2002年1月のみことば

 

涙を流す主イエス

 

 マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。マリアは、イエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧下さい」と言った。イエスは涙を流れれた。ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。

        (ヨハネによる福音書11章28節〜37節)

 

この11章は、まことの命とは何か、その命に生きることとは、どういうことかを教えています。

殊に、肉親の愛する家族、ここではラザロが亡くなる悲しみ、嘆きを具体的にマルタ・マリアを通して示している訳ですが、その姉妹の中でも、マルタは、主に会って、よみがえりについて、はっきりした確信には至っていないにしても、力強い主イエスのお言葉を頂いて、元気を与えられていますが、マリアの方は、依然として深い悲しみに打ちひしがれ、涙にくれて家に閉じこもったままでした。

マリアに如何に多くの人が慰めにみえても、彼女の悲しみは癒されませんでした。そのマリアにマルタは主イエスの到着をそっと耳打ちしたというのが、この箇所です。これを聞くや否や、取るものも取りあえず、マリアはひとり立って主イエスを迎えに立ったのでした。このマリアの行動は、他の者には伺い知ることは出来ませんでした。

讃美歌第2編210番に「わが悩み知りたもう、そは主イエスのみ、」という歌がありますが、これは、ご存知のように黒人霊歌ですが、まさに、ここにおけるマリアの姿はこの黒人霊歌そのものでした。マリアのような人は、その深い悲しみのゆえに、心を閉じ、孤独に身をよせ、余人を寄せ付けないものがあるのです。ましてや、ヨブ記の中に登場する友人のような人(悲しみや苦しみはその人の罪の結果と、他人事の様に言う)がいたとしたならば、いくら同情の言葉をかけても、却って、辛さを増すのみで、そっとしておいて欲しいというのも、うなずけます。

主イエスは、30節によると、マリアの心をお察しになり、人を避ける意味もあって、マルタが出迎えた村のはずれにおられた、とあります。31節以下は、物見高い人の様子を描いています。この場合のマリアの心は、そっとさせておくことが肝心なのに、そうでなく、後を追ったとあります。この細かい描写は、人の心の動きを見事に描いていますが、マリアの心は、どんなであったことでしょうか。   

マリアは、主イエスの許に来るなり、今まで抑えていた悲しみが一気に堰を切ったかのようにほとばしり出るのをどうすることも出来なかったとあります。その嘆きは、主イエスがいてくだされば、ラザロは死なずに助けられたかもしれないという主イエスへの信頼がある一方で、いてくださらなかったために望みが絶たれたという悲嘆の入り混じった感情がほとばしっています。

人であるがゆえに、弱さを持った人であるがゆえに、自分の感情を整理できず、信頼する主を目の当たりにして、思いをぶっつけざるを得なったマリアは、特別の女性でなく、普通の女性なのです。私たちと何ら変わらない女性だということ。そこに、親近感を覚えます。

 

親近感と言えば、大宮 溥先生(阿佐ヶ谷教会)を思います。愛するお子様の恵里さんを12才で急性骨髄性白血病のために、天国に送らなければならなかったそのつらい心境を、次のようにおっしやっておられます。

「恵里の発病以来、わたしはどんなに度々激しく祈ったことでしょうか。 時々ふと、自分はこれまでこんなに激しく祈っただろうかと反省しました。牧師として、多くの教会の方々、そうでない方の病床を訪れ、葬儀を司会して、病人のため、なくなった人の家族のために祈ってきました。わたしとしては、その一つ一つ、心を打ち込んでやったつもりですが、わが子のために心を痛め、必死で祈るこの時にくらべると、比較にならないと思いました。それはそれとして、わたしは祈りの中で神様をさがしに行き、神様にしがみついて、恵里を助けてください、恵里を返してくださいと祈りました。しかし、ちっとも良くならないのです。本当に自分の命をとって下さってもよいから、恵里の命を助けてくださいと祈りました。しかし、聞かれないのです。神様の無慈悲さに、怒りがこみあげてくることもありました。しかし、そんな荒れた気持ちになったからとて、事態は変わりません。居ても立ってもおれない気持ちをもって、どこへ行ったらよいでしょうか。結局は神様にすがるほかないのです。 

体内から血が流れ出すように力が抜けてゆき、死のつめたさに体温がいつも奪われているような思いで、ただただ神様にしがみついている8ケ月でした。ところが、恵里が死んで、わたしの祈りが聞かれないままに終わった時、わたしはふと、朝に夕に祈りつづけて、神様と固く結び合わせていただいている自分に気付きました。「キリストが、わたしのうちに生きておられる」(ガラテヤ2:20)という事実の発見でした。祈りは子どものためよりも、自分のためでした。恵里は、牧師である父を、神様と更に深く交わらせるために、最後の役目を果たして召されたのです。わたしは厳粛な主の御わざに居ずまいを正す思いでした。」(『死の陰の谷を歩むとも』〜愛する者の死〜 p.7 以下) 

この言葉には、聞かされる側の私たちも身が引き締まるものがあります。 大宮先生のご家族への深い愛と牧者としての誠実な姿勢が私たちの心を打ちます。

 

高橋三郎先生が、「愛する者を失い、慰めようのない死別の悲しみに泣く人の嘆きは、最も深く人の心を打つ人間の至情ではないか」と、いわれますが、マリアの姿には、一緒にいたユダヤ人も思わずもらい泣きしていた、と聖書(33節)にはあります。 

ここには、主イエスにしては、めずらしい様子が描かれています。心に憤りを覚え、興奮された、と。また、35節では、「イエスは涙を流された」と、主イエスの様子を描いています。主は、どうして、憤られ、また興奮なされたのか、また、涙を流されたのか、と不思議に思われる向きもあるかも知れません。この憤りという意味は、「深い悲しみに充ちた怒り」という意味と考えていいでしょう。それは、何に対してかといえば、言うまでもなく死に対してです。死は、当然の定めと誰もが考えます。誰にもどうすることの出来ない定めと何人もみています。そこに、愛する者を失う悲しみ、慰めようもない悲しみがあるのです。どうして、という断腸の思いの叫びが起るのですが、何人もどうすることも出来ません。この死に対して、聖書は、本来あってならないものなのだ、と見ているのです。本来あってならないものである死が、命あるものの中に入ってきたのは、唯、人の罪の故,と厳しく示すのです。創世記にある通りです。 

死のみが、愛する者を奪い、おののきをもたらし、悲しみのどん底に突き落します。高橋三郎先生も「人が死ぬというのは、当然自明のことではなくて、実はその反対に、決して死んではならぬ人間の生令が、悲しむべき罪の故に、回避できぬ死の縄目に縛り上げられてしまったのである。主の心にわき上がって起った激情は、この死の暴威に対する烈しい怒りであった」と解釈されるのです。このように見てまいりますと、ヨハネの黙示録21:4にあるように、神の恵みに預かることを許された者の目から、「涙をことごとく拭い取ってくださる、もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」という慰めに充ちたメッセージが力強く伝わってくる意味もみえてくるものがあります。 

主イエスが、涙を流された、ということに、これ以上ない慰めを覚えます。主も、涙を流された。泣く者とともに泣き、涙された。そこに,共にいます主イエスを見ます。ですから、主は、人に永遠の生命を与えるために、ご自身の全てをかけた闘いに身を投じるために、生命の主として、来たり給うのです。 

ヨハネ福音書3:16「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の生命を得るためである。」とある通りです。この主をお迎えする心備えを致してゆきたいと存じます。

 

                    毛呂教会  藤波良也牧師

                   (ふじなみ よしや) 


 ※ 藤波良也牧師は2005年12月20日に逝去されました。

 

 

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