『狂界線』
八/癒される心、繋がれる想い。




「……あ?」
 途端に空中に体が放り出されている。
「――」
 目の前には今まさに、最後の一撃をぶつけようとしている自分と妹の姿。
「これ」
 この感覚は一度体験している。ロイが死ぬ直前と同じだ。
「また、か?」
 疑問に答える声は無い。だが雪那本人は気付いていなかった。自分が真っ当な状態に戻っているのを。
「ん――、どうすれば」
 考え込んでいると目の前にいつか見た扉がある。しかし今度は自ら迎え入れようとはしない。
「入れって?」
 答えない。
「……」
 押す。
 ギギギギギギ……
 鈍い音を立てて扉が動いた。
「!」
 中に入ると光景が一変する。その場所は、まさしく。
「あの、教会」
 だった。かつて自分が母と遭遇した場所に間違いはない。
「母さん、いるの!」
 声を上げる。すると奥から再び母が姿を現した。
「あ、やっぱ――」
 駆け寄ろうとしたが雪那はそこで足を止める。どうも様子がおかしい。感じられる雰囲気が、随分と厳しい。
「……シッ!」
「!」
 一瞬で母が目の前に移動した。移動したのだ。確認した時にはもう次の行動に移っている。
 バキイッ!
「がっ!」
 雪那は顔面をおもいっきり殴られる。前とは違って今度は完全に痛みを感じた。
「こンの大馬鹿者っ!」
 もう一発。これで雪那は完全に壁に叩きつけられる。
 バゴン!
「くっ、何で」
 理由を聞こうとしたが母の怒りがいまだ収まらない。
「何で、ですって!? あんた自分の胸に手え当てて考えなさいよ!」
「え? 俺、が?」
「ったく、こんな光景中から見せ付けられてどうしろってのよ! 私はあんたにそんな事を託したわけじゃない!」
 託された。何を。
「あ」
 そこまで考えて雪那は思い出す。自分が何をしてきたかを。最も母が望まない最悪の展開を作った事を。
「ああ」
 あの時、もう殺してもいいと。何てことを考えて実行に移したのだ。約束は、守らずに。
「俺、俺」
 謝ればいい問題ではない。ここまで来て、もう――
「自分がやったこと、理解した?」
 母が語りかける。理解して悩む息子を見て、諭すために。
「かあ、さん。どうしたら」
 泣きそうになる息子を見て胸が痛む。そもそも最初に原因を作ったのは自分なのに、子供二人に全て背負わせて。全く、最低だ。
「雪那、自分が正常に戻ったってわかる?」
「う、ん。ああ。さっきまでのは」
「一線を越えたのよ。あれはあなたに限らずヒトみんなが抱えてるライン。越えたから、歯止めがきかなくなった」
「……ん」
 少しずつ雪那は冷静さを取り戻す。自分がどうなっていたのか、そして今どうなのかを理解していく。
「それでも正常に戻ったのは心の中にまだ殺したくないっていう気持ちがあったから。無理矢理な方法だけど失聖櫃(ロストアーク)に残っていた私の意志からその正常な感情にアクセスしたの」
 何ともいえない。現実にそれができる事なのかも判断はつかない。迷っていると母から続きを繋いできた。
「……つらいでしょ?」
「正直、そう」
「でも」
「うん。逃げない。そう何度も言い聞かせてきたのに、あんなこと」
「そう。でもそれは逃げないで立ち向かった結果には違いないの」
「でも……」
「いいのよ。選択権がないなら私が与える。もしかしたらこれが最後かもしれないけど」
「え? 母さん、それはどういう」
「会いなさい。そして決めて。今度はどうするか。次は私の意見なんていらない。自分で選んで、自分の意思で歩いて。過去はここでお終いにしましょう」
 母の言葉と共に周りの景色が崩れる。教会が崩れ去っていくと同時に違う光景が広がってきた。



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