『狂界線』
六/壊れた獣は餓えるが故に
何よりも眼前の血肉を求める




――七日目。
 葬儀は静粛に行われた。死んだヒトの価値が流された涙と悲しんだ人数で決まるというなら、間違いなく彼女は誰よりも慕われ、誰よりも愛されていたのだろう。泣き声が後を絶たず、同じ部隊の者たちはもう前を見ることすらできない。棺桶はそのまま宿舎全てを見渡すことができる中央の広場に埋められることになった。
「――これで、お別れだ。各自、最後の挨拶を」
 ヴェルの言葉に泣き声が更に大きくなる。だがその場所に最も居るべきである三人が居ない。

 ロイは、決心をもう一度固めた。次はこそは。いや、次など絶対にさせないために。

 瀬里奈は、選んだ。もうこの罪からは逃げられないし、逃げたくもないから。

 そして雪那は――

 三人は同じ部屋にいる。まるでこの惨状が今の心理状態そのものを体現する部屋に。
「葬儀、そろそろ終わりか」
「そうだね」
 この二人はまだ十代にして全ての人生を使い切る覚悟でここにいた。だから、もう涙は流さない。流してもあの子は絶対に喜びはしないから。
「瀬里奈。お前挨拶は?」
「最後にするよ。なにも添える物は無いけどね。ロイは?」
「俺もそうする。添える花でもあればよかったか」
「そう言わない。このまま行くよ。もう逃げはしないことを告げないと」
「ああ。二度と」
 誰かが死んでから確認する。最低だ。
「――」
「雪那、最後に挨拶していくよ」
「馬鹿。最後じゃねだえろ」
「……そうだね」
「――」
 雪那の状態は治らない。もう二度と動く事のないぜんまい仕掛けの人形のようにぐったりとしている。寝ているかどうかも分からず、生きているかどうかも怪しい。ショックなどというレベルではなく完全に精神が崩壊していた。だが瀬里奈とロイはそれでも看病を止めない。この後戦場に連れて行くことも二人が無理矢理押し通した。瀬里奈は親友を、そして誰よりも好きなヒトが自分から愛したヒトを殺してしまった罪を一生背負い続け、その痛みと罪を忘れないために雪那の側に居る事を選んだ。ロイは自分の覚悟がいかに甘いことだったかを再確認し、残りの人生をこの男のために全て使い切る決心をして雪那の隣に居る事を選んだ。二人とも開き直ったわけではない。こうでもしないともう立てないのだ。
「では、各自――」
 ヴェルが最後の最後に泣きながら指示を出した。これで、葬儀は終りだ。次に向かう場所は全力を出しても生き残れるかどうか分からない地獄の戦場だ。
「さて」
「そろそろ」
「――」

 少しだけ時間を貰って地面に突き刺さった十字架の前に来る。ロイが背負っていた雪那を十字架の前に降ろした。
「よし、と」
「じゃあ行ってくるね」
「ああ。雪那は俺達がちゃんと守るからよ、心配すんな」
「……テュッティ」
 泣いてはいけない。ここで泣いたら所詮はそこまでということになる。そんなことは許されない。
「あ、そうだ。このネックレス、前に誕生日にもらったプレゼントだけどさ。今だけ預けるよ。また取りに来るから」
「いいな、それ。戻ってくる目的があるのってさ」
「うん。その時は三人一緒だからね?」
「当然だ」
 顔を見合わせて微笑む。こんな無理、いつまで続ければいいのだろう。
「雪那、挨拶」
 瀬里奈が促す。だが未だに雪那は動こうとしない。
「ほら、雪那。行ってきますくらいは」
 ロイも同じように。しかし――
「――」
 感情が、眼に映らない。もうこの光景が何かすら理解していないのか。それとも死んでいるのか。
「雪那あ……」
「雪那……」
 ――時間だ。本人達の全てが時を止めたまま、無情にも世界という時間だけは容赦なく動いていく。誰もいなくなった宿舎が寂しいと言った気がした。


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