じられて、彼らではなく、むしろ主ご自身のほうがその苦しみにとらわれたかのようになられるのでした。

 

 私は何回も聴罪司祭が、イエスのお気持ちをなだめるために、その司祭職の権能をもって、私に主の苦しみに参加させることを強制なさるのを見ました。主は心を和らげることをあまり欲しておられないように見受けられましたが、そのあと主の怒りのおん腕を止めようと心配するこの神父様に心から感謝なさるのでした。そして今ある苦しみを私に与えられるかと思うと、次にはまた別の苦しみに参加おさせになるのでした。

 

 このような様子の主を見ることは、なんと優しい感動に満ちたものだったことでしょう! 同情で私の心は破れるかのようでした。主は何度も私に言われるのでした。

 

「私の正義に賛成しなさい。もう私には我慢ができない。人間はあまりにも恩知らずなために、私が彼らを罰するようにと、ほとんどいつも彼ら自身が私に強制するのだ。彼ら自身が私の手から罰をもぎ取るのである。私が正義を実施しなければならないときに、どれほど苦しい思いをするかをあなたが知ったなら! むしろ人間自身が私に暴力を用いるのだ。私が血の値をもって彼らの自由を買ったという事実のためだけにも、彼らは私に感謝しなければならないはずなのに。ところが反対に、人間は私の犠牲を無駄なものにしようとして、いつも新しい方法を発明する。」

 

 こうおっしゃりながらイエスは苦しげにお泣きになるのでした。私は彼をお慰めしようとして申しました。

 

「よきイエスよ、悲しまないで下さい。人々を罰さなければならないとお感じになるという事実によって、あなたの苦しみが増すのが分かります。(中略)人間が苦しむときには、あなたは彼らよりももっと苦しまれるのですから。」

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P118

1900年6月8日

 

「我が娘よ、ではあなたを喜ばせるために、人間を罰することはどうしても必要なのである、ということの認識と正義の鍵をあなたに渡してあげよう。あなたはそれで好きなようにしなさい。嬉しいか?」

 

 このようにおっしゃるのを聞いて私は慰めを感じ、心のうちで言いました。「もし私の好きになるのなら、誰も罰することはしないでしょう」と。イエスが私に一つの鍵を下さったとき、主は私を一つの光りの真中にお置きになりましたが、それを通して神の属性のすべてが認識されました。しかし正義のそれを理解したとき、私はなんと驚いたことでしょうか! 神の中では、いかにすべてのことが秩序正しく置かれていることでしょう! もし正義が罰するなら、それは秩序なのです。もし罰しないなら、それは他の属性と共に、秩序の中にはいないことになるのでした。それで私は、あの光の中では、自分が哀れなうじ虫であるのを見ました。事実、もし私が正義の運行を妨げたいと望んだならば、それは秩序をこわし、人間そのものに反対することになるのでした。そのようなわけで私は、正義とは人々に対する純粋な愛であるということを理解したのです。私はすっかり当惑してしまい、自分の困惑を取り去るために主に申しました。

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P119

1900年6月10日

 

 イエスはご自分の苦みを少し私に、そしてその残りを人々に施されては、正義の執行を減らし続けておられるように思われます。今朝は特別に、イエスとごいっしょにいた間に、被造物を罰することによってその優しい聖心が忍ばれる拷問を見て、私の心は張り裂けるようでした。イエスが忍ばれる苦しみはあまりにも大きなもので、絶え間なく呻き声を出す以外のことはお出来にならないほどでした。その頭には、密集した茨のとげの冠をつけ、それはすっかり肉の中に入り込んでいて、まるでその頭全体が茨のとげのようでした。

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P165

1902年3月3日

 

「我が娘よ、時々私が来ないことは必要である。そうでなければ、いったいどうやって私の正義を吐露すればよいのか? 人間は、私が罰を与えないのを見て、ますます横柄になるだろう。だから戦争や災難は必要なのだ。その企画と方法は非常に痛々しいものであるが、その結果は喜ばしものとなるだろう。あなたが先ずすべきことは、私の意志の受託であるということを、あなたは知っているはずだ。」

 

 

3.マリア・ワルトルタ

 

マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P108

 

 おお! そのことが許されていると思いこみ、口と心の声で神を侮辱している人間たちよ。そのしもべたちと友人たちの声を通じて、あなたたちに語るのは役立たず、あなたたちを罰するのを苦にして、今もなお、あなたたちにその怒りを告げ、あなたたちの呼びかけ、すでに雷鳴を轟かしている、ずたずたに引き裂き、引き裂かれた神の声を聞きなさい。