『狂界線』
六/壊れた獣は餓えるが故に
何よりも眼前の血肉を求める




「これは……すでに始まっていたのですか」
 雪華が街に到着した頃、この街は既にゴーストタウンと化していた。全てのありとあらゆる建物が破壊され、形を残している建物はどこかが欠けている。
「あの部隊がここまで……」
 情報を聞いてここまで来たものの、まさかこんなにもひどい状態とは考えていなかった。街のいたるところに隊員の死体が散乱している。いくら人類最強の部隊とはいってもこれでは。
「でも、さすがに隊長に近いクラスのヒト達は生きているようですね」
 さらに向こう側から逆流してきてもおかしくないほどの巨大なマナを感じる。戦闘は佳境を迎えているようだ。
「……行くべきかしら」
 悩んだ。雪華がここに来た理由は、この部隊とは関係ない。人類全体を天秤に賭けられている状態だからだ。何もせずに終わることだけは、プライドが許さない。歴史の表に出なくともそれは関係の無いことだった。そして悩み、留まる理由は。
「瀬里奈さん」
 あのヒトと顔を合わせるかもしれない。利用して、その親友さえも殺した自分を見て彼女は正常でいられまい。そんなことになるのは(殺した自分がいうのもなんだが)できれば避けたかった。
「……」
 でも。やはり、足掻かないで終わるのはやっぱり良くない。
「母さん、師匠(マスター)。行ってきます」
 雪華はさらに奥へと歩き出す。そして街の中腹を抜けようとした、その時。
 ザッ。
 前から誰かが歩いてくる。砂煙が舞っている現在の状態では、誰かが判断できない。
 ザッ。
(……敵か!?)
 ザッ。
 砂煙が僅かに晴れる。中から出てきた人物は、雪華が最も予想していなかった人物だった。
「……え」
 対峙する。前とは違う。今度は――
「雪華」
「兄さん」
 相手が意外すぎて驚いたものの、雪華はすぐに表情を引き締めて話し始める。
「何か用ですか。ないなら通してください」
 兄は答えない。
「それとも殺されに来ましたか」
 兄は答え
「ふ、」
 た。
「ふは、あはははははは!」
「な……なに、を」
「あははははははは! 雪華、いいぜ! そうじゃないとやってられないからな! 殺してくれるのか、俺のこと! くっくっあははははははは!」
「――」
 なにが起きている。この状態は何だ。
「ははははははは! 殺してくれるだなんてなんていい妹だ! お前ほど俺の理想が固まった妹は他にはいないだろ、なあ!」
「兄さん、あなた」
 言葉が続かない。おかしい。なにがここまで兄を――、そうか。
「わ、たし?」
 予想していなかった。最も単純な事を見落としていたのだ。雪華は雪那に決定的な精神的ダメージさえ与えればよかった。自分を追い詰めた時と同じように。最もうまくいって精神崩壊。そうでなくても戦場にさえ立てなくできればよかった。それなのに、何故気付かなかったのか。

 ――兄が、壊れてしまうことを。

「あはははは! なあ雪華。俺さ、決めたんだ」
「え」
「お前をさ」

 ――遠慮なく、殺してやる

「……っ!」
 兄は狂気の笑みを止めずに話し続ける。
「だってさ、不公平だろう? 俺はお前を苦しめたから復讐される権利はあった。それまではいいけどさ、その代償で俺の一番大切なヒト殺してくれたんだ、俺自身じゃなくて。そこで一度復讐が終わったなら次は俺が復讐する番だろう!?」
 こんな兄が見たかったわけじゃないのに。
「ははははははは! だからさ、お前殺して俺も死ぬ事にするよ! そうすれば母さんもテュッティもみんな一緒だ! あはは、都合いいじゃねえか!」
「――」
 もう、口が塞がらない。前にできた溝など関係ない。狂った。そして雪那は開始の準備を始める。
「始めようぜ、最高の殺し合いをさ!」

 限界突破(オーヴァードライヴ)!

 ゴウッ!
 躊躇うことなくすぐさま全力を開放した雪那はもう肉体を精神が凌駕していた。左眼が紅く光り輝き、左の背から紅い羽が生える。マナが従えられ、漏れ出した力が周りの建物を破壊する。
 ギンッ!
「あぐっ!」
 雪華の眼が軋む。雪那が魔眼を開放したから。
「違うな」
「!」
「なに躊躇ってんだよ、雪華! 開放しろよ、全部を! そんな痛みなんてもう関係ねえだろ!」
「ああああああああああっ!」
 バキインッ!
 開放された雪華の右眼が紅く光り輝く。右の背から紅い羽が生える。全く持って左右対称の出来損ないの天使が対峙した。
「はあ、はあ」
「もう疲れてんのか? 本番はこれからだぜ?」
 雪華は息が荒いもののそれほど苦しすぎるわけでもない。兄妹はここ一帯のマナでは飽き足らず、星そのものからマナを吸い上げる。体力もすぐに回復した。
「ははははははははは! いいな、おい! お前なら首掻っ切っても喰らいついて俺のこと殺してくれそうだ!」
 ヒトでもなく「規格外者(ノンスタンダー)」でもない二人は。今、この瞬間、全ての生物を超越している。

「壊れたなら」
 雪華は。
「壊れたならこのまま楽にしてあげるのも妹の役目です……! 兄さん、覚悟はよろしいですか!」

「あはは!」
 雪那は。
「殺して見せろよ、俺のこと! お前が殺せないなら俺がお前を殺して全部終りだ! くはははははは、あはははははははは!」

 手に持つべきモノは心でも想いでもなく、相手を殺すための刃。対峙するのは、何よりも歪められてしまった兄妹。一番望んでいない光景を具現化させ、全ての火蓋は切って落とされた。

「いきます!」
「ふははははは!」

 母さん、見ていますか。これが俺達兄妹が生き着いた、

     『リソウキョウデス。』


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