人類の母

 

 

それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」(ヨハネ19・27)

 

 

 

 

1.聖書

2.スウェーデンボルグ

3.マリア・ワルトルタ

4.ヴァッスーラ

5.聖母から司祭へ

6.グリニョン・ド・モンフォール

7.デボラ

8.サンドロ・ニョッキ

9.マザー・テレサ

 

 

 

 

1.聖書

 

ヨハネ19・26−27

 

イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

 

 

マルコ13・37

 

 あなた方に言うことは、すべての人に言うのだ。

 

 

ガラテヤ4・26−27

 

 他方、天のエルサレムは、いわば自由な身の女であって、これはわたしたちの母です。なぜなら、次のように書いてあるからです。

「喜べ、子を産まない不妊の女よ、

喜びの声をあげて叫べ、

産みの苦しみを知らない女よ。

一人取り残された女が夫のある女よりも、多くの子を産むから。」

 

 

黙示録12・13−18

 

竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。そして、竜は海辺の砂の上に立った。

 

 

2.スウェーデンボルグ

 

天界の秘義838

 

ここに以下に記されていることは試練の後のかれの状態であり、それがかれのもとのみでなく、また再生する凡ての者のもとにも行われた順序を追って正確に記されている、なぜなら主の聖言はそれが一人の人間を取扱う所では常に凡ての人間をまた個人各々を取扱っており、それが各々の者の気質に応じた相違を以て為されているという性質を持っており、これが聖言の普遍的な意義である。

 

 

3.マリア・ワルトルタ

 

 

マリア・ヴァルトルタ/私に啓示された福音/29・8/1卷P239

 

 イエズスの、また人類のであるわたしの人生でわたしが味わった最初の屈辱でした。赤貧という辱め、避難民としての辱め、真相を知らない親族や友人たちから、青年になろうとしていたイエズスに対する母としてのわたしの態度は軟弱だと咎められ、非難される辱め、イエズスの公生活の三年間に受けた残酷な辱め、カルワリオにおける辱め、わが子の埋葬の場所と香料を買う金もないことを思い知らされたときの屈辱などがそれに続きます。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩上P29

 

しかし、その間、一人の母を有する喜びのために、イスラエルの希望を含んでいた神殿の薄暗さの中で、ふしぎなことばがささやかれたが、その神殿は、もはや存亡の極限に立っていた。なぜなら、一つだけの民のための希望を含むのではなく、この世が存在するかぎり、世々に“全地”の民のための希望をもってくる新しい神殿が生まれるところであった。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P403

 

 マグダラのマリアは聖母のところへ行く。

「お母様、ロンジーノが外にいます。あなたに槍を持ってきてくれました」

「通してください」

「異邦人なのに」と、入り口にいた家の主人がぶつぶつ言う。

「私は皆の母です。“彼”が皆の贖い主であると同じように」

ロンジーノが入る。入るときにマントをとり、まず腕を上げてローマ式のあいさつをしてから口を開く。

「アヴェ・ドミナ(奥方様、ごあいさつします)。一人のローマ人があなたを人類の母としてあいさつします。」

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P417

 

私の子のペトロ、闇の子の時に、他の人たちと同じようにサタンの手中にあってもこれに気づかず、すべてを自分の罪と思っているあわれなペトロ、私の子らのお母さんの胸に飛びこみなさい。ここだったらもうサタンはあなたに害を加えることはなく、ここでは嵐が治まり、太陽を待ちつつ―“私のペトロに平和あれ”とあなたに言うためにきっとよみがえる私のイエズスを待ちつつ―明けの明星が昇るでしょう。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P417

 

あなたたちの心を、供えのパンのように私の心においてイエズスの血と私の涙で洗ったのです。私にそのことができたのは、イエズスがヨハネにおいて私を自分のすべての子供たちの母にしたからです・・・

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P420

 

 マリアは墓の部屋でのしぐさを繰り返す。立って腕を伸ばして、奉献の時の司祭のようである。そこで汚れのない生贄をささげたと同じように、ここで後悔した罪人をささげる。これでこそ、マリアは聖人たちと罪人たちの母である。それからペトロを立たせて、慰める。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩下P259

幼いヤベに主が:

 

「三人とも(聖母マリア、マリア・サロメ、クレオファのマリア)おまえをたくさん、たくさん、たくさん愛してくれますよ。善い子だし、おまえを大好きな私の愛のためにも愛してくれます。この人たちと一緒に暮らし、成長して大人になったら神の聖なる使徒となり、先生としておまえにこの世でもう一人の母を与えたイエズスのことを伝道しなさい。イエズスは、亡くなったおまえのお父さんとお母さんに天の門を開くし、おまえのときにも開きます。おまえが死んだときには、天への長い長い階段を上る必要はない。善い弟子だから、この世で一生涯かけて階段を上り、天国が開かれた門の前に立った時、私もそこにいて“私の友よ、マリアの子よ、おいで”と言い、いつまでもおまえと一緒に過ごします」

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩下P276

マリアとペトロが一緒に走ってきて、

「どうしたの」となだめる。ひどく泣きじゃくっているので話ができないヤベを、マリアが抱いてあやす。

「おうおう、私の小さな子よ、もう泣かないで・・・初めにあなたに気がつかなくてごめんなさいね」

それから皆に向かって、

 

「この子は、私のかわいい子です・・・」と言った。

「私が一緒に連れてきたみなしごです」と、イエズスが話していたらしい。

マリアは別のことを直感する。

 

子供はめそめそ泣いているが、マリアに抱かれて接吻すると、だんだんと涙に洗われたあわれな顔に笑みが戻ってくる。

「涙をきれいに拭いてあげましょうね。もう泣かないで! ほら、私にも接吻してちょうだいな」

ヤベは・・・この時を待っていた。大勢のひげ面の男たちの愛撫の後に、マリアのすべすべした頬に接吻して大喜びである。

 

4.ヴァッスーラ

 

ヴァッスーラ/私の天使ダニエル/P61

 

母を愛しなさい。私が十字架に架かっていた時のことを覚えているか?なんと言ったか?

聖母を あなたの母でもあると言った。 あなたを愛し 気遣っておられる。 アッバはお望みの者に与えてくださる。

神が与えるものを受け入れなさい。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/1巻P362

 

ヴァッスーラ:主よ、主任司祭は御母を私たちの聖なる母として否定したのです。そして私たちが御母を尊ぶべきだということを、それで、あなたがそれを十字架の上からおっしゃったとお伝えすると、この司祭は言いました。それはヨハネにたいしてだけおっしゃったので、聖書のどこにも御母は私たちの母親でもあることは書かれてないと。それに、私たちが御母の子どもだとも書いてないと言われます。

 

主:しかし もう一度言う 娘よ、私の母は本当にあなたの母でもある、あなた方は御母の子どもたち、それはみことばの中に書かれてあり 私はそれを知らない人たちのために繰り返し言う、聖書に書かれてある、

 

ヴァッスーラ:どこですか 主よ?

 

主:黙示録の中で、サタンが私の母を追うのに失敗したとき、非常に怒ってほかの彼女の子どもたちに対して戦いをいどんだと、すなわち、十戒を守り、私の証をする人たちすべてに対して。

 

ヴァッスーラ:ありがとうございます。主イエスよ、お助けくださって。

 

主:ヴァッスーラ 言ってあるが、あなたの前に私はいつもいる。

 

 

黙示録12・13−18

 

竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。そして、竜は海辺の砂の上に立った。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P78

‘88・11・21

 

最愛の子どもたちよ、私はあなた方の聖なる母、全人類の母です、まこと愛する者たちよ、イエスは言葉で言い表せないほど 苦しんでおられ、今 第二の御受難のさ中におられます! 私どもの心がいかに 苦しんでいるかを感じて下さい・・・今日大きな戦いが展開しているのです。 サタンは狂暴に攻撃を仕掛け 聖ミカエルは神の天使たちとともに戦っています。地上はこの大きな戦いの震動を感じとっていますが、私にはあなた方の祈りが必要です、愛する者たちよ、決して祈りを止めないように・・・祈って下さい まこと愛する者たちよ、この暗やみの中で 光り輝く天使のようになるのです、霊魂の贖いのため、改心のために まこと愛する者たちよ 祈りなさい、あなた方一人ひとりを当てにしています・・・自分の子たちが永遠の火に向って進んで行くのを見た母親が どう感じるかをどうぞ理解して下さい、そして愛する者たちの何人かがこの永遠の炎に落ちて行くのを見てどのように感じているかを・・・この黙想をしてくれるなら 私をもっとよく理解できるでしょう ♡ 私のメッセージを終えるに当たって あなた方を 父と子と聖霊の御名によって祝福します ♡ 来て、イエスを慰めて下さい・・・

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P233

‘91・10・22

 

神殿よ! 立ち上がってあなたの神 私に仕えなさい、未亡人(**)への手助けを通して あなたは私に仕えている。 では平安のうちに行きなさい、ともにいる。 ♡ 神に栄光。

**それは、私の母のこと。私どもにとってただ一人の母御は聖母ですので、神は意図して「母」とはお呼びになりませんでした。そこを立って、一緒に食糧を買いに行きなさいとおっしゃっています。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P259

‘91・11・24

 

我が子よ、私は全人類にとって ただ一人の母です。 あなた方は一人ひとり皆 私のこどもです。

 

 

 

5.聖母から司祭へ

 

聖母から司祭へ1991年12月8日

 

―わたしは、あなたたちの救いのために開かれる門です。

それは、あなたたちみなが、一人ずつ主と出合うためにこの門をくぐらなければならないからです。

このためにこそ、わたしの子イエズスは、わたしを全人類のまことの母として定められたのです。

あなたたちは、このわたしの門をくぐることによってのみ、苦業とつぐない、信仰と祈り、謙遜と潔白、愛徳と聖徳との天の花園に辿りつくことができるのです。

 

 

聖母から司祭へ1987年1月1日

 

こうして、わたしは、神のまことの母となりました。でも、わたしは、全人類の母でもあります。

イエズスは、その限りない血まみれの苦しみで、あがなわれた人類に、ご自分の母を与えようと望まれました。

いまも、わたしは、イエズスが、その愛をお与えになった、あのいいつくせない場面を思い出しています。あれは、イエズスが、汚れなき“いけにえ”として、十字架につけられた、その恐ろしい苦しみの悶えの最後の瞬間を生きぬこうとしておられた時でした。

 おとめの胎内で鼓動しはじめたそのみ心は、死の沈黙のうちにあって、あなたたち、ひとりびとりに対して、ご自身がかぎりない愛にかられて、これほどの大きな苦しみであがなった兄弟たちの、ひとりも亡びるのをお望みにならないのです。

 あのとき、すべてを与えたいあまりに、ご自身の最期のおくりものを与えてこうおっしゃいました、「これは、あなたの母です」と。

 このみことばで、わたしは、すべての人の母となりました。

こん日、わたしは、おとめとしての、わたしの母性の汚れなきマントで全世界を包みたいのです。

 

 

聖母から司祭へ1996.1.1

 

 わたしの御子イエズスは、わたしがあなたがたの母であることをも望まれました。こうしてわたしは、イエズスによってあがなわれ、救われた人類の母となったのです。私の役目は、母として、歴史の経過の中で、わたしの全ての子供たちの出来事に付き添ってゆくことです。

 

 

6.グリニョン・ド・モンフォール

 

 

グリニョン・ド・モンフォール/聖マリアの秘密/P53

 

自然の段階では、子どもに父と母が必要でありますが、同様に、超自然界においても、教会のまことの子どもにそれが必要です。すなわち、神を父に、マリアを母に持たねばならないのです。

 

7.デボラ

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/3巻下P42

 

マリアを『お母さま』と呼ぶことを学びなさい。

 

 

8.サンドロ・ニョッキ

 

サンドロ・ニョッキ/神さまの声が聞こえる/P100

 

もし神が一人のお母さんを私たちに与えることを考えてくださったのなら、このような配慮を無視してよいのでしょうか。この態度は“聖母を自分の家に迎えた”使徒ヨハネの態度ではないのでしょうか。

 

 

 

9.マザー・テレサ

 

 

マザー・テレサ/愛と祈りのことば/PHP文庫/P115

 

聖母マリアは私たちの母であり、喜びの理由です。私たちの母であるマリアに私はいつも話しかけ、その存在を身近に感じています。