『狂界線』
伍.六/叫、刻み込め。



―サヨウナラ―

――五日目。
 朝を迎える。雪那とロイはとりあえず瀬里奈のいる宿舎へと向かった。同じ宿舎で暮らす他の隊員にあの後何かあったか聞くためだ。本人の部屋には、近寄らない。
「どうだった?」
「その、やっぱり物音が。いくらか経つと静まるのですけれど後でまた……」
 ここの宿舎は夜中にいきなり大きな音がする事態になっていた為、中にはよく眠れなかった隊員もいるそうだ。状況は改善されていない。
「寝ていないのか」
「ええ、恐らく。朝方になっても続いていましたから寝てはいないかと」
 そして。
 バゴン! バキッ!
「!」
 まただ。どれだけこんな状況が続くというのだろう。
「雪那」
 ロイに肩を掴まれた。
「! ……ああ。今行っても」
 駄目だろう。こちらがいかに冷静になろうと相手がそうもいかない。瀬里奈の身を全員が案じているのだが、何が彼女を追い詰めたのか見当も付かないためますます不安になるばかりだ。
「……話、時間をとらせたな」
「いえ。みんな瀬里奈さんには早く元気になってもらいたいと思ってますから。でも」
「ああ。時間的な余裕があるわけじゃあない。最悪の場合、ここに放置する事も考える」
 ロイは非常な決断を下す。力ずくで連れて行くこともできるが、ただの的になるだけだ。生き残る選択肢があるのであれば優先した方がいい。
「次はテュッティの所に行こう。あいつを直接ここに連れてくるわけにはいかないだろ」
「そうだな」

 千鶴の部屋に来た。昨晩はこちらにテュッティが泊まったため、二人でいるはずだ。
 コンコン。
「はい」
「すまないが二名追加。いいか?」
「ええ、どうぞ」
 ガチャ。
 部屋に入る。二人は朝食済ませた後のお茶の時間だった。千鶴もテュッティも表情が暗い。
「さっき宿舎の他の隊員に話を聞いてきた」
 ロイが話しながら椅子に腰をかける。雪那はすぐにテュッティの隣に移動した。
「どうでしたか」
「昨日、一晩中あの様子だったそうだよ。真夜中にいきなり音がするもんだから眠りきれてない隊員もいる。ついさっきも」
ビク。
 ついさっきという言葉にテュッティが反応する。
「大丈夫だから」
 雪那はすぐに落ち着かせようと肩を掴む。それでもテュッティは不安が抜けきれない。
「ねえ、もしかしたら私が悪いのかな」
「え?」
「昨日ね? 『あんたなんかに心配してもらう必要ない』って……私、」
 雪那が抱きしめる。もう、こんなテュッティは見たくもない。
「理由がはっきりと分からないけど瀬里奈は追い詰められている。それで気が立っているだけだ。親友だろ? 大丈夫、大丈夫だから」
 今度は自分が拠り所になるように、大丈夫という言葉を伝える。ちゃんと届いただろうか。
「うん」
 他に二人がいても遠慮なく胸に顔を埋めてきた。優しく頭を撫でて落ち着かせる。
「……でもね、テュッティ」
 千鶴はこの様子を見ても言わなければいけない。
「時間がないの。もし、明日までに部屋から出てこなければ」
 その続きは言わなくても分かるだろう。
「う、あっ、あ」
 泣きじゃくる。
「……くそっ」
 ロイは苛立ちを隠せない。何が、どこで狂った。
「席を外しましょう、ロイ」
「ああ」
 二人っきりになってもテュッティは泣く事を止めない。雪那も気持ちは同じ。どうすればいいかが分からない。追い詰められていく親友を救いたい気持ちだけが先行しすぎて、こちらまでも追い詰められていく。抜けられない沼に足を入れてしまった状態だ。
「大丈夫、絶対になんとかなるから」
 もう自分にさえ確信を持てない言葉を、雪那は弱く呟いた。



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