〜乙女の決戦日〜 前編 

寒さも一段と強さを増し冷たい空気が吹く中で、春の兆しもチラホラと見え始めた。
そんな二月のとある日。
もうすぐ乙女の聖戦が近いせいか、辺りの店はどこも甘い香りと
乙女の心を揺さぶるあおり文句を付けた看板が店の前へ掲げられている。
バレンタイン。
目の前に迫ったイベントは、乙女の春が咲くかどうかがかかった
大切かつ大事でカゼなんか引いてられない時期だった。
そんな乙女達の目の色が違った色でギラギラと輝く店先を通り過ぎる女性が一人。
この地に降り立ってからの年月の長さを物語るかのように、
長くなった髪をゆったりと結い上げ、いささか急ぎ足で待ち合わせ場所へと急ぐ。
天使と呼ばれ、勇者達とこの地を救った彼女は今・・・。
人間として、勇者の一人だったクライブと共に、この地で暮らしている。
背中に輝く翼を天界に残して・・・・。
(遅くなってしまいましたね)
エリーナは乱れる息を整える事なく、急ぎ足で待ち合わせをしていた店の中へと
文字通り飛び込んでいった。
店の店員をはじめ、店の中にいた大半の客は突然の大きな音にビクリッと体を震わせた。
その様子を見てエリーナは「すみません」と、恥ずかしそうに謝ってから
待ち合わせ人の姿を探し始めた。
「エリーナ!!」
大きな声で名を呼ばれ、エリーナは窓際近くに座っていた待ち合わせ人の姿を見つけられ、
ようやくホッと小さな安堵の息を吐いた。
「ごめんなさい。お待たせしました。アイリーン、レイラ、セシア」
ニッコリと笑顔は天使の頃の雰囲気のまま、柔らかく優しい慈愛に満ちた
微笑を浮かべエリーナは席についている三人の元・女勇者達に声をかけた。
「エリーナってば、相変わらずあわてんぼうね」
少女の姿から、女性の姿へと変わりながらも昔ながらのお転婆な雰囲気そのままの
アイリーン。
「本当。でも、元気そうで良かったわ」
女性としての魅力がさらに増し、艶やかな雰囲気さえ微かな仕種から見て取れる
レイラ。
「こんにちわ、て・・・じゃなくて、エリーナさん」
まだ、昔の呼び方が直らないのか苦笑しながら言い換えた
セシア。
「久しぶりですね・・・皆さん」
容姿が多少変わっても、昔ながらの雰囲気はそのままの三人に
エリーナは嬉しそうに微笑みを浮かべたままだった。
飲み物を注文してから、エリーナはようやく本当に一息ついた。
「そういえば、どーしたのよ?急に」
アイリーンは注文していたコーヒーを口に含みながら疑問をエリーナにぶつけた。
「そういえば・・・。三人同時にって、何か困った事でも?」
「もし何かあれば力になるわよ?」
セシアとレイラが心配そうに言うと、エリーナは困ったように辺りを見回し。
ウェイトレスが注文した品を、まだ持ってこないのを確認すると
内緒話をするかのように小声で三人に聞えるか聞えないかの質問をした。


「「「ぶっーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


アイリーン、レイラ、セシアは事前に打ち合わせしたかのように
息ぴったり一瞬の違いもなく、口にしていたものを辺りに吐き出した。
「え?ええっ??み、皆さん???」
ウェイトレスは突然の出来事にも機敏に反応し、辺りに散らばった
茶色の液体を素早くモップでふき取った。店員の鏡である。
アイリーン達も、ゴホゴホとむせながら口をおしぼりで拭く。
「ちょ・・・ちょっと!!!」
「まさか、まだクライブと!!!!?」
「清く正しいお付き合いされてたのですか!!!!!!!!!!!!!」
アイリーン達は、叫びに近い大きい声でエリーナにつめよった。
当の本人のエリーナは顔を真っ赤にしながら、確かにしっかりと・・・・。
頷いた。
エリーナとクライブが、結婚したのはエリーナが地上に残ってから
しばらくして後のこと。一緒に住む家や、クライブの仕事・・・。
その他、色々と準備してからの結婚した。
結婚式はしないはずだった二人を、半ば騙すかたちで元勇者達で
手作り結婚式をしたのだ。少数の中で、それでも最上の結婚式は
一生の思い出として二人の胸に消える事ない形を残した。
そして、楽しかった結婚式が終わり、結婚初夜・・・・・・・・・。
「失敗したのね?」
レイラが頭を抱えて、そう低く呟いた。
「あの・・・たしか、クライブと結婚して一年近くたっていますよね?」
「・・・・・・・・一年と二ヶ月・・・・と、三日です」
セシアの戸惑いながらの問いに、エリーナはきちんとした答えを返した。
「それで、いまだに清い夫婦っていうのも珍しいわ」
呆れきった口調で言うアイリーンに、レイラとセシアも同調した。
「失敗したわけではないのです・・・・ただ・・・・ですね」
辺りが暗く染まる中、ベッドの上に身体を固まらせているエリーナを見て
クライブは複雑な心境になった。
本心をいえば、抱きたい。けれど、こんなに恐がっているエリーナは抱けない。
エリーナを大切にしたい。クライブのために、全てを捨ててきてくれた
愛しい人を大切に大事にしていきたい。だから、恐がらせたくないし
傷つけたくない。
(・・・まだ、いいか・・・)
クライブはそう思って、エリーナの柔らかな頬に手を添えた。
それだけで、ビクリッと身体を硬直させるエリーナに苦笑して
クライブはエリーナの額に優しく唇を落とした。
「寝ようか」
そう言って、クライブはエリーナから身体を離してベッドの上に寝転がった。
「あ・・・あの、クライブ?」
何もしないクライブにエリーナは恐る恐る呼びかけた。
そんな様子のエリーナに、クライブは優しく微笑みかけた。
「別に今日じゃなくてもいい。エリーナが大丈夫になった日に・・・な」
多少・・・というよりも、かなりの自制心と理性を総動員して言うと
エリーナは泣きそうな顔で笑ってクライブに抱きついた。
「・・・ごめんなさい。クライブ」
「謝る事ない。けれど、その時は遠慮はしないからな。今のうちから
 心の準備だけはしといた方がいい」
言葉はいたって冷静だが、心はかなり速い心拍数で脈打っている。
(は・・・・離れてくれ!!いや、離れられても困るが・・・じゃなくて!!!)
そんなキャラだったか?クライブ・・・・・。
とにもかくにも、クライブが言った「大丈夫になった日」というのは
一年と二ヶ月と三日たった今でも来ていない。
エリーナが、そうたどたどしく今までの経緯を説明した。
「それで・・・あの!私の心の準備はすんでいるんです!!ただ、あの・・・その・・・
 何と言うか・・・きっかけというか・・・さ・・ささささ」
「誘う?」
言葉を濁らせるエリーナの言葉を横切り、アイリーンがはっきりとした言葉を言った。
その言葉にエリーナは顔を真っ赤にさせながらも、コクリと一つ頷いた。
「あの日以来。クライブは、故意にそういう雰囲気を作っていない気がするんです・・・」
「まぁねぇ〜、一回失敗した男の傷は深いだろうね」
アイリーンの言葉に、エリーナはもごもごと「失敗じゃないです」と涙声で訴えた。
「それで?何で私たちに?」
「あの・・・本当に私、天界でそういった事を学んでなくて。だから、
 皆さんなら何かいい知恵を知っているのではと思いまして」
「・・・・いい知恵・・・」
セシアはちょっとだけ顔をひきつらせながら笑った。
「でも、どうして?急にそんな事を思いついたの?」
「もうすぐ、バレンタインですから」


(((だから、チョコレートじゃなく『私をプ・レ・ゼ・ン・ト(はあと)』か)))


三人は目の前で必死になっているエリーナに、ちょっとだけ溜め息をついて。
でも、すぐに「しょうがないなぁ」と笑った。
「分かった。私たちに任せな!」
「じゃあ、まずは買い物からね」
「そうと決まれば、すぐに行きましょう」
三人の声にエリーナは救われたような表情で笑い、「ありがとうございます」と
テーブルに深々と頭を下げた。




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