主は天使を通して語られる
天界の秘義1925[4]
士師記の他のところでも同様に―
エホバの天使はギルガルからボヒムに上って行った、かれは言った、わたしはあなたらをエジプトから上らせた、わたしはわたしがあなたらの父祖たちに誓った地にあなたらをつれてきた、わたしは言った、わたしはわたしとあなたらとの契約を永遠に空しくはしない、と(2・1)。
ここにも同じように天使はエホバの御名において語って、自分が彼らをエジプトの地から導き出したのであると言ってはいるが、事実はその天使が彼らを連れ出したのではなくて、それはエホバであられ、そのことは他のところで幾度も言明されているのである。このすべてから私たちはいかように天使たちが予言者を通して語ったかを認めることができよう、即ち、エホバ御自身が語られたのであるが、しかしそれは天使たちを通して語られたのであって、天使たちは天使たち自身からは何一つ語りはしなかったのである。聖言は主から発していることは多くの記事から明白である、例えばマタイ伝には―
主によりその予言者を通して語られたことが成就するためであった、主は言われた、見よ、処女がみごもって、息子を生むであろう(1・22、23)。
その他いくたの記事がある。主が人間と話されるとき、主は天使たちを通して話されるため、それで聖言には時々主もまた『天使』と呼ばれたもうており、そのときは、すでに言われたように、『天使』により、主における、また主から発した何か本質的なものが意味されており、例えば、現在の場合、主の内的な思考が意味されているのである、それでまた天使は本章の13節におけるように、『エホバ』ともまた『神』とも呼ばれている、即ち、『そしてハガルは彼女に話されていたエホバの御名を、神よ、あなたは見たまいます、と言った』。