隠岐ミュージックセミナー体験記
(平成13年8月3日〜6日)

第3日目(午前の部)

 ついに3日目に突入。
とうとうこの時がやってきた。運命の朝が今明けたのである。
なあーんて、いったいどうしたの?ときかれそうだが、今日はセミナーの山場、
今日が終わればほぼこのセミナーも終わったようなもの。
今までの練習の成果(そんなものあるの??)を今日こそ発揮しなければいけない。
でも今から考えればそんなことはもうどうでもよく、朝のあの衝撃的な事件が、一日を支配していた
と言っても過言ではない。

しかし今私はひじょうに悩んでいる。どこまで書くべきか?いやどこまで書かざるべきか?
心から尊敬する友人を、こんなことで傷つけていいものか?
しかし連日のように掲示板にはこの体験記に対する暖かいお言葉をいただいており、
ここまできた以上、裏切る訳にはいかない。
それに知らぬ間にあの体験記執筆の大先輩であるC嬢に恐れ多くもライバル視されてしまった上は、
もう後にはひけなくなってしまった。
彼の今後の合唱人生に影響が及ばないことを念じつつ、あくまで彼から聞いた事実だけを、
おひれはひれをつけずにたんたんと述べていくことにしよう。

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 3日目の朝は私にとって決して気分爽快なものではなかった。
それも当然で昨夜寝たのが午前4時前とあっては、爽やかな目覚めを迎えられる訳がない。
それに部屋はお酒特有のなんとも言えない異臭が漂っている。
私は一切を断ち切るべく、他の3人が微動だにせず眠り込んでいるのもかまわず、窓を全開にし、
入り口のとびらも開け、空気の入れ換えをおこなったまま、ひとりさっさとお風呂に向かった。
「あれ、昨夜と風呂が違うな? 朝と夜では男女入れ替わっているのかな?」と思いつつ、
入り口ののれんが確かに「男湯」であることを確認して、はいっていった。
(この男女入れ替え制が後に彼の大事件に発展するのである)

 さすがに朝早いだけあって、だれもはいっておらず、私は窓からさしこむ朝日を浴びながら、
ゆっくりと湯船につかり、昨夜の汗と疲れが抜けていくのを実感していた。
今日はささやかながらも本番があるから、やっぱり髭でもそってさっぱりしておかなくては、
とばかりに髭をそり、入念に体を洗って、ついでに頭も洗って、すがすがしい気分で、部屋に帰った。
さすがに強烈な太陽の光に刺激されたのか、眠い目をこすりながらも、皆さんお目覚めのようである。
部屋の臭いはさっきより多少はましになった。
今日は準備するものがたくさんある。なんといっても午後からお待ちかねの海水浴があるので、
海水パンツ(わざわざこの日のために家の近くのスーパーで買った)、
タオル・ビーチサンダル(これも海水パンツに同じ)などをビニールのかばんに入れ、
かたや今日の本番のために楽譜を用意し、何度も忘れ物がないか確認して、
あとは朝食の時間を待つばかりとなった。

彼N君にとっては、今日が隠岐にきて始めての朝となるわけである。
もちろん彼も昨晩の汗と疲れをとり、今日一日の活動に備えるべく、朝風呂にいったのだと思う。
しかし彼にとって不幸だったのは、今日が始めての朝だったということだ。
つまりこのホテルの大浴場は、夜と朝で男女が入れ替わるシステムになっている。
従って昨晩はいった風呂とは違うほうに行かなければならないのである。
でも普通の人なら、たとえシステムをしらなくても、風呂の前にあるのれんで男湯か女湯かを確認した上で、
はいるのではないだろうか。しかし彼はシステムを知らなかった上に、のれんの確認も怠ったらしい。
どうどうと女湯のほうにはいっていった。

しかし彼にはその間違いを犯す前に、それを回避するチャンスがあったのだ。
彼によると風呂場からやけに甲高い声が聞こえていたらしい。
{テナーにしてはやけに高いな?あんな声をだすテナーって今回のセミナーにいたっけ?}
と訝しく思ったものの、あまり深く考えずに女湯のとびらをあけたのである。
そこで待ち受けていたのは、ひとりの女性(あたりまえだ、女湯なんだから)であった。
またそれが通常の状態ならまだしも、ここは風呂場である。つまり風呂場ということは…
(とてもこれ以上は詳しく書けません。読者のご想像におまかせしますが、
多分99%あなたの想像どおりです。) 

彼は自分が間違っているとは思っていないだけに状況を理解するのにしばらく時間がかかったらしい。
こともあろうにその女性にむかって「なんでそこにいるの?」なんてなんとも間の抜けた質問をしたとか。
さすがに彼女も「N倉!」といったきり声もでず、なんと二人はそのまま数秒間むきあっていた、
というから不思議である。
(何故彼女がN君の名前を知っていたかはご想像にお任せする) 

やっとおかしいことに気がついたN君は、いったん外へでて、のれんを見て女湯であることを
確かめると(遅すぎる!)、こともあろうに再びはいっていき、
「どうもすみませんでした」と謝っていったらしい。
彼にとって女湯に間違ってはいっていったことも不幸だったが、
なによりそこで出会った(またその姿が尋常でない)のが彼女であったことがもっとも不幸であった
といえるだろう。
その後彼女に会うたびに、「N倉〜〜〜」と甲高い声で絡まれている彼を見るにつけ、
彼のこれからの合唱人生を案じてしまうのである。

部屋に戻ってきた彼は、事の顛末を一部始終述べたあと、ほっとしたのか冷蔵庫からビールを取り出し、
うまそうにぐっと飲み干してしまった。(おいおい、朝っぱらから、いいの?) 
よほど興奮していたのかもしれない。

 いつも通り朝食を終え、今日は本番があるため、昨日より30分以上早くバスにのりホテルを出発、
演奏会場である中央公民館(つまりセミナー会場と同じ)に向かった。
すでに会場には、パイプいすが50脚ほど並べられており演奏会の準備万端といったところ。
こころなしかみんなの表情にも緊張感が漂っている。
同室のM君の指導で、こんにゃく体操を10分ほど。
このこんにゃく体操は言葉で説明するのは極めてむずかしいが、要はからだのあちこちを十分ほぐす
ための体操で、体のいろんな部分(たとえば腰とか尻とか、へんなところでは、あごとかおでこ)を
だしたりひっこめたりする訳だ。
といっても経験のない人にはよくわからないだろうから、このへんで説明はやめておく。
さてその後は演奏順にリハーサル。

 グレゴリオ聖歌に始まって、委嘱曲で終了するという、約1時間半の
結構ボリュームのある(聴いているほうも、歌うほうも)プログラムである。
1日やそこらの練習で満足のいく演奏が出来るわけはないのだが、そこは集中力と演技で補うこととし、
いつもの通りリハでは出し惜しみ、本番で爆発させる作戦とあいなった。
とはいっても歌の方は、いくら爆発させるといっても、まちがった音をだすほど私もハレンチではないので、
セリフや音程のない語りに命をかけることとした。
(でもN君のように本番でおもいっきり大声で間違えてピアニストが笑いをこらえるのに必死
ということもあったが) 
セリフと言えば私は、旧O団の定期演奏会で、思いっきりセリフを間違えた(次に言う人のセリフを
言ってしまった)経験の持ち主だけに、少し躊躇したが、
やはり本番ではそんなことはすっかり頭からきれいに消え去っており、
雨の音を「ドッヒャー!」と言ってみたり、海の生物を言うところで「かにみそ」といってみたりと、
過去の経験はなにも生かされることなく、演奏会は終了した。

聴いてくださったお客さんは、約40人ほど。歌っている人数より少し少ない程度だったが、
よくこれだけ集まってくださったものだと、感心してしまった。ほんとうにありがとうございます。

…つづく…