『狂界線』 八/癒される心、繋がれる想い。 ここは理想郷じゃないさ
「何故そう思う?」 だって、俺がいない 「お前が?」 そう 「何が言いたい?」 見ているのは、現実 「当然だ」 『だからさ。こんなとこでは止まれないってこと』 廃墟での戦いは熾烈を極めた。この戦闘には「規格外者(ノンスタンダー)」ですら割り込めまい。常識を逸脱したスピードで街中を駆け巡り、放たれる一撃はいとも簡単に建物を崩していく。破壊の化身と化した二人は、互いが互いを殺しあうために全てを賭ける。己の命すら。 「く、このっ!」 雪華が無詠唱で上級魔法を放つ。今現在の二人は星の生物の中では最強だ。これくらいは楽にできる。 「あはは!」 迫る十匹の氷の竜を全て「ナインブレイカー」で破壊しつくして雪那が迫る。狂気に染まっている雪那は最早躊躇うことがない。 「っ!」 雪華は振り降ろされた斬撃をギリギリでかわす。体勢を立て直さずに下から切り上げた斬撃をこれまた雪那がかわす。先程から一進一退の攻防は終わることがない。どちらも体に傷一つ付けることなく戦い続け、既に三十分は経ったか。 ガキン! 互いの刃が交差し、距離を開ける。 「くくく、あはは! 雪華あ、お前本当にしぶといな。ここまでやって死なないなんて、あはは!」 雪那が何を考えているか分からない。だが雪華はどこか手を抜かれている感じがしていた。それとも、ただ単に制御が利かなくなっているからそう見えるだけか。 「兄さん、なんで」 雪華にはもう一つの感情がある。ここまできて躊躇いを見せるのはそのためだ。どれだけ怨んでも、どれだけ殺したいと思っても、どれだけ苦しめても。 (私、兄さんに死んで欲しいなんて) 最終的には死んで欲しくなかったのだ。だって―― 憎しみが深い分、心の底に持っていた愛情は誰よりも強かったから。 皮肉にも家族の絆がこのような形で表に出てきている。兄を殺すことは最後の家族を捨てることなのだ。そのようなことができるほど、雪華は強くはなかった。 「なんだよ。もうやめるのか?」 現実に引き戻される。 「……いいえ。ここで終わらせます」 ああ、なんてことだ。まだ躊躇っているくせに口からは強気な言葉しか出ない。性格がこんな時だけ、どこまでも嫌になる。 「そうか! ははっ、ならやろうぜ!」 雪那が一瞬で間合いを詰めてきた。だがまだ許容範囲内―― 「!?」 しかし雪華は本能的にまずいと察知する。魔力を限界まで搾り出して目の前に障壁を展開した。 ドガガガガガガガッ! 襲いくる斬撃は止むことがない。ここからが雪那の戦闘スタイルの本領発揮だった。雪那の扱う流派「無明閃月流(むみょうせんげつりゅう)」は帯刀状態では相手に反撃の余地を与えない乱撃を放ち、抜刀状態から放たれる抜刀術は全てを切り裂く一撃必殺の破壊力を持つ。まさに雨そのものの斬撃を受けてさすがに雪華も怯んだ。だが。 「っ!」 今度は雪那が距離をとる。信じられないことに雪華は障壁を展開して防御していた状態から、足を伝わせて大地に魔力を込めた。そして大地が割れる。 「激震する大地(グランドダッシャー)ッ!」 雪華は禁呪すら言葉を吐くだけで発動させる。目の前の大地が一直線に裂け、建物が次々に飲み込まれていった。 「兄さんは――」 目で追いかけた先には空中に浮く雪那の姿があった。だがその背中には魔眼による赤い羽根ではなく、別の鋼鉄の二つの羽が生えている。 「まさか」 そう。これも「ナインブレイカー」の形の一つ。詠唱無くして一瞬で上空に舞い上がれる能力を宿している、鋼鉄の羽。上空の雪那がニヤリと笑う。 「え?」 次に雪華が見た光景は予想外のものだった。雪那が力を解放すると同時に羽から無数の流星が放たれる。 「くっ!」 雪華は地上を高速で移動したが、次々に放たれてくる光は止むことがない。通り過ぎた場所にどんどん小さなクレーターを作り、街の半分は禁呪と雪那の攻撃で破壊しつくされてしまった。そして攻撃が止んで雪華が上を見上げた、瞬間。 「あは」 目の前に雪那がいる。上下逆さまの状態でこちらに弓を構えている。 「!」 ボヒュッ! 上半身だけを急激な速度で捻って矢を回避した。後ろの建物が音を立てて崩壊する。落ちる雪那をそのまま手に持つ鎌で切り裂こうとしたが、ありえない回転を空中で行い、雪那はそれを回避する。 |