〜講演会から〜


「現代医療におけるホスピスの働き」          
淀川キリスト教病院ホスピス長  恒藤 暁 さん

2000年9月9日(土)コンパルホール

 現代医療の問題点の第1は治癒中心であることです。現代医療の第1の目標は、患者さんを治癒に導くこと、即ち病気を治すことです。治癒までに導かれる場合には、現代医療は効率的に力を発揮します。しかし、すべての患者さんを治癒に導けるとは限りません。ある人は、現代医療で治せる病気は1割、多く見積もっても2割程度であるというように言っています。現代医療では高血圧や糖尿病を治癒させることができません。また、癌の場合も全体の3分の1しか治癒させることができません。したがって、治癒を目指しても、治癒することの望めない病気が依然多くあり、私たちは、治癒を望めない病気といかに生きるかが問われていることになります。そして、医療経済的にも厳しい時代となり、限られた医療資源や人材をいかに配分するのが望ましいかを、真剣に考える必要が高まってきているように思います。
 現代医療の粋を集めても、治癒に導けない進行癌又は末期癌患者さんに対しては、残念ながら適切に対応できない場合が多いようです。死の直前まで副作用の強い抗がん剤が投与されたり、意味のない治療が行われたりしていることがあります。また、高度の医療技術を駆使しながら延命を図っているに過ぎず、患者さんを必要以上に苦しめていることがあります。治癒を第1に考えている医療従事者は治癒の可能性のある患者さんに対しては積極的に治療しますが、治癒の可能性のない患者さんには足が遠退いてしまい、患者さんを孤独と不安な状況に落し入れてしまっています。このように、現代医療は治癒不可能な患者さんにとって、必要な援助を十分提供していることが少ないと思われます。
 問題点の第2は、症状緩和が不十分であることです。現代医療は検査・診断・治療が非常に進歩し、専門化・細分化されています。何らかの症状のある患者さんは医療機関を受診すると、採血・採尿・レントゲン写 真・心電図などの一連の検査に加え、疑われる病気に応じた検査を受けることになります。これらの検査結果 を総合して診断がなされ、そして治療が開始されます。このような医療の流れの中で、末期の患者さんも取り込まれ、検査や治療が優先されてしまう傾向にあります。多くの医師は、検査や治療に熱心です。しかし、患者さんを苦しめている症状の緩和に関しては、対症療法とみなしてしまい興味や関心が低いのが現状です。また、医学教育においても、検査・診断・治療に重点がおかれ、症状緩和についての教育・研修が十分とはいえないのが現状かと思います。
 
問題点の第3は、精神的援助が不足しているということです。現代医療は病気というものに対して治療するが、病気になった人の心に対して援助することは十分ではありません。体を見て心を見ず、ということになりやすいからです。患者さんは身体的苦痛が和らぐことを望んでいますけれども、同時に精神的な支えを必要としていることが少なくありません。患者さんのベッドサイドに坐り、患者さんの言葉に傾聴し、感情に焦点をあてることが大切となります。患者さんと共に時間を共有しようとする姿勢から、精神的援助が始まります。ホスピスにおいては、何かをすることではなく、傍にいることが重要となります。しかし、多忙な現代医療においては、この実践は容易ではないように思われます。
 そして、第4番目の問題点はチーム医療が不足していることがあげられるかと思います。現代医療はチーム医療であると言われます。チームで取り組むことによって、良い医療サービスを提供することが可能となります。しかし、チーム医療は必ずしも容易ではありません。その理由としては、医師がチーム医療の重要性を認識せずに、非協力的であること、またチームメンバーの知識や経験などの力量 が不足していること、そして、チームリーダーやコーディネーターが不在であることなどがあげられるかと思います。進行癌、又は末期の癌の患者さんは、様々な必要性が認められます。その必要性を把握し、それに対応するためには、医師や看護婦だけでなく、ソーシャルワーカー、また宗教家・理学療法士・作業療法士・薬剤士・栄養士・ボランティアなどの協力が必要となります。お互いの特性や役割を尊重し、意志の疎通 を図りながらチーム医療を実現していくことが重要となります。
 問題点の第5番目としては個性が重んじられてないことがあげられます。患者さんにとって末期の時期は、人生の総決算の場となることがあります。二度とやり直しのきかない期間に、大切な特別 な配慮をしてゆくことが重要となります。人は、息をひきとるその時まで、何らかの力を持っており、その力を用いることが望まれます。患者さん一人ひとり残された力を察知し、引き出し、生きがいに結び付けることが個性の尊重につながります。しかし、現代医療では、患者さんの個性を無視した、パターン化された医療が行われており、そのパターン化は、医療従事者の都合や考え方で決められていることが少なくありません。
 ホスピスとは、治癒を目的とした治療に反応しなくなった病気を持つ患者さんに対して、痛みを初めとする様々な苦痛を緩和し、その人らしい生を支えるための施設や活動を指します。そして、先ほど取り上げました、現代医療の問題に取り組むことに努めています。つまり、ホスピスでは治癒中心ではなく、身体的症状を和らげ、また、精神的援助を十分に行い、チーム医療を目指し、患者さんの個性を重んじるようにしているのです。

※これは、講演の最初の部分を抜粋し、まとめたものです。全体にわたる講演要旨をご希望の方は、事務局までご連絡下さい。