回教
スウェーデンボルグ/神の摂理255(ロ)
マホメット教は多くの民族の偶像礼拝を破壊するために主の神的摂理により起こされたことをさらに詳細に示すために、この主題をある順序をたてて説明しなくてはならない。
先ず、偶像崇拝の起源について一言しなくてはならない。マホメット教が生まれる以前は、偶像礼拝は全世界にあまねく行われていた。その理由は主の来られる以前の諸教会は凡て表象的な教会であったということである。イスラエル教会もまたこのようなものであった。幕屋、アロンの衣装、いけにえ、エルサレムの神殿に関連した凡ての物、また律法そのものも表象的なものであった。賢者の科学そのものである相応の科学は、種々の物体により表象されるものにかかわる知識を実に内に含み、世界の古代民族の間に存在し、特にエジプトでさかんに行われ、そこに彼らの象形文字を生んだのである。
その知識は彼らに凡ゆる種類の動物、樹木、山、岡、川、泉、また太陽、月、星、の意義を教えた。彼らの礼拝は凡て表象的であって、全く相応から成っていたため、彼らは山と岡、また森、庭園で礼拝を行った。それゆえ彼らは泉をきよめ、神を礼拝するときは、顔を登る太陽に向けた。
さらに彼らは馬、牡牛、子牛、羊、また鳥、魚、蛇の彫像すら作って、それを家やその他の所にその物が相応し、または表象している教会の霊的な物に基礎づけられた順序を以って排列した。彼らはまた神殿に類似の物をおいて、その意味している霊的な物を思い浮かべた。しばらくして、相応の知識が忘れられたとき、彼らの子孫は、彫像そのものを聖いものとして礼拝し始めた、彼らは、先祖たちが彫像の中に何ら聖いものを認めないで、たんにそれをその相応により聖い物を表象し、かくてそれを表現するものとして眺めたにすぎないことを知らなかったのである。
これが全世界に満ちた偶像礼拝がアジアとそれに近接した島々のみでなく、アフリカとヨーロッパに起った由来である。これらの偶像礼拝を根絶するために、主の神的摂理は、東洋人の性格に適合して、両契約聖書の聖言から来ている物を多少含み、主は世に来られたこと、極めて偉大な予言者であり、人間の中最も賢明な者であり、神の子であられたことを教える新しい宗教を設立させられたのである。これはマホメットを通して行われ、彼に因んでその宗教はマホメット教と呼ばれた。
既に述べたように、主の神的摂理は東洋人の性格に適合したこの宗教により非常に多くの民族の偶像礼拝を破壊し、彼らに、霊界に入る前に主に関わる知識を与えようとしてそれを起こされたのである。
そしてこの宗教は彼ら凡ての者の考えと生活に適応し、順応していなかったなら、かくも多くの王国により奉じられず、また彼らの偶像崇拝を根絶しなかったであろう。この宗教は主を天地の神として承認しなかった、なぜなら東洋人は神を宇宙の創造者として認めていて、神が世に来て、人間性をとられたことを理解することができなかったからである、それは丁度基督教徒がそれを理解しないで、その思いの中に主の神性を人間性から分離してその神性を天界の父の近くにおいているが、その人間性は何処にあるのか知らないさまに似ている。
これらの考察から、我々はマホメット教もまた主の神的摂理によって生まれ、その宗教を奉じ、主を神の子として承認し、同じようにその持っている十誡の教令に従って生活し、悪を罪として避ける者は凡てマホメット教の天界と呼ばれる天界に行くことを認めることができるのである。この天界もまた三天界、すなわち最高、中間、最低の天界に分かれている。主を父と一つのものとして、かくて唯一の神として承認する者は最高の天界におり、一夫多妻主義をすてて、一人の妻とともに生きる者は第二の天界におり、最後の天界には教えを受けつつある者がいる。「続最後の審判と霊界」(68−72)にマホメット教につきさらに多くのことを見ることができよう、そこにはマホメット教徒とマホメットが取扱われている。