『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



「?」
 なにか音がしたので雪那は眼をそちらに向ける。
「どうしたの?」
「いや、いま誰かいなかったか?」
「うん? 気付かなかったけど」
 でも確かに。気のせい、なのか。
「雪那、そろそろ戻ろう。あんまりいないままだとロイとか心配するかも」
「あ、ああ。そうだな」
 二人で丘を降りる。気付かないまま。
 降りてからロイを探したが見当たらない。どうせどこかでこそこそと手紙でも書いているのだろう。そんな友もなかなか可愛いと思いながら雪那は部屋に戻る事にした。扉を開けると、ロイの姿。
(……そういえば部屋にいるって考えなかった)
 基本的なミス。まあいいか。
「熱心だなー。手紙、できた?」
「聞くな」
「頑張って愛の告白を」
「だーかーらー」
 からかわれるとすぐに反論して焦りだす。ロイが本気である事は十分に承知だが、今まで見ることのできなかった友の一面を発見すれば黙ってはいられまい。
「ふふ、少しアドバイスしてやろうか」
「……なに」
「思い切ってロマンチックに」
「……ごめん、それ書いてるほうが恥ずかしい」
「やっぱ?」
「ああ」
 事態が深刻でもいつも通り熱を上げるロイを見てると気分は悪くない。こういう空間が好きなのだろう、結局は。この二人はすでに互いがいないと暇でしょうがない存在になっている。
「しっかしロイ、お前も――」
バタン!
 いきなり扉を開けて入ってきたのはテュッティだった。急いできたのだろう、息が荒い。
「雪那」
「どうした? そんなに慌てて」
「瀬里奈が」
「え?」
「とにかく来て」
「お、おい!」
 腕を引っ張られて部屋から連れ出される。ただ事ではないと感じたのかロイも後に続いた。
「だから一体」
 答える前に外に出て、テュッティ達の部屋の前まで連れてこられる。
 ドンドンドン。
「瀬里奈、開けてよ! ねえ、瀬里奈!」
「嫌だっていってるでしょ! お願いだから一人にして!」
「な……」
 状況が理解できない。
「テュッティ、これ」
 不安になったロイが事情を聞こうとする。
「瀬里奈が部屋から出てきてくれないの。最初は気分が悪いのかと思ったからしばらく一人にしてたけれど段々物音が激しくなってきて……。さっきから話しかけても怒鳴ってばかり……。私、一人じゃどうしようもなくなって」
 それで呼びに来たのだ、二人を。ロイが変わりに話を聞こうとする。
「おい瀬里奈! なんとか事情を話してくれないか!」
「うるさい! 余計な人間連れてこないで!」
「!」
 これは相当重症だ。理由は分からないがこのままでは瀬里奈が。
「瀬里奈、落ち着いてくれ。とりあえず話を聞くくらいはいいだろう。このままでもいいから」
 落ち着かせようと雪那が静かに話しかける。瀬里奈は泣きながら答えた。
「お願いだからこないでよお……嫌だから、お願い……」
「……」
 ここまで追い詰められている瀬里奈をどうにかして助けたい。だがこのままでは……。するとそこに千鶴がやってきた。
「状況は大体聞きました。三人とも、気持ちは分かるけれど今は一人にしてあげて。考える時間があれば落ち着くかもしれない」
「そう、だな。まずはこっちも落ち着かないと」
「ええ。テュッティ、今日は私の部屋に来なさい。ロイと雪那は必要以上にここに来ないこと」
「ああ」
 みんなが扉から去ったあと。テュッティは一度だけ扉に耳を付けて話した。
「ねえ。私じゃ駄目なの? 私、親友だから――」
「うるさい……! 二度と来ないで……!」
 つきけられた拒絶にテュッティはショックを受ける。こんなことって。泣きながら、その部屋をあとにした。


巡る。廻る。なにが。あなたが。俺が。お前が。私が。さあ、踊ろう。飽くなき狂想曲を。死が訪れるその瞬間まで、何よりも美しい血のドレスで身を着飾って。ヒテイナドサセナイ。一緒に、踊りましょう。ふふっ。楽しいですね。


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