魔 導 学 院 物 語
− 聖 王 の 刻 印 −

序 章 麗しの聖都




 エクセリオン大陸で最も信仰されている宗教であるのが輝神教だ。

 それは神聖国家アネステレスを中心に広がった宗教で、魔導学院があるディレファールもまたこの宗教を国教としている。

 そしてその中心を担っているのがアネステレスの皇都アネスティーンである。


 季節は初夏。例年ならば、この時期は梅雨の最中であるのだが、今年の梅雨は意外に早くに終わりを告げていた。

 そんな青空の下を一台の馬車が走ってる。荷台に農具を積んでいるところから察するに、周辺の農家の馬車なのだろう。だがその馬車の荷台には少し変わった物も乗っていた。三人の人間である。

 この暑いのにも関わらず、重苦しそうな法衣に身を包んだ眼鏡の男、そしてその男とは全く正反対に身軽そうな半袖の服を着た、よく似た顔の少年少女――おそらく兄弟なのだろう――だ。


 一見親子連れにも見えないことはないが、男の年はまだ若いように見える。髪や瞳の色が同じであることを考えると、親子というよりは年の離れた兄弟のように見えた。

 だが男と、その姉弟には血のつながりはない。もし兄弟であったならば男にとって幾分か気が楽になる事だろう。彼らに関わり合いになることに、まだ納得できる理由が存在するからだ。

 彼らの通り名を考えると、男はひどい頭痛に見舞われることがある。今回この暑い中、こうして馬車に揺られているのも、元を正せばこの二人を初めとする、彼の頭痛の種にあるのだ。

 男は心中、そうぼやきながら、積まれた干し草の上で寝転がっていた。

「先生っ、見えてきましたよっ!!」

 晴天の下、女の元気な声が響きわたる。彼女の黒いその瞳は期待に輝き、その表情はまさに満面の笑みそのものであった。

 先生と呼ばれた眼鏡の男は、馬車の荷台に積まれている干し草から身体を起こし、面倒臭そうに彼女が指している方向を見た。

「ほぉ。」

 男はそれまでのだるそうな様子とは一転して、思わず感嘆の声をあげた。それも無理はないだろう。彼の目の前には白をベースとした美しい街並みが広がっていた。

 聖都は輝くばかりの美しさだと聞いていた。男もそれまでは半信半疑ではあったが、こうして現実に目の辺りにしてみると、その言葉も頷けるものだと思う。

「クリフ先生、来て良かっただろ?」

 隣から得意そうな声が聞こえる。もう一人の少年の声だ。

 クリフと呼ばれた男はまんざらでもなさそうに「ああそうだな。」と答えるともう一度その街の方を眺めた。

 その街の名は聖都アネスティーン。エクセリオン大陸三大国家の一つである神聖国家アネステレスの皇都である。

 多くの英雄の伝説が残ることからこの街は度々こう呼ばれることがある。

『聖者が生まれ立つ地』

と。

 初めて訪れることになるこの街に、クリフもまた大きな興味を示していた。だが彼は同等の不安も心に抱いていた。なにせ自分の両隣にいるのは、クリフが務める魔導学院で騒乱双児と呼ばれる最強のトラブルメーカーであるからだ。

 そして、クリフの不安をよそに、その双子の姉弟は自分たちの故郷である、その街に帰ってきたことに浮かれていた。

 その時、彼らはまだ自分たちに降りかかる災難を知るよしもなかった。





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