『狂界線』
伍.四/あなた。わたし。



 部屋に戻った瀬里奈は内側から鍵をかける。今は誰にも会いたくない。ベッドに体を埋めて黙り込んだ。何も考えたくはない。それなのに。
(……!)
 思い浮かぶは先程の光景。考えたくもない。しかし本人の意思とは関係なくどんどん引きずり込まれる。
(嫌! 嫌! 私は嫉妬なんてしてない!)
 気持ちとは裏腹に脳に焼きついた映像。一度確認したがために尽きることが無くなった雪那への想い。好き。だから、
(邪魔なんかじゃない!)
 もうどうしようもない螺旋にはまってしまった。心が痛い。胸が切り裂かれそうだ。
 ガチャガチャ。
「あれ? 瀬里奈、中にいる?」
「!」
 帰ってきた。一番会いたくないヒトが。これがロイならばまだ相談することもできるだろう。嫉妬した相手は、他でもない。
「ごめん、一人にして」
「具合が悪いの?」
「そんな感じ」
「じゃあ薬持ってこようか?」
「いらない」
「え? でも具合が悪いなら飲んだほうがいいよ?」
「大丈夫だから」
「……瀬里奈、ほんとに」
 ほんとに。
「うるさい!」
 ――静まった。驚いている表情が浮かぶ。どう、しよう。
「え、あの、」
「一人にして」
 気配が遠ざかる。なんとか一人になれた。でも状況は改善されていない。今のままならば何日たっても気持ちは同じままだろう。拒絶したのは自分なのに、テュッティの一言一言に腹が立ってしょうがない。
「く、ああっ!」
 バゴン!
 拳を壁に叩きつける。体が痛みを感じていないと心がどうにかなってしまいそうだった。何度も、何度も。
「この、このっ!」
 一撃入れる度に壁がへこむ。一撃入れる度に拳が腫れる。一撃入れる度に拳の皮が剥ける。一撃入れる度に、心を掻きむしられる。
「はあ、はあ」
 さすがに異常な事態と感じたのか他の隊員たちも集まってくる。
「瀬里奈さん、大丈夫ですか?」
「どうかしましたか!」
 ドンドンドン。
 ああもううるさい。さっきから、さっきから!
「一人にしてって言ってるでしょうッッ!」
 怒鳴り返す。静まった事を確認してからまた壊す。周りの家具を、壁を、そして自分の体を。
「うああああっ!」
 もう、どうしたら。どうしたらいい!
「瀬里奈! 開けてよ!」
 コノコエハ。マタキタノカ。
「うるさい! もう来ないでってば!」
「なんでよ!? 心配したらいけないの!?」
 ナンダト? ダレノ、ダレノセイデコンナメニ!
「あんたなんかに心配してもらう必要なんてないわよ! 邪魔だって言ってるでしょうッッ!」
 本音を、叫んだ。もうあれは親友などではない。邪魔な――
(っ! でも、でも! 私……!)
 でも親友である事は間違いない。その感情に挟まれた瀬里奈は再び押し潰されそうになる。
「あああああっ!」
バキイン!
 鏡を、拳で割った。だらだらと拳から血が流れる。だがそんな事はどうでもいい。まだだ、まだ、足りない!
 バゴン! バキッ!
 壊す。もうそれ以外に自分を満たす方法が無い。体を傷付けて、痛みを感じて、心は潰されて。流れる血を見て、更にまた。
「こ……のっ!」
 バキイッ!
 大きな音を立ててクローゼットが破壊される。最早以前の部屋の面影は残らない。この空間で唯一綺麗なままなのは、流れ落ちる涙だけ。



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