痛み

 

悔い改め

 

 

 

1.欲念

2.身体各所の痛み

3.痛悔

 

 

 

 

1.欲念

 

天界の秘義4496

 

「彼らが痛みをおぼえていたとき」。これは幾多の欲念を意味していることは割礼の後の『痛み』の意義から明白であり、それは欲念である。この痛みが欲念を意味している理由は、割礼は自己と世を求める愛から浄められることを意味しているということであり(2039、2044、2049、2632、3412、3413、4462番)、肉の欲念はことごとくこれらの愛から発していて、それでこの『痛み』により意味されているのである、なぜなら人間が再生しつつある場合のように、人間がこれらの愛から清められつつあるときは、彼らは痛みを覚え、苦しみ悶えるのであり、痛みを覚え、苦しみ悶えるものはそのとき遠ざけられつつある幾多の欲念である。

 

 

 

 

2.身体各所の痛み

 

 

霊界日記4591

 

 こうした地獄から来ている霊らは病人のもとにはいないが、しかしそうした熱からは、全般的なスフィアが、また全般的な流入が起っており、それがすぐさまその病気そのものによりその病気のものとされてしまうのである。そうした地獄そのものから来ている霊らがわたしと共にいたが、それはそうした霊らが何処から来ているかをわたしが教えられるためであったのであり、またその霊らはその場所と交流していたのである、すなわち、かれらが身を引くに応じて、その病はおだやかになり、近づくに応じて、それはさらに激しくなったのである。熱、冷寒、歯痛、こめかみ、頭、尻、種々の関節の痛みはこうしたものである。

 

 

 

 

3.痛悔

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P251

 

 罪とは霊魂全体を害する毒であり、霊魂から私の似姿を消してしまうほどそれを変形させてしまう。しかし痛みはこの毒を破壊し、霊魂に私の似姿を返してくれる。だから本当の痛悔は、解毒剤となる。心の苦痛が毒を打ち壊すので、それは霊魂の中に空洞を創り、この空洞は恩恵によって満たされる。これは私の喜びとなる。私は、苦痛という私の贖罪の働きを通して、霊魂が復活するのを見るからである。