聖母は真珠

 

真珠

 

1.マリア・ワルトルタ

2.デボラ

 

 

 

 

1.マリア・ワルトルタ

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩 上P55

 

「おお、父さま、いつ私を神殿に連れて行くの?」

「私の真珠よ、近いうちに。しかし、お前はお父さんから離れるのが辛くないのか?」

「ああ、辛いです! でも父さまは時々いらっしゃるでしょう・・・。それに痛まないなら、何の犠牲でしょう?」

 

 

 

マリア・ワルトルタ/復活/P111

 

その中心には砂の一粒がある。非常に細かいけれども地上的である。三位一体の海に生まれた真珠であるマリアには、罪の一粒もなく、また罪の邪欲の元もない。この世に第二の位格を運ぶためであるその真珠は、地上的な邪欲の種ではなく、永遠の愛の炎で煌き、その貝に深く一つに固まり集まっている。煌きはその真珠に万能を見つけたので、神的な流星の渦巻を生んだ。その渦巻は今、神の子らを自分に呼び寄せる。明星であるマリアの汚れなきその清さを模範にするように。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩下P270

 

主が弟子達に:

「マリアは天と創造の世界の花、天国の真珠、神の平和です。・・・そう、平和。私が平和の君なのは、御父の子、無限の平和と甘美な平和のマリアの子だからです。」

 

 

 

 

2.デボラ

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/3巻上P144

 

そうだ、我が娘よ、泣くことはない。間もなくあなたの涙は、破壊することのできない貴重な真珠となり、私の手の中で宝石となるだろう。なぜならあなたは、多くの霊魂を救ったこととなり、それは私の父に捧げるために果たされた犠牲としての証拠となるからである。

 我が被造物よ、あなたの創造主である私が迫害されたように、あなたも迫害を受ける。あなたが唾を吐きかけられ軽蔑されるとき、嘲笑を受け、鞭打たれるのは私である。

 

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/2巻下P60

 

しかしあなたは愛しなさい! 生きる苦しみそのもの、あのように多大な『憎しみ』の責め苦に際して、決して神の権能ある力により頼もうとせずに耐えた、唯一の人間である私が愛し、許すように、あなたも愛しなさい!あなたの苦しみは、私の目にとっては真珠である。それらは私の黄金の宮殿の門をあなたに開くのである!

 

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/1巻上P123

 

聖母:

子どもたちよ、あなた方の小さな苦しみを私に捧げて下さい。私はそれを貴重な真珠へと変化させましょう。

 

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/1巻下P119

 

私はあなたたちを愛しており、あなたたちの悲惨を、貴重な真珠へと変容させる者である。

 

 

 

 

 

サンダー・シング/聖なる導きインド永遠の書/P277

 

真珠が形成される以前に、真珠貝は大きな苦しみを経なくてはならない。母貝は、苛立たしい寄生動物や虫、小魚、あるいは砂粒などの無機物の侵入によって内壁を痛みつけられ、他に逃れる術がないために、やむをえずこれら刺激物を中和して美しい珠となす。つまり、真珠は痛み苦しみの産物なのだが、それでもいい加減に扱っていると光沢が失われてしまう。表面の特殊な光効果によりその魅力も、油やインク等が混入すればこわされてしまう。古代の墓には、真珠が遺骸と一緒に埋葬されていることがよくあるが、死体と同じく崩れて灰と化している。霊的生命もまた、真珠と同じく痛みと苦しみがなければ美しいものとならない。また、そのような美しい状態に達してさえ謙虚さと感謝の気持ちとともに愛の中で絶えず神とつながっていなければ、転落して輝きを失う危険がある。そこで、わたしたちは常に目を覚まして祈ることが必要である。

 

 

 

スウェーデンボルグ/黙示録講解/1044

 

「真珠」は善と真理とにかかわる知識を意味。「一つの貴重な真珠」(マタイ13・45、46)は主と主の神的なものとにかかわる知識を意味。

 

 

 

スウェーデンボルグ/真の基督教/184

 

神的三一性は非常に高価な真珠のようなものである。