建安8年(203年)、一人の将が戦場に散った。
その将の名は凌操。
東呉に勢力を構える討虜将軍・孫権の配下の将だった。
孫権が江夏の宿敵・黄祖を討つべく出陣したときに一軍を率い、そして黄祖の部将・甘寧に射殺された。
その時十五歳だった凌操の息子・凌統は、父親の亡骸を守り生還した。
そしてその時、その胸に復讐の炎を宿したのだった。それは孫権が日頃の労をねぎらおうと催した宴会での事だった。
孫権に使えるほとんどの将が集う中、事件は起こった。「甘興覇、父の仇取らせてもらう!! 覚悟っ!!」
突然懐に隠し持っていた短剣を振りかざし甘寧に飛びかかった者がいた。
寸前の所で取り押さえられた男の顔を見ると、それは同じく孫権に仕える凌統であった。「くそっ!! 今日はし損なったが、明日こそ、その首を取ってやるぞ!!」
取り押さえられてもなお、凌統は甘寧をにらみすえて罵っている。
それを見兼ねた孫権は、間に入って仲裁に入った。「凌統、そなたの父の事は知っておる。だがな、甘寧はその時黄祖の部下だったのだ。戦場に出る以上死ぬこともある。それはそなたの父とて例外ではない。甘寧も、あの時そなたの父を殺していなければ、黄祖もろとも死んでいたかもしれぬのだ」
「しかし!! 目の前に父を殺した者がいて、どうして黙って見ておれますか!! どうか、どうか私に父の仇を取らせてくださいませ!!」
「ならぬ!! 凌統、そなたも甘寧もわしの大事な部下なのだ。そなたが甘寧を切れば、わしはそなたを切らねばならぬ。いずれ劣らぬ剛の者を二人も失うことなど、どうしてできようか……」
「…………」孫権に一喝され、凌統は黙った。
「甘寧、明日にでもここを発ち、周瑜の元へと向かえ」
「……はっ」
「凌統をつれて行け。しばらくは自宅謹慎だ。よいな、凌統?」
「……はい」孫権が甘寧を凌統から遠ざけたことで、この件は一応の決着をみた。
しかし、父を殺された凌統の復讐の炎は消えることなどなく、ずっとくすぶり続けていた。そして建安20年(215年)、孫権は劉備からの要請を受け、曹操の領土に侵入した。
緒戦の皖城攻略は、わずか半日で成功。
そして、本当の目標である合肥城攻撃に移った。しかし、合肥城の守将・張遼が孫権軍の包囲が完成する前に何度も城から出て攻撃を繰り返したために、なかなか包囲は完成せず、敵の援軍の先発隊の入城を許してしまった。
「殿、敵が次に出て来た時は、私が敵将を討ち取って見せます」
「よし。凌統よ、応戦隊の指揮は任せる。くれぐれも、無理はせぬようにな」
「はっ、ご期待ください」孫権の本営から、凌統が出ていった。
そしてそれから少し間を置いて、甘寧が入ってきた。「大将、公績一人に応戦をさせるのは少し荷が重いと思う。俺にもやらせて欲しい」
「そうだな、確かに荷が重いかもしれぬ。しかし、そなたは凌統に狙われているという事を忘れてはいないだろう。二人を並ばせるわけにはいかん」
「あいつが気づかないよう動く事くらい朝飯前だ。あいつが支えきれなくなった時に出るようにすれば、あいつも気がつかないだろう」
「そうか、そうまで言うのなら、凌統の援護を任せよう。くれぐれも、間違いなど起こさぬよう細心の注意を払うのだぞ」
「はっ」二日後、合肥城からまた打って出てきた。
凌統は、孫権に与えられた兵を率いてその軍を迎えうった。「我こそは凌公績!! 敵将、前に出よ!!」
陣頭に立ち、凌統は名乗りを挙げた。
「まだ小僧ではないか。孫権にはよほど人がいないと見える。いいだろう!! 我こそは張文遠。我が前に出たこと、後悔させてやるぞ!!」
出撃軍を率いるのは、合肥城の総大将・張遼だ。
二人は槍で打ち合うこと五十合に及んだが、二人とも一歩も譲らず決着はつかなかった。
そのうち、一騎討ちを続けるうちに張遼の友軍が到着し、凌統の部隊の旗色が悪くなっていた。「くそっ、決着をつけられぬのは悔しいが、自軍を立てなおすのが先だ。この勝負、いずれ!!」
凌統は隙を見つけ馬首を返すと、張遼の前から立ち去り、苦戦を続ける自軍の救援に赴いた。
敵のど真ん中に切りこみ駆け回っていた凌統を、密かに狙う者がいた。
張遼の援軍として派遣された曹休は、弓の名手としてその名を知られていた。
そして曹休は凌統を狙い、見事に命中させた。「うわぁっ!! くっ、矢か……」
曹休の矢を受け落馬した凌統の目の前に、槍をしごいて向かってくる敵将・楽進が現れた。
馬から落ち、槍も落とした凌統は腰の剣に手を伸ばしたが間に合わない。
……殺される!!
死を覚悟した凌統の目の前で、楽進が馬から転げ落ちた。
……助かったのか……とにかく今は退こう。
馬に飛び乗ると凌統は、一目散に自陣に向けて退却した。
「申し訳ありません。この凌統、敵将を討つこと、叶いませんでした」
矢傷の手当てもせぬまま凌統は本営に駆け込み、孫権の前で任務の失敗を報告した。
「まずその傷の手当てが先だぞ、凌統」
「え、どうしてその事を……!!!!」顔を上げた凌統の前には孫権と、そして脇には甘寧がいた。
「この甘寧が、そなたが撃ち落とされて殺されそうになった時、敵を撃ってそなたを救ったのだ」
「あれは、お前が……??」
「ああ、そうだ。正直当るかどうかわかんなかったけどな」
「私はお前の命を狙っていたのだぞ?? そんな私を助けるなど……」
「そんな事関係ねぇ。ただ、殺されかけた仲間を放っておけないだけさ」その時凌統は、甘寧という人物の大きさを知った。
同時に自分の小ささを思い知った。
いつまでも父の仇にばかりとらわれ、大切なことを見落としていたことに気がついた。「興覇どの、これまでの数々の無礼な振る舞い、どうかお許しください。この凌公績、これより仇討ちのことはすべて忘れます。興覇どのも、これまでのことはお忘れいただきたい」
凌統は、甘寧の前にひざまずき、これまでの行いを詫びた。
「まず、その傷を治さねぇとな。それと、そんなに丁寧な言葉使いは止めてくれ。こっちが恥ずかしくなっちまう」
「ふふっ。二人とも、戻ってゆっくりするがいい。しばらくは疲れを癒すことに専念せよ」
「「はっ」」
昨日の仇は今日の友・終
はい、今日は甘寧と凌統の登場です。
なんか甘寧のキャラが微妙っすねぇ。
もっと威勢のいいキャラにしてもいいんだけど、そうすると孫権との会話がなんかうまくいかない……。
どうしたものか……今後の課題ですな。凌統は、呉の将の中でも特に好きな将の一人です。
そしてやはり、彼を語る上では甘寧は外せません。
というわけでこの話を書いた、というわけです。さて、呉といえば周瑜(でしょ??)
というわけで、次は周瑜が書きたい。
がんばんないとね……。