西野伍長遺書2頁

西野伍長遺書1頁
西野伍長遺書4頁

西野伍長遺書3頁

西野岩根伍長の遺書

拝啓 永らく御無沙汰致しました
 其の後も相変らず元気に増産に精出され居る事と思ひます
 自分も至極元気に演習訓練に一意邁進致し居ります故御休心下さい
 今度芦屋飛行場に来ています。当飛行場はかつて兄十一の居た飛行場にて戦隊史にいっても出撃には鉢巻一本にて上った様子です。まの辺り兄ノ面影が目に浮びます

 小生も愈々皇国の為死ぬる時が参りました
 色々とお世話になり親に対し孝行もせず全く遺憾の極みです。しかし一命を捨てゝ悠久の大義に生きるを軍人の本懐とす
 再び面会とて出来ず櫻咲く九段にて十一兄、岩根に面会に来て下さい。又、面白い話をして上げますよ
 後、数日の命です。此の便りが付く頃には一機一艦見事敵空母を轟沈せしめ得たと思ひます
 腕を十分磨いて居ります。朝、新聞を見て岩根よくやったとほめて下さい

 かつて調布飛行場に在りて九州に向って出発せんとする二日前に外出し帝都大空襲に会ひ、もう少しで犬死をする所でした。目の前に爆弾、焼夷弾が投下され全く膽をつぶされました
 然し大空襲にて新宿附近は全焼しましたが幸にも逃げのびました
 戦友の一名は重大任務を帯びつゝも空襲の為遂に一命をうばわれました
 全く現在の人一名は敵空母、戦艦等一隻敵に与へたるものなりと信じて疑なしと云っても過言ではありません
 遥か高松上空ヲ飛びし時、我が家あの附近に在りと思ひしも何等なす事なく此方に来ました

  一億国民全員特攻隊なり常に膽に銘ず
  沖縄のもくずと消えん我が魂
   永久に皇国を護り通さん

 此を以て岩根最後の便りとします
 最前線基地にて道世兄と会へるかもわからず、会へば宜敷く言って置きます
 父上、母上、御家内一同様の益々御健康と御幸福を一へにお祈り致します

 振武隊員
   陸軍伍長 西野岩根    数二〇才
昭和二十年六月一日 一〇時三六分書


159および160振武隊へ戻る

244戦隊ホームページへ