『狂界線』
六/壊れた獣は餓えるが故に
何よりも眼前の血肉を求める




「ここからですか」
 予定より早く目的の街に着いた。ここからさらに歩いて一時間もしない場所に「天国への扉(ヘブンズゲート)」が開く予定の場所がある。住民は既に部隊の支持によって避難していた。さすがに巻き込むわけにはいかない。全ての施設はそのまま使えるため、ここが重要なポイントとなる。
「少し早いがこれで休憩にしたほうがいいな。日が沈んできたから翌日に攻め込むとしよう」
 扉が開放されたかどうかは分からないが、休めるうちに休まなければ体が持たない。もし開いていれば最悪の展開になりかねないが。
「部屋はここでいいよね」
「ああ。よいしょと」
 店の中の一室に雪那を降ろす。ここは食料品を売っている小さな店で、長期戦を余儀なくされた時のために確保した場所だ。他の隊員も店の中に腰を下ろして休憩を取っている。ロイはここまでの距離をたった一人で雪那を背負い続けてきた。誰かが手を貸そうとしても頑なに拒み、たった一人で。おかげで腕の感覚が少しおかしい。
「ちょっと腕が痺れてんのかな?」
「じゃあマッサージしてあげる」
 瀬里奈がロイの腕を掴むと、とてもじゃないが満足な状態でないことが伝わる。
「あんたよくやるわねえ。これだと本番でもたないよ」
「いや、もたせて見せるさ。これくらい」
 友が受けた仕打ちに比べれば、どうということは。
「ね、雪那。なにか食べる?」
「――」
 瀬里奈が話しかけるが反応は無い。栄養は点滴で補っているものの、いつまでも続けるわけにもいかない。だからこうやって促しているのだが、本人は反応が無いまま。
「瀬里奈、雪那も疲れているだろうし」
「ん? それもそうだね」
 周りが怪訝な表情をしても二人は一向に気にせず、いたって普通に、雪那がまだ元気な頃のように接している。それこそが最も回復させる方法と言わんばかりに。だが実際はすがっているだけにすぎない。
「お? ここ、シャワー室もあるのか。いいじゃねえか、早速浴びるぜ」
「それなら雪那も一緒に入れてあげてよ。私は最後でいいから」
「ああ、そうだな。ほれ、服脱がすぞ」
 雪那が何も反応しなくともロイは一緒にシャワーを浴び、頭を洗ってやる。しかし体が動かない為、思っていたよりもやりずらい。
「むむ。これは時間がかかるな」
 ロイが悪戦苦闘している頃、瀬里奈はフェイミンとダンデオンと話していた。
「本当に、隊長を連れて行く気ですか」
「いや。ここまでだよ。さすがに死んでしまう的にするつもりはないから。またここで合流して帰還だね」
「……ロイ隊長もあなたも、まだ――」
「殴るよ」
 瀬里奈が本気で殺意を放つ。ダンデオンも失言だと理解し、黙り込んでしまった。
「瀬里奈。私は隊長に復帰してほしい。それは全員が同じ意見でしょう? でも、こんな姿の隊長を見せられても――」
「ならとっとと失せて。諦めて眼を逸らす奴には誰であろうと微塵も用が無いの。帰って」
「瀬里奈! 私達は看護するためにここにいるわけじゃないのよ!」
 パン。
「……な」
 フェイミンは瀬里奈に叩かれた頬を押さえる。
「失せて」
「瀬里奈」
「償えるとは思えない。自己満足で終わらせるつもりもない。本当に、帰ってくると信じているからやっているの。使えなくなったら道具のように捨てるあんたと一緒にしないで」
 フェイミンはショックを受ける。そんな、そんなつもりで言ったわけではないのに。それなのに瀬里奈からは自分が非情な人間に見えているのか。副隊長として、誰よりも戦場に一緒に立ってきたからこそ今の雪那を見たくなかった。けど――
「フェイミン」
「ダン、デオン」
「私達が悪い。皆、こんな時に何をやっていると見てきた。だが瀬里奈もロイ隊長も本気なんだ。本当に、隊長が戻ってくると信じている。それはまず我々がやらなければいけなかった行動ではないのか」
「あ、う、うん。私、私」
「反省はいくらでもできる。ここは」
「御免ね、フェイミン。それでも今のあなたに任せたいとは思わない。ダンデオンも、悪いけど」
「……ええ。フェイミン、行こう」
「――はい」


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