魔導学院物語

−魔導師クリフの試合−
序章 新しい道




「で、何故俺なんだ?」

 俺は目の前にいるその女性に尋ねた。

 その女性は初老を迎えたほどだろうか。白髪が少し混じった黒く長い髪、若いとは言い難い年齢であるが、面立ちが整っているためであろう、容姿は決して崩れてはいない。さらに彼女の赤い瞳は澄んだように綺麗で、まるで心が引き込まれそうな美しさであった。赤珠族特有の瞳である。

 その女性――クリーム=ヴァルギリス――は少し意外そうな顔を見せたが、戸惑った様子もなく話を続けてきた。

「私の娘婿の推薦でね。もちろん私なりに調査はしたわ」

 クリームはそう言うと手に持ったリストを眺める。

「先の機国大戦で義勇軍・紅華隊に所属。英雄剣士ディルを補佐し、戦争終結に貢献する。その後機国に残り、機国を放浪、そして現在に至る」

 彼女が読み上げたのは俺の履歴だった。確かに俺は英雄剣士ディルと行動をともにし、あの大戦の中で戦った。しかし、功績を成したのは俺じゃない。


 話の内容は、彼女が設立した魔導学院の教師に俺を推薦するというものだった。

 魔導学院は設立してまだそれほど時がたってはいない。とはいえ、いや、たっていないからこそ優秀な人材が集う場所であった。(まだ正式に学院として起動はしていないらしいが)

 その教師に俺を推薦するというのだ。これは凄く名誉なことだ。しかし俺には興味がなかった。そしてそれ以上にそれほどの能力を俺が持っているとは思わなかったからだ。

最高魔導師の称号まで得た貴女に直接招かれるのは光栄だが、俺には荷が重過ぎる。しかも、特級魔導師の指導を受けていた奴らだろ?その生徒達の方が俺よりも上じゃないのか?」

 これは俺の本音だった。特級魔導師というのは魔導同盟が定めた最高位の魔導師の階級だ。その教えを受けた者達なら、俺と同等以上の力を持っていても不思議ではない。

「折角鍛え上げた若い芽だろう。俺に任せて台無しにするよりも貴女の娘婿、クレノフに任せた方がいいんじゃないか?」

 クレノフ、彼は俺の戦友だ。

 彼は魔導同盟の魔導師として大戦に参加した特級魔導師で、英雄ディルに劣らない功績を残した人物である。俺も何度か共に戦ったことがあり、彼の能力は知っている。彼の能力は本物だ。

 しかし、彼女は俺の言葉を嘲るように微笑し、言った。

「確かに、世界でも彼以上の魔術士はそういないだろうね。実際、戦闘においては若い頃の私よりも高い能力を持っているわ。でも、魔導師と魔術士の性質は似ているようで異なるんだよ。彼に教師としての能力がないというわけではないんだけれどね」

「俺にはあると?」

「それは分からないわ。あんたの事を良く知っているわけでもないしね」

 彼女ははっきりとそう言った。俺を引き入れようとすることと、彼女の言葉は矛盾しているが、正直知り合って間もない人間をそうそう信頼する人間よりは俺には好感が持てた。

 しかし、それと引き入れの話は別である。俺が教壇に立って人にものを教える姿など想像もできないからだ。だが・・・、

「でもあんたの能力に関しては、私はクレノフに劣っているとは思っていないわ。もちろん魔導師ではなく、魔術士としてのね。強い魔術を使うことだけが魔術士ではないということよ」

 その言葉は意外以外の何物でもなかった。そして、その言葉で彼女が俺の想像以上に俺を調べていることを知った。彼女はそのまますくっと立ち上がり言った。

「返答は急がないわ。あと、無理強いもね。ま、貴方が快く来てくれることに期待しているわ」

 俺はその言葉を聞いて微笑した。無理強いはしないと言っておきながら、言うだけのことは言っていく。彼女のそんな性格がひどく面白く感じたからだ。

 彼女はその後すぐに俺が住んでいる借り宿を出た。彼女は返答は急がないと言っていたが、俺の心は既に決まっていた。

 翌日、俺は一年ほど借りていた部屋を引き払うと、彼女が滞在する宿へと足を運んだ。

そして、これが俺の新しい生活の始まりでもあった。





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