| "地上は、絶望(カナシミ)に満ちている"と彼女は言った。 |
| "地上で、幸福(シアワセ)を見付けた"と別の彼女は言った。 |
| どちらが正しいのかは、私には分からない。きっと、どちらも正しくて、どちら |
| も間違っているのだろう。 |
| そして今、私が見守っている地上にあるのは、一体どちらなのだろう……… |
|
| レイブンルフト………いや、ヴァスティールと呼ぶべきだろうか?かつての勇者 |
| を倒した後、私はセシアの元へ向かっていた。 |
| 「そうですか………有り難う御座います。天使様。これで彼も、ようやく長い悪 |
| 夢から抜け出せたことでしょう………」 |
| そう言って、セシアは静かに目を伏せる。1000年前、勇者であった聖ディアナ |
| の記憶を受け継いだ彼女は、すでにセシアであって、セシアではなかった。 |
| あの頃の明朗闊達なセシアは、もう何処にもいない。 |
| 「悪夢………か。」 |
| 「?」 |
| 小さく呟いた言葉に、セシアが怪訝そうな顔をする。 |
| 「悪夢なんて存在しないよ、セシア。もしあるとすれば、それは心の弱さが創り |
| 出した幻影に過ぎない………」 |
| 「天使様………?」 |
| 不思議そうな顔をしてセシアが首を傾げる。それもそうだろう。殆ど必要なこと |
| 以外話そうとしない私が、自分からこうして話し出したのだから。 |
| 「結局、過去(オモイデ)から逃れたかっただけなんだよ………私も、ヤツも。輝 |
| かしい、"栄光の過去(オモイデ)"ってヤツからね…………」 |
| その結果、ヤツは悪魔にその魂を引き渡し、私は魔力(チカラ)を失った。 |
| 「今思い返してみれば、なんのことはない。誰にでもありそうな傷だよ………そ |
| れでもその当時は、思い出すのも辛いことだったんだろうな………」 |
| 軽く自嘲気味に笑い、天を仰ぐ。セシアは私の独白を黙って聴いていた。 |
| 「失って初めて、失った物の大切さに気付く………か。確かに、そうかも知れな |
| い………」 |
| 「でも天使様はその事に気付いたのでしょう?なら、良いじゃないですか。永遠 |
| に気付くことが出来無いよりも、気付くことが出来た方が。」 |
| 言って、セシアは笑った。記憶を受け継ぐ前の、あの、明るい笑顔で。それにつ |
| られ、私も思わず軽く笑みを浮かべる。それを見たセシアが驚いたように目を見 |
| 開く。 |
| 「なんだ?」 |
| 「………私、天使様がそうやって笑った顔、始めてみました…………」 |
| そう言われれば、そうかも知れない。今更のように気付いたことだが、一体、私 |
| は何時から心から笑うことを止めてしまったのだろう? |
| 「なんか嬉しいです。天使様の笑った顔が見られて。この戦いが終わったら、天 |
| 使様は天界にお戻りになられるのでしょう?」 |
| 「あぁ………一応、それが決まりだからな。」 |
| 天界は基本的に、地上界には無介入の立場を取っている。そして今回のように天 |
| 界が介入せざるえない事態が起きたとしても、そのまま地上に天使が残ることが |
| 許されることは殆ど無い。また、稀にあったとしても、地上に降りた天使のこと |
| は全ての記録から抹消され、その天使も天使であった頃の記憶の一切を消去され |
| る。 |
| 「そうですか………本当は、ずっと一緒にいられると良いなって思っていたんで |
| すが………仕方ありませんよね。でも、いきなり黙って消えたりしないで下さい |
| ね?最後にお別れぐらい言わせて下さい。」 |
| 「………分かった。約束する。」 |
|
| 「何か、吹っ切れたみたいね。」 |
| 最後の戦いが近付いてきた感もあり、何となく全員の顔が見たくなって暫くぶり |
| に地上に降り立った時、アルカヤではあの日から1週間と言う時間が流れていた。 |
| 「そうか?」 |
| 唐突すぎるその言葉に、思わず目の前に座るレイラの顔を凝視してしまう。 |
| 「えぇ。なんて言うのかしら。なんかこう、とても晴れやかな顔をしているわ。」 |
| 「…………それって、今までがかなり陰気くさい顔してたって事か?」 |
| 思わず半眼になって睨んでしまう。 |
| 「まぁ、確かにいくらか気持ちの整理は着いたかな。」 |
| 天界で、報告書書きの為に過ごした1週間は、決して無意味ではなかったと自分 |
| では思っている。 |
| 「そう。貴方がどういう結論を出したのかは、私には分からないけど……貴方が |
| 後悔しなければ、それで良いと思っているわ。」 |
| そう言って微笑むレイラは、初めてあった頃に比べ、随分と角が取れたような気 |
| がする。まぁ、レイラも私にそんなことを言われたくはないだろうが。 |
| 「レイラは、この戦いが終わったらどうするつもりだ?」 |
| セシアは森に帰ると言っていたし、アイリーンは、塔に戻って魔導の研究を続け |
| ると言っていた。ルディは兄の代わりに王国を継ぐか悩んでいたようだが、どう |
| やら継ぐことを決心したようだし、ロクスも聖都に戻ると話していた。フェイン |
| には、まだ、会いに行ってはいないからはっきりとしたことは分からないが、多 |
| 分、旅を続けるのだと思う。クライヴに関しては………良く、分からない。何と |
| なく、会いに行くのが恐いのだ。 |
| 「そうね。父の敵もとった事だし、帝国に戻るわ。これから帝国は混乱するでしょ |
| うから、その混乱を少しでも抑えられればと思っているわ。」 |
| 「そうか………レイラなら出来るさ。がんばれよ。」 |
| 何となく、とてもレイラらしい答えのような気がした。 |
| 「有り難う。それで?貴方はどうするの?天界に、帰ってしまうの?」 |
| 「あぁ………そうなると思う…………」 |
| 繰り返される問答(リドル)。濁してはいるが、実際、私がこのアルカヤに残るこ |
| との出来る可能性は無きに等しい。 |
| 「そう……それは残念ね。折角、こうしてうち解けてきたのに、もうすぐお別れ |
| なんて………」 |
| 言って、レイラは軽くその瞳を伏せる。 |
| 「私、貴方にとても感謝しているの………私が間違った道を進まないようにして |
| くれたことに………あの時貴方に出会わなければ、私は、きっと復讐者としての |
| 道を進んでいたわ。でもね、父は決してそんな道に私が進むことを喜んではくれ |
| ない。復讐は、何も生み出さないから………」 |
| 「………私は、何もしてないサ。天使なんて、地上界じゃ何も出来ないんだよ… |
| …無力なんだよ………」 |
| それは、この任務に就いている間中、イヤと言うほど感じたことでもあった。世 |
| 界が軋み、歪み、音を立てて崩壊していこうとする様を、ただ黙ってみることし |
| かできない………堕天使に魅入られた人間を、救うことすら出来ないのだから。 |
| だが、レイラから返ってきた答えは、私のそんな考えをあっさりと蹴散らしてく |
| れた。 |
| 「良いのよ。何もしなくて。ただ側にいてくれるだけで。それで良いの。」 |
| 余りにも予想外のその言葉に、思わず目を見開く。そんな私をみて、レイラは軽 |
| く苦笑する。 |
| 「だって、もし、あなた達がこの地上でも万能だったら、私達人間は、この地上 |
| に生きて行く資格はないわ。何もすることが無くなってしまうもの。それに、悩 |
| みって、自分で解決するべきものだと私は思うの。だって、他の人に解決出来っ |
| こ無いじゃない。その悩みは、悩んでいる人だけのものなのだから。だからもし、 |
| 他人によって解決されたと思うなら、それは解決したんじゃない。ただ単に、そ |
| の悩みについて、悩むことを止めてしまっただけなのよ。私が思うにね、セレス |
| ティナ。あなた達天使の役目って、人を導くことだけじゃ無くって、ほんのちょっ |
| とだけ、悩んでる人の背中を押してあげる事もそうだと思うの。」 |
| 「背中を……押す………?」 |
| 「そう。悩みを解決する為じゃ無くって、その悩みに向かい合うためのきっかけ |
| を与えているの。それをどう受け止めるかは、それぞれの自由。余計なことだと |
| 思うか、そう思わないかは、受け止める側に有るんだと思うの。だって貴方は別 |
| に無理矢理私達に勇者をさせている訳じゃ無いでしょう?少なくとも私は、自分 |
| の意志で貴方に着いていくことを決めたわ。」 |
| その結果がこれよ………と、レイラは笑った。 |
|
| 天界に戻り、テラスに置いた椅子に座りぼんやりと地上を眺める。 |
| 「………何もしなくて良いのよ………か………」 |
| あの後、残る2人の所に行こうと思ってはいたのだが、レイラに告げられた言葉 |
| が頭について離れず、結局こうして戻って来てしまったのだ。 |
| 「天使様?どうなさったんですか?」 |
| 顎をテラスの手摺りの上に組んだ両手の上に載せたまま考え込んでしまったセレ |
| スティナを、心配そうにリリィが覗き込んでくる。 |
| 「ん………」 |
| いつもならば此処で姿勢を直し、何事もなかったかの様に振る舞うのだが、今回 |
| に限って、珍しくそのままの姿勢で、首だけを動かし、一瞬視線をリリィの方に |
| 向け、また元に戻す。 |
| 「地上で、何かあったのですか?」 |
| 「別に………特に何かあったわけじゃないんだけどね………ただ」 |
| そこで一旦言葉を切り、ぐっと姿勢を正す。何処か遠くを見つめる視線はそのま |
| まに。 |
| 「ただ?」 |
| 「私達天使の存在意義って、一体なんなんだろう………って。」 |
| 「存在意義………ですか?」 |
| 「そう………一体、何のために私達は存在しているんだろう………私は………何 |
| をすれば良いんだろう………」 |
| 「天使様………?」 |
| そう呟くセレスティナの瞳は、現実(イマ)ではなく、何処か遠く、それこそ、幻 |
| 想(カコ)を見ているかの様だった。 |
| 「何故………私は天使として存在しているんだろう………何故、私だけ此処にこ |
| うして残っているんだろう………何故………私は生きているんだろう………」 |
| 誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、ゆっくりと風に溶けて消えた。 |
|
| "地上には、希望(シアワセ)が有る"と彼女は言った。 |
| "地上は、絶望(カナシミ)に満ち溢れている"と別の彼女は言った。 |
| 今、私が立つこの地上には、そのどちらもが溢れているように思う。私も決断を |
| しなければならないのだろう。あの2人が己の信じた道を選んだあの時のように。 |
| 例えそれがどれ程険しく、辛い選択となろうとも……… |
|
| ……to be continued |
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