『狂界線』 伍.六/叫、刻み込め。 いつの間にか寝ていたのだろう、太陽はすでに真上に来ている。もう昼になった。眼を凝らして周りを見る。部屋の状況は散々たるものだった。いたるところに拳のめり込んだ跡があり、家具は椅子だろが箪笥だろうがありとあらゆるものが破壊されている。壁には引っ掻いた跡が残り、二段ベッドも完全に壊れて崩れ落ちて、周りには大量の血の跡がある。本人の体も無事ではない。拳はなんとか骨が折れてはいないものの皮がほとんど擦り剥け血だらけだ。腕には何回も引っ掻いた跡が残り、壁を掻いた際に爪も何枚か剥がれ落ちている。顔は生気を失い眼もどこか虚ろ。感覚が無くなるまで叩きつけた手と腕の感覚は殆ど無く、少し寝ていたから回復してかろうじて動かせる程度だ。何も知らない第三者が見たら殺人事件の現場に見えてもおかしくない程の惨状。 「……」 もう考える事にすら疲れた。今、この状況であの二人に甘えれば楽ができるだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。このまま眠りたい。 「……」 空が曇ってきた。こんな天気では気分も滅入るというもの。はっ、どうでもいいか。 カチャ…… 外を見渡せる窓が開く。何故か鍵がかかっていない。だが開いた窓からは誰も侵入してこない。 フオン…… 体の傷が徐々に癒える。どうやら治癒結界をかけられているようだ。 「覚えていますか」 話しかけられた声には聞き覚えがある。誰だったか。 「お久しぶりです」 首を動かして顔を見る。 「もしよろしければ」 それでもいいかもしれない。どうせ、今ぐらいは流されても。 その報告が届いたのは正午過ぎだった。現在、瀬里奈の部屋があるフロアには立ち入り禁止となっており、そのフロアの隊員は全員違う場所で寝泊りしている。だから報告が遅れてしまった。 「瀬里奈さんが、部屋にいません」 「!」 隊員が何か食べなければもたないだろうと食事を持って行った際に、部屋の扉が開いていたらしい。中を見渡しても瀬里奈はいなく、現在捜索している最中だという。雪那とテュッティはすぐに部屋を飛び出した。 「部屋から出てきたのならばまだチャンスはある」 「うん。今度は、絶対」 わずかに繋がったかに見える希望にすがりつくため二人は走り出した。 どこだろう、ここは。言われた通りの場所に来たものの見たことも無い場所だ。 「どうも」 姿を見せる。 「……なに?」 歩いていく内に大分精神状態は回復した。ただひたすら歩くというのもたまには悪くない。気分が徐々にではあるが落ち着いてきいる。 「随分と追い詰められているようでしたので」 そうだろう。あの部屋を見て何も感じない奴はヒトではあるまい。 「……ちょっとは落ち着いた。いまなら」 そう、いまなら。あの二人に少しくらい話をしてもよさそうだ。理由がどうあれ、迷惑は掛けたから。 「そうですか。少し話しをしてくれませんか? 全てを話してしまえば楽になるかもしれませんよ」 一理ある。誰にも言わず自分自身で背負い込んでしまうと抜け道が見つからない。それは昨日嫌というほど実感できた。 「いいわ。聞いてくれるなら話す」 「ええ。どうぞ」 見つからない。何処を探しても姿が見当たらない。しかも目撃した隊員も一人もいない。 「どこにいった? 外か?」 外に出られると探索範囲が一気に広がる。このままでは日が暮れる前に見つけるのは難しくなる。 「ロイ、そっちは」 「駄目だ、やっぱりいない」 「こちらもです。テュッティは?」 「いないよ。やっぱり外しか」 隊員も含め総動員で探しているが見つからない。やはり外に出たのだろう。 「探索範囲を広げましょう。あまり帰るのが遅くならない距離で、少しづつ」 「なるほど」 話を聞いて頷く。 「初めて嫉妬した相手がよりにもよって親友ですか」 「うん。だから錯乱状態になっちゃった」 聞いてもらえる相手がいるとやはり安心感を得れる。心のわだかまりが随分と消えてきた。この状態ならなんとか、いつもと同じ様に親友の笑顔を想像できる。 「ありがと。大分落ち着けたしあとは――」 「いいのですか? このままで」 「……え?」 なに、を? 「気持ちが先かどうかは関係ないと思います。このまま何もせずに引いていいのですか?」 「……」 なんで。また元の関係に戻そうと決心したのに。 「奪う事が悪い行為だとは思いませんが」 そうだろうか。少なくとも親友の幸せは壊さなければならない。 「天秤に掛けることができるのは一つです。自分か、それともそれ以外のヒトか」 そうだろう。自分の幸せを得るためにはそれ以外の他人を、誰かを犠牲にしなければならない。 「もし、少しでもそう考えれるのであれば協力しますよ」 「……ごめん。気持ちはありがたいけどやっぱいいや。今の関係が悪いとは思っていないし」 「ほんとうに?」 ズ、キン。 「――」 いいのか? でも、嫉妬心が消えたわけでは無い。だから―― |