『狂界線』
八/癒される心、繋がれる想い。




ブンッ……
 音を僅かに残して、禁呪は全て無と帰した。光の刃は無くなり、愕然とした表情の雪華だけが残される。
(もう駄目だ)
 雪那の武器が何か理解した今、打つ手は全て潰えた。母が所持者であった失聖櫃(ロストアーク)。全ての源そのものを殺してしまう「第六(だいろく)・源殺(げんさつ)」。兄が所持者となったならば、もう勝てるはずがない。
(これで終りか……)
 目を瞑る。しかし、最後にもう一度兄の姿を見たくて目を開いた。
(――)
 兄は追撃をしようとしていない。手に持っていた大剣は消え、真っ直ぐにこちらを見ている。
「雪華」
 狂気の色は消えている。真っ直ぐに、澄んだ瞳でこちらを見ている。
「兄、さん」
 声を掛けるとこちらに飛んできた。既に雪那は魔眼を解除し、戦闘する気配がない。
「あ……」
 目の前に立つ兄はこちらを見て止まる。
「雪華、もうやめよう」
「なんで」
「だってさ、家族だろ」
「ですけど」
「俺も制御しきれなかった。けどやっぱりさ」
「私は、許せません」
「……なあ。母さん、最後にお前になんて言ったか覚えてないのか」
「え?」
 自分に母は何を言ったのか。最後のあの瞬間――

『――駄目』

「あ」
 そうだ。あの時、

『あなた達は』

「あっ……」
 誰よりも愛してくれた母が言った言葉は。

『あなた達は、世界でたった二人の兄妹なんだから』

「うあ、あ」
「雪華」
 そうだ。母は最後の瞬間まで自分の命よりも私達兄妹のことを優先した。その時に言っただろう。二人だけが、唯一世界で兄妹だから。怨んでは駄目だと。何故忘れていたのか。
「……」
 零れていく涙を雪那が拭う。雪華は八年ぶりに兄の手の温もりを感じた。そして同時に思い出す。
(――そう、だ)
 いつもそうだったろう。幼い頃から自分は兄の後ろをついて周り、泣きそうになると親よりも先に駆けつけて隣にいてくれた。頭を撫でてもらえるのが嬉しかったあの日。
(変わってない)
 そして別れてから再び再開したあの日。その時でさえ、恐る恐るとはいえ手を差し伸べてくれていた。間違いなく中身は昔の兄のままなのだ。
「あっ」
 その差し伸べてくれた手を冷徹にはね退けた。逃げずに背負ってきた兄を、簡単に一時の感情で全て切り捨てた。なんてことをしたのだろう。兄が壊れたのではない。

 ――私が、全てを奪って壊したのだ。

「うあああああああああああっ!」
 泣き叫ぶ。どうしたらいいかわからず。崩れて、膝をついた。すると雪那が抱きしめてくれた。優しく、あの日のように。
「あ、ああ、兄さん、私!」
何も言わずに優しく頭を撫でてくれる。雪那の胸の中で、雪華は全てを吐き出してしまう気持ちで泣き続けた。



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