『狂界線』
六/壊れた獣は餓えるが故に
何よりも眼前の血肉を求める




 これは夢だろうか。いいや現実だ。だってあんなに悲しく泣いていたのに、意識が全然戻らないから、これは現実だ。それなのに。
(あれ? ここは、医務室?)
 視界から見た光景のはずなのになにかビデオカメラで見たような感覚に感じ取れる。そしてその映像には。ベッドで物言わなくなったテュッティと、それに泣きすがる瀬里奈。壁を叩いて崩れ落ちるロイ。チカラに喰ってかかって泣いている千鶴。
(……俺は?冷静に見てるだけ?)
 よく分からない。何か知らないが、自分の体は別に存在している感覚だ。
(あ。ここはテュッティと瀬里奈の部屋か。ロイも瀬里奈も一緒だ)
 何か話しかけられているが聞こえない。
(聞こえないぞ? おーい、なに言ってるんだよー!)
 そのまま映像は、次の日の朝へ。そして。
(……これ、あいつの墓か?)
 地面に突き刺さる巨大な十字架の前に座る。ここで改めてテュッティが死んだのだと確認させられた。
(そうか。やっぱり夢じゃない)
 次の光景はどこか知らない街だ。
(移動、してる)
 視点がどうもおかしい。ロイに背負われているからだと気付くのに少々時間がかかったが、慣れてしまえば冷静に風景を見ることができる。
(えっと、たしかここは)
 そう。次の戦場に一番近い街だ。説明を受けていた場所に間違いないだろう。
(俺、なんで動けないんだろう)
 何度か体を動かそうとはしたものの全く反応が無い。
(なーんかロイと瀬里奈に迷惑掛けてるなー)
 次は店の中だ。一旦下ろされた後、ロイと一緒にシャワー室に入る。
(ああ、もう。なんかむしゃくしゃする)
 見えているのに何もできないことほど腹立たしい状態はあるまい。今の自分がまさにそれだ。
(ん? 今度は食事か)
 三人で座って食事をしている。メニューはカルボナーラだ。俺の、好きな。
(……)
 暖かい風景だ。あいつがいなくなっても二人はしっかりと隣にいてくれる。
(あ)
 口に運んでもらったパスタをこぼした。これはいくらなんでも。
(ったく、動けよ! これくらいは、いいだろ! ほら、動けっ!)
パク。
 動いた。なんとか食べるとロイが泣きそうになって喜んでくれる。瀬里奈も同じだ。
(よっしゃ。答えることができた)
 自然とこちらも嬉しい気持ちになる。そのままぎこちなく体を動かして食事は終わった。
(はーあ。やっと終わったか)
 精神的に随分と疲れた。すると今度は三人で川の字になった。どうやらこのまま就寝のようだ。
(ふう、やっと寝れるのか。って俺はまだ目覚めてもいないっての)
 そして視界は全て閉ざされる。
「どうだった?」
(あ?)
「いまのは過去の記憶だよ。少なくとも今現在ではない。だから何もできなかったろ?」
(……)
「そう怪訝な顔するなよ。そっちに行くから」
(……)
「おっと。その前に確認だ」
(何を)
「もう一回これ見な。そしたらまあ、現在の状態が解かるだろうよ」
 そして、見せられた映像は――
(う、ああああああ、ああああああああああああああ!)
「上出来上出来」
 悲しみが全身を駆け巡る。思い出せないはずが無い。これは最早、幼い頃についた癖と同じで何度でも繰り返し襲い来る感覚だ。
「で? どうするよ」
(誰に、殺された)
「忘れたか?」
 蜃気楼のように歪んでいた形が元に戻る。色を変えた髪と右眼。そして嫌という程歪めて笑っている口。母の形見の聖宝具であるあれを持っている姿。
「忘れるはずはない」

 
雪      華

 殺した。あいつが、テュッティを殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した!殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した!

 
チヲハイテ

 死んだ。死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ!

 
クルシミ、ウメイテ

 ソレデモトマルコトナクマガンモカイホウデキズニタスケラレズニタダタダミテイルダケデダレモタスケヨウトモシナイデナイテワメイテサケンデコノヨノスベテガホウカイシテ


(なら)

 
モチロンダトモ。

(いいのだろう)

 
アタリマエダ。

(そうだ、そうだとも)

 
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

『心せよ』

 
ウルサイナ

『善か悪かは関係ない』                              

 当然だ。



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