勇士のアルバムから…その2
02.4.17

昭和20年5月初め、最後の部隊葬

昭和20年5月初め、244戦隊が執行した最後の部隊葬。祭壇の遺骨は、左から
松枝、井出、前田、服部、丹下、河野、高山、小川、梅原、首藤と並んでいる。
従来、部隊葬は大格を会場としたが、これは飛行場東側の兵站宿舎と思われる。


調布飛行場を離陸する4式重爆

昭和19年秋、調布飛行場を離陸する4式重爆。調布にはキ−109特殊防空戦闘機
(たぶん107F)もいたが、本機は通常の4式重。尾翼マークは描かれていないようだ。


99式高練の計器板

99式高練の計器板。左にシフトしているのがユニーク。


昭和19年12月5日、振武隊員と別れの杯

昭和19年12月5日、振武隊第2飛行隊へ転出する隊員と別れの杯を交わす。
左から伊藤、井上、四宮、右端は竹田大尉、その向こう小松大尉。


安藤喜良伍長
板垣政雄軍曹
20年1月27日、体当り戦死した安藤喜良伍長。
今も「安藤はいいヤツだったなー」との声をよく聞く。
20年2月頃の板垣政雄軍曹。2度の体当り生還という
偉業によって、戦隊のスター的存在だった。

白井中尉と下宿先の男の子
炎天下の照準練習
子供好きの白井中尉と下宿先の男の子。
19年夏の炎天下、B17の模型を的にした照準練習。

昭和19年夏 244戦隊本部
ピスト前で縁台将棋
19年夏の244戦隊本部。左端の2階建部分は増築
されたばかり。ここに飛行場大隊長室があった。
早春の陽を浴びながら、ピスト前で縁台将棋。
右端に立つのは小原中尉のよう。

3295号機と土屋伍長

昭和20年1月27日の体当りで失われた小林戦隊長機 3295号と機付長土屋伍長。
通常、機付は定期的に異動したが、彼は小林戦隊長に気に入られていたため、
終戦まで一貫して戦隊長機を担当した。このような例は稀。



体当り2日後の小林戦隊長

体当り直後、1月29日の小林戦隊長。体当り時に鼻を強打して
大量に出血したそうだが、もう元気な様子。


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