建安3年(198年)、曹操は三方の敵を同時に相手をする、非常に厳しい時期にあった。
河北の袁紹は、さらに北に勢力を構える公孫サンの方に目をむけているためしばらくは安全であったが、西の張繍、そして東の徐州の呂布とは今も小競り合いが続いていた。
そこで曹操は徐州の呂布から片付けるべく、謀臣の荀ケと相談のうえ張繍に大敗したと見せかけることにした。
その目論見通り、呂布は打って出た。
そして、これより曹操対呂布の、最後の戦いが始まる。
曹操軍先鋒・夏侯惇は、呂布軍の先鋒・高順を退け、呂布の本拠地である下ヒ城を目指して進軍中だった。
しばらく進むと、目の前には新たな軍勢が広がっているのが見えた。「あれこそ呂布の本営だ!! 一気に押し潰してくれようぞ!!」
馬上の夏侯惇は、手にした槍を天高く掲げ、麾下の兵を鼓舞し、そのまま敵陣にむけ突撃を開始した。
すでに自軍の第二陣とはかなり離れている。
しかし、夏侯惇はそんな事は気にもしなかった。
なぜなら、自軍の精強無比な舞台の前にかなう敵などなく、先鋒を打ち崩された呂布軍にはかつての覇気がないからだ。
この戦、我が隊のみで充分だ、と夏侯惇は内心そう思っていた。「おおーっ!! 誰か俺の相手になろうという、命知らずはいるかー!!」
夏侯惇は、敵陣深く斬り込むと、地も裂けんばかりの大声で一喝した。
するとみるみるうちに敵兵は怯え、逃げはじめた。「敵は戦う気をなくしているぞ!! 今こそ好機だ!! 一気に敵を殲滅してくれる!!」
兵を叱咤しつつ、自分も槍をしごき逃げ惑う敵兵の中を駈け回る。
馬も具足も、瞬く間に返り血で赤く染まっていった。「!!」
突然、重い衝撃と共に左側が見えなくなった。
その数瞬後、遅れて痛みがやってくる。
気がつくと馬から落ちていた。
顔の左側に手をやると、なにか長細い物が、自分の左の目に突き立っている。
矢だ、と気がつくのに、時間はかからなかった。
とにかく、矢が刺さったままでは満足に動くこともままならない。
矢を掴む左手に力をこめると、一気にそれを引き抜いた。「……」
見える右目で状況を確認する。
落馬してすぐに自分の部隊が周りを囲んだおかげで、追い討ちを受けることはなかったようだ。
部下の一人が、自分を助け起こそうとしているのが見える。
そして、自分の左手で握ったままの矢の先には、血で赤く濡れた白く丸い物が。
目玉だ、と気がつくのには時間は要らなかった。
正面を向くと、背中をむけて逃げていく一人の男がいた。
弓は持っていなかったが、背中に矢筒を背負っていることからして、この矢を撃ったのはあいつなのだろう。
追いかけようと、取り落とした槍を掴む。
そして馬に乗ろうとしたそのとき、まだ左手に矢を握っていることに気がついた。
さっき見たときのまま、目玉も刺さったままだ。「父母からもらったもの、どうして捨てることができようか!!」
夏侯惇は、矢に刺さった自分の目を、文字通り“食らった”。
その様を見ていた部下が、驚きのあまり口を開けていたまま呆然としていたが、そんな事は関係ない。
目玉のなくなった矢を捨て、馬に飛び乗って先ほどの男を追った。「ひぃぃ!! そんな馬鹿な、生きてるなんて」
蹄の音に降り返った男は、信じられないものを見るような、怯えた目でこちらを見ていた。
それも無理もない話といえた。
髪を振り乱し、顔の左半分が血にまみれたその形相は、とてもこの世のものとは思えなかった。「貴様のような軟弱者に、この俺が倒されるものか!! 命を取るときは、こうするものだ!!」
右手の槍が、男の額に深々と突き刺さった。
当然、男は一撃で生き絶えた。夏侯惇は、周りに敵の姿がないことを確認すると、そのまま馬の首によりかかり、静かに目を閉じた。
己が目を食らう!!・終
はい、いかがですか??
今日は、盲夏侯こと夏侯惇どのの登場でした。
あ、このまま死んじゃうわけじゃないですよ。
彼は、ちゃんとこの後も行きつづけ、220年に天寿を全うしてお亡くなりになられます。
片目でも両目ある人に全く遅れを取らないのだから、ほんとにスゴイ人なんです。ちなみに、呂布はこのあと11月に捕らえられ、12月には処刑されちゃっています。
裏切りを繰り返した末の哀れな末路、とか巷では言われていますね。
当然といえば当然の結果ですけどね。実は、結構高順が好きだったりします。
張遼と共に呂布軍の騎馬隊長を務め、呂布が捕らえられた際に一緒に処刑されています。
そんなに目立つ人ではないけれど、なんか好きです。いっその事、高順を書く為に、呂布の話でも書きますか。
すると張遼も書けるし、一挙両得じゃん。
……その前に精進しなくちゃね……。