2003年7月のみことば

変  身

わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
                     (ローマ人への手紙6章4節)
   
 皆さんは本田美奈子という歌手をご存知でしょうか。18年前にアイドル歌手としてデビューした歌手です。「マリリン」という歌以外これといったヒット曲はなかったように思います。しかし数年後、「ミス・サイゴン」というミュージカルのオーディションに合格して主役を射とめ、数々の賞を受けました。他のミュージカル作品にも出演してミュージカルスターとしての地位を確立しました。私は特にファンというわけでもなく、ただ見事にミュージカルスターになった歌手がいるのだな、という位にしか思っておりませんでした。

 ところがこの春にいきなりクラッシック歌手としてCDデビューするというニュースが飛び込んできてびっくり仰天しました。ほかの歌はともかく、クラッシックの歌はとても一朝一夕にマスターできるわけではないことを知っていたからです。私は若い頃、合唱団に入っていろんなクラッシック曲を一部員として歌っていたのですが、とうとうきちんとした発声法をマスターすることは出来ませんでした。それを彼女はなんと30代半ばにして挑戦し、見事にやり遂げたのです。早速その「アヴェ・マリア」というCDを買って聞いてみました。そしてその一曲一曲に彼女の「変身」を感じて深く感動しました。この驚きは彼女を知るすべての人が共有するものです。次はあるクラッシック雑誌の評です。
 
これがあの『マリリン』を歌っていた本田美奈子の声なのか?17歳のアイドル時代しか知らないでこのCDを耳にすると、ほとんどの読者は仰天してしまうこと間違いないだろう。とにかくピーンと張り詰めたソプラノの声質がすばらしい。ポピュラー歌手がクラッシックを歌うとなると、まず歌い口の巧みさで勝負するのが順当なところだ。あるいは曲の端々でフェイクをかけたりして、音楽そのものをポピュラ―風に換骨奪胎してしまうかも知れない。なにしろ声の威力では、クラッシックのオペラ歌手にかないっこないのだから。ところが、あろうことか本田美奈子は、声の威力で堂々と勝負しているではないか。もちろん、基本的にはマイクを持って歌うスタイルだから、大きなヴィブラートをかけたりはしない。それが清らかな日本語の発声を容易にして、より真実味のある歌唱を可能にしている。次はぜひ、「日本のうた」を聴かせてもらいたい。

 私は、彼女の見事に変身した美しい声に聞き惚れながら、キリスト者の人生を思いました。キリスト者の人生もまた日々主にあって変身していくものであると思ったのです。Uコリント書4章16節に「たとい私たちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」とあります。キリストのいのちは絶えず私たちに力を与えて成長に向かわせて下さいます。
 よく考えれば、主イエス御自身がとてつもない変身をされた方であります。ピリピ書2章6〜8節に「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべきこととは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」とその変身ぶりが描かれています。私たちはこの主イエスの変身によって罪赦された者とされました。パウロはさらにこのようにも教えています。「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである」(Uコリント書8章9節)。
 
 私たちの変身は洗礼を受ける時から始まります。罪人から義人へ、自己中心の者から神中心の者へ、ただの人から神の子・弟子へと変えられていきます。「すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。」(ローマ書6章4節)。キリスト教信仰の素晴らしさはこの変身の素晴らしさであり、キリスト者の証しとはこの変身の恵みを証しするものなのです。
 そしてこの恵みの変身は時の経過と共に深まるものであり、受洗直後の証しは5年後の変身に至ってより深くなり、さらに10年後、20年後と年を追うごとに余分なものがそぎ落とされ、ピュアな信仰へと変身が導かれていきます。やはりUコリント書3章18節には「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。」とあります。

 日本人はあまり変化を好まない民族であります。ですからあらゆる面での構造改革がなかなか進みません。キリスト者はこの身にいただいた「新しく造られた」という変身の恵みと力によってこの日本社会の改革に奉仕していく者です。本田美奈子のように、私たちも新しく与えられた美しい声をもって主を讃美していきたいのであります。

 
だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。
       (コリント人への第二の手紙5章17節)

緑聖教会  濱田辰雄牧師
(はまだ たつお)
※ 本田美奈子さんは2005年晩秋に白血病で亡くなられました。




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