『狂界線』
零/冷たい雨とあなたの手



 ザアアアアアアア……
 雨が降っていた。既に体はびしょ濡れになり体温も下がっている。それでも、この場所から去ろうとは思わなかった。
「――」
 間に合わなかった。いや、それは言い訳に過ぎない。結果はなにがなんであろうと目の前に存在する。
「――」
 ザアアアアアアア……
 雨が止むことはない。顔を上げて空を見上げる。曇った灰色の空は慰めてくれているのか。

『泣いてもいいよ』

 だから、涙を流してくれているのだろうか。自分の代わりに。自分が泣けばこの雨は止むのか。

「止まないよ」

 誰かが隣にいた。上を見上げていたから気付きもしなかった。そして心の質問に代弁する。
「そうか」
 小さく呟いた。
「泣かないの」
 小さく質問された。
「泣けない」
 返す。聞こえたか?
「意地?」
 返される。聞こえた。
「いいや。涙が出ない」
 らしくない答えだ。
「そっか」
 らしい答えなのだろうか。
「力がさ」
 誰でもいい。
「ん?」
 言い訳したい。
「守れた」
 惨めだ。
「そっか」
 ザアアアアアアア……
 雨がまた強くなる。でも、さっきよりは心地いい。二人で並んでずっと見ている。
「あのさ」
 呟く。
「なんだ」
 聞く気に、なった。
「責任、私達」
 責めてもいいのだろうか。……いや。
「それこそ、言い訳にしか」
 できないことは他人の責任、では済まされない。
「……そう、だね」
 崩壊した家の瓦礫の上に足を踏み入れる。
「御免ね……」
 死んでしまって突き出されていたマザー・リリアの手を掴む。
「……マザーは」
 言うべきだろう。
「うん」
 背負う覚悟ができている者には。
「みんなに優しかった。ここにいたガキ達にも、俺にも」
 流れる血が、薄くなる。
「うん……」
 泣いているのか。一度も顔を合わせたことのないマザーに対して。
「墓、作ろう」
 あのガキ達の分も一緒の場所に作ろう。
「手伝うよ」
 そうか。


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