11月29日 晴

 霧深くして10米離れたら、ぼうーとしてはっきり見えない。だが、感心にして空はよく晴れて、朝の体操の号令がはっきりと手に取る様に聞へる。

 昨日も今日も、米機がくるかと思っていたが来ない。新聞はサイパンを爆撃したと報じているが、果してそれ位の爆撃にへこたれる様な彼等でもないであらう。それも断言は出来ず、或は天候の不良によるかも知れない。
 午後、二、三の情報もあったが、さっぱり事実なるものなく、澄んだ空には友軍機の哨戒機のみが見える。

 爆撃された附近の市民の心境は、どうであらうか。全く我らは、察するより外なし。
 又、否、明日来るかも知れない、敵米機がくる日が近ければ、また激烈となった場合は、我らの命も又、日一日と短くなるのだ。それも確実なる体当りをしての事だ。或は、来年一パイ生きているかも知れない。全く判らぬ生命だ。

 国の為に死するは惜しくはないが、死後と云へども戦争に勝ってもらいたい。それは、今迄の礎石となったものも祈っているであらう。我ら又、望む所。
 如何とも帝都空襲は我らに噴憾を與へるに過ぎず。我等の腕、また必死必殺の火と燃えるのみだ。


11月30日 雨

 昨夜11時半、突然の非常ベルけたたましく鳴り渡る。
 「警戒戦備甲」
 敵は来たか。窓を明ければ全天曇りだ。これで雲上に来られたら、我方全く、つくすすべなしだ。
 皆起きて航空服を着ている。心臓強く寝ていたが、東部軍警戒警報のサイレンが鳴る。長い。全く長い。流石の我も起きた。

 目標は二、三。大島上空北進。銚子を起点として、目標は又、あり。
 空襲警報のサイレンがなり出した。銚子には、もう敵機は入っている。つばくろ、そよかぜ隊は出動。
 雨は、ぽつりぽつりと降り出した。雲下で来なかったら、恐らく邀撃はとても出来ないであらう。畜生、憎き米機め。又も盲爆をするか。

 「ドドドーン、ドドドーン」火の付いた焼夷弾、丁度花火の様に落ちる。数へきれず。
 嗚呼、東京の空は紅し。ついに落とした。又、他の目標は続々として銚子近海にきている。
 爆撃すること数回。火の海と云ふか、もう煙迄見える。雨はしきりと降り出した。

 爆撃された市民は、どんなにしているであらう。我ら攻撃隊員は、もう一言もなく飛行場をながめている。雨はピシャピシャと降る。
 爆音は時々聞へる。大分目標物もなくなったか、戦備の度も静かになった。我等は寝ることに決せり。

 空襲警報解除のサイレンは鳴る。彼これ3時近い。警戒戦備乙となる。
 又、近く目標東北進の情報。いつとなく睡
(ねむ)る。

 「非常ベル」がけたたましく鳴り、空襲警報のサイレン。
 「ドン、ドン、ドン、ドン」全く長い。高射砲の音なればよいが、あれが爆撃の音であったらと、寝ながらも頭に響く振動に心配していた。相当落ちたことでせう。
 いつか又、睡る。凡そ10時近く迄。

 彼等、今後必ず悪天候も冒してくるであらう。しかも2500粁近くある遠いサイパンから、確実に東京にくる。そして、雲上より確実なる地点を定めて爆撃するのだ。決して盲爆ではないのだ。

 「暗視法」と云って、雲上より地上施設のあるを晴天と同様に見える器械を持っている。又「電探」を以て海陸の差別をしている。
 然も夜の航法だ。全く確実だ。斯うして雲上からこられたら、我等には全く施すすべがないのだ。

 今日もその例だ。実際、飛上ってもなんにもならず、雲下でさまよい歩くのみ。索
(もと)める敵は雲上である。いかんとも、この雲を越して雲上に達するは不可能である。

 どうして此の敵を防ぐことが出来るか、現在の飛行機では出来ない。科学者がもっともっと研究して優なる、然も他国に負けない兵器を造って貰いたい。
 それとも、サイパン、テニヤン等を再び奪還するか、方法はない。若し此れ行った時、相当の犠牲あり。困難であらう。考へれば考へるほど、癪にさわる。

 どうしても勝たねばいけないのだ。負けてはいけない。地方民の心も大切だ。これだけの爆撃にへこたれ、或は流言飛語が飛んだなら、とんでもないことになる。地方民の覚悟こそ、大切だ。
 新聞にはサイパン爆撃とか出ているが、駄目だ。然も、八紘隊が多大の戦果をレイテ湾に上げている。又、頼もしい限りであるが…。

 今日も、一日雨降る。
 16時、戦隊長殿の離任式。新戦隊長殿を迎いて命課布達式を行ふ。若い張切った戦隊長殿。
 我等に何時、運が廻ってくるのだ。時は悪天候、高々度を以てくる。いつ戦果を挙げることが出来るのだ。


12月1日 雨

 今朝は雨は止んでいるが、空は暗い。航空体操も元気よく済ます。斯う降られては、なにをすることもない。朝から碁を打って見た。

 敵もこんな暗い天気では来ないだらう。必ず、暗い雲の上は厚く1万米附近迄も曇っているであらう。
 それとも、サイパン附近は雨か。連日皇軍はサイパン、テニヤン等を強襲している。そのためかも知れない。

 一記 船団○○の特攻隊の○○があったが、戦地進出の○○あるを以て特に希望せず。
 或は、我らは此々に踏止るかも知れず、皆と共に行動をして見たい。どうせ、長生は我らには望めないのだ。戦地で死にたい。
 東京上空、陛下の御楯となって死すもよいが、やはり知った戦友とは別れたくない。

 昨日の誕生日も忘れていたが、25年前の母は、ほっとしていたことであらう。
 愈々、待望した進級の日も今日。先づ、銃剣と短刀を取換る。階級章も貰った。
 今日から曹長さんだ。皆、来ては「お目出度う」と云ってくれる。ちょっとてれくさい。晩には、隊長殿は進級祝だと云はれ、全員会食。結局、俺と遠藤軍曹二人だ。


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