ファンタジー小説革命 ゴッド・オブ・ソード
――― 第1章「食欲編」 ―――
第1話 秋の味覚は危険な香り
季節の変化は風で感じるものだ。夏から秋へ、風の質は確実に変化を遂げる。
アスパは色づき始めた木々の葉を揺らす風を全身で感じながら、そう想った。
風は、春夏秋冬それぞれの匂いを持っている。どこか哀愁を匂わせるこの風が、
アスパに秋の到来を告げていた。
ゴッド・オブ・ソード
"剣を極めし者"という偽りの称号を引っさげて、漂白の旅人・アスパ=ラギン
=G=ガブリオーラは、今日もあてのない旅を続けている。
「秋といえば、食欲の秋。 食欲の秋といえば、秋の味覚…。 …えへへ……」
アスパは、よだれをたらしながら独り言を発した。
ハタから見りゃ、絶対変態だ。
彼は今、トトカルッチョという名の街にいた。
ある噂を耳にして、この街を訪れる気になったのだ。
メインストリートには石畳の街道に沿ってイチョウによく似た落葉樹が植えられている。
道行く人ゴミに流されるように歩いていたアスパの足が、急に止まった。
彼の目線の先には、「昔ながら」という雰囲気の店がある。この甘い匂いから察するに、
焼きイモ屋であろう。
「おじさん、焼きイモ10コください」
「あいよ」
アスパは両手の指全てを使って、「10」を表現しながら焼きイモ屋のオヤジに言った。
…10コってコイツ、ひとりでそんなに食う気かよ…?
「秋は、焼きイモを堪能せんと…。今秋は、300コは食うぞッ!」
どうやらすでに、自己目標が立っているらしい。
ゴールド
「1280Gになりやす」
甘い香りとともに、焼きイモがアスパに手渡される。アスパは1万G札で焼きイモ代を払うと、
店のオヤジに尋ねた。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど…。
この街の近くに"エルジャンオリの森"ってのはあるかい?」
「……!」
オヤジは、アスパの言葉を聞いて凍りついた。そして、落ち窪んだ眼を見開き、
「…行きなさるおつもりか?!」
と、震えた声で言った。その言葉には、「エルジャンオリの森に」という主語が抜けていた。
「ああ」
アスパがうなずく。
「ちょいと噂を聞いたもんでね…。
なんでもその森には、秋になるとマツタケがやたらたくさん生えるそうじゃないか」
まつたけ。漢字で【松茸】と書く。
キシメジ科のきのこで、高さ10〜30cm、かさは半径10〜20cm。秋にアカマツ林や
ツガ林に発生する。食用で肉が過密なうえ香り高く、ご存知のとおり、人々に秋の味覚として
楽しまれる素敵なきのこである。
…そのマツタケが、大量に生える森があるというのだ……! いわゆる『穴場』というやつで
ある。
「悪いこたぁ言わん。あんなところには、いかん方がええ」
オヤジはそう言うと、イモを焼く作業を再開した。その手は、小刻みに震えている。
なんか、大げさなくらいに…。
その様子をいぶかしげに見つめながら、アスパはあることを直感した。
「ははーん。
おっさん、さてはあんたもマツタケ採りに行く気だな? たしかに、よそ者のおれに森の場所
教えたら、取り分減るもんなァ」
「ちがうっちゅーねん!!」
突然、オヤジの語気が強まった(しかも関西弁)。アスパはちょっとビビった。
「あの森のウワサをどこで聞いたかは知らんが……、お前さんは肝心なところを聞いとらん…!」
オヤジはかすれた声で、つぶやいた。
「あの森には、悪魔が棲んどる…」
…悪魔が棲む森……。たしかに、そんなことも聞いていたような――…。
『マツタケ大漁』という甘い言葉にのぼせていて、『悪魔が棲んでいる』という肝心なキーワード
を忘れていたことに、今ごろ気づくアスパだった…。
「…それでも行く気かね?」
「うん、行く」
オヤジはアスパの意外な即答に、しばし沈黙した。…そして、
「この馬鹿モンがぁっ! そんなに命を無駄にしたいのか!!?」
ひる
と、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。しかし、アスパは怯むことなく、またもオヤジの問いに即答
した。
「マツタケが死ぬほど食えるのなら、死など恐くはないわ!!」
真顔だった。
(こ、こいつぁ…イカレてらァ……)
オヤジはある意味、絶望した。最近の若い者は、食い物のために親から授かった命を平気でムダに
するのか…と。やがて、絶望は怒りへとその姿を変えはじめる…。
「そんなに行きたいというのなら、このワシを倒してから行けぃ!」
オヤジは刃渡り20cmほどの包丁を手に取り、アスパの鼻先に突きつけた!
「オワッ?! あっぶね…!!」
後ずさるアスパに、怒りと悲しみの刃を手に焼きイモ屋のオヤジが迫る…!!
アスパは、静かに腰の剣に手を掛けた…。
つづけ!
<次回予告>
オッス! おれ、アスパ!!
よい子のみんなは、もう、おれの名前おぼえてくれたよね?(フルネームで)
…なに?! 長すぎて憶える気にならんって?! それってあんまりだよ…!
それはともかく、マツタケ欲しさに結局"エルジャンオリの森"を目指すことにしたおれは、
トトカルッチョの街の町長に会うことになった。
なんでもその森には、「3匹の悪魔が棲んでいる」っていう恐い言い伝えがあって、実際に
森に入った者は生きて帰って来なかったとか……!
でも、食欲に負けて行くことを決意しました。
――次回 ゴッド・オブ・ソード
とも
第2話「夕日に消えた宿敵」(仮)
御伽の間へダイブ…