『狂界線』
六/壊れた獣は餓えるが故に
何よりも眼前の血肉を求める




 店を出た二人を見送る。きつい言葉だろうが、ああでも言わなければ理解しまい。戻るとロイと雪那がシャワー室から出てきていた。
「空いたぜ、使いな」
「ありがと。じゃ、遠慮なく使うわ。……覗くなよ?」
「あっはは。まだまだお子様のくせになーに言ってやがる」
「もう。一応女の子よ」
「すまんすまん。ゆっくりしてこいや」
 瀬里奈がシャワー室に入ったのを確認してからロイは食事の準備を始める。店にある材料で作らなければいけないが、さて。
「あああーったく、俺パスタしか作れねーぞこの材料じゃ」
 ろくな物が無い。お約束かの如く材料は種類が少なかった。
「雪那はカルボナーラ好きだったよな、それにするぞ?」
 答えない本人に一応聞いてから作業を始める。開始してから、十分後。
「ふんふふーん」
「なあに鼻歌を歌ってんのよ」
「おう、上がったか。今日の夕飯はカルボナーラだ」
「そっか、雪那好きだったもんね。丁度いいじゃない」
「待ってろよ? 絶対また食べたいと言わせてやる」
「楽しみにしてるよ」
 瀬里奈は食事の作業はロイに任せて雪那の隣に座る。
「はあ。あいつあんな楽しそうな顔して料理作るの始めてみたけど?」
 答えなくとも。
「ね、雪那もおいしいもの食べて元気だしなよ?」
 答えることができなくとも。
「よーし、皿くらいは用意するか」
 誰が、諦めるものか。
 しばらくして、料理が完成した。ロイ曰く、
「久しぶりに惚れ惚れするできだぜ」
 とのこと。
『いただきます』
 食事を始める。
「うま! ロイ、あんたこんなうまい料理作れるじゃない」
「今頃俺の素晴らしさに気付いたか」
「調子のるんじゃないの」
 家族のように明るい会話。自分達が居場所になれるように、懸命に。
「ね、雪那も食べなよ」
「ったく、一人じゃ食えないのか? しょうがないな、ほれ」
 口に近づける。半開きの口に無理矢理入れようとしても、噛もうとしないため意味が無い。
「ああ、もう雪那。こぼしちゃ駄目だって」
「なんか拭くものあったか」
「探してくるよ」
 本当に、これほどまでに暖かい空間は。実感、できれば。
「……!」
 僅かだが、口が動いた。
「もうちょい、食うか?」
 半泣きになりながらロイがパスタを口に運ぶ。
「――」
 今度は、ちゃんと噛んだ。
「……」
 口に、運ぶ。噛む。飲み込む。運ぶ、噛む、飲み込む。
「え? ……ロイ」
「あ、ああ。食べて、くれた」
 瀬里奈も、泣きそうだ。
「――」
 話してはくれなくとも。まだ繋がっていた事をなにより喜び、食事は進んでいった。
「うわ。結局皿一つ分」
「ああ。いいじゃねえか、久しぶりの食事だし」
 何よりも嬉しい事態だと二人は実感していたが、この時雪那がただ単に復帰しかけているだけではない事を知らない。
「えへへ。じゃあさ、今日は三人とも並んで寝ようよ」
「ああ。雪那も、な?」
「――」
 答えない。けど、繋がっている事に確信が持てた二人はそれでも構わず話を進める。
「完了―っと」
 寝るスペースを確保して、雪那を挟む形で二人が寝そべる。
「あーあ、こんないい日だってのに明日は戦場かよ」
「そうだね。でも大丈夫、帰ってきたら雪那のリハビリ再開だよ?」
「ああ。絶対、大丈夫だから」
 確信を持ってロイが笑う。嬉しい。これほどまでに嬉しい事は人生で二度とあるまい。瀬里奈も同じ感情に包まれながら、また四人でいられる優しい夢を見て意識を落とした―


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