『狂界線』 伍/暗、崩壊する世界。 ――四日目。 雪那は隊員全員に話を通した。そして改めて聞けば、やはり全員今更引く気はないとのこと。こんな状況にも関わらず、やる気満々のあいつらを見ていると、本当にどうにかなりそうな気がしてきた。まずは隊長の自分が大丈夫な所を見せないと。 「雪那」 テュッティが声を掛ける。どうも表情が疲れているようだ。 「大丈夫か? 顔色、悪いぞ」 「うん、なんとか。やっぱりね、最終確認を取るときってどうも」 「ああ、わかる。答えが分かってるだけに聞きづらい」 「こっちが無理させてる気になるんだよね」 はあ、と溜め息をつく。ここ四日で場の雰囲気は大分変わっていた。なるべくいつも通りに過ごそうとしている為か、なにか動きがぎこちない。妙な緊張感で包まれている。だが―― 「あ。お二人とも、おつかれさまでーす」 通りかかった隊員に声を掛けられる。いまや全部隊の連中に二人の関係は知られていた。原因は千鶴がばらしたからだ。本人は少しでも固い空気を和らげたいと思ったらしい。 「きついなあ」 「あはは……。祝福されてるのはうれしいけどね」 だが二人はそうでもなく、逆に緊張する機会が増えた。なにせ何処へ行っても大体一緒のためすぐにからかわれる。二人っきりになるにはあの丘以外に場所がない。 「今日はどうする? また行く?」 「ああ、そうだな。少し話そうか」 また、いつもの丘へ。まあ本人達が気付くはずもないが、しっかりと二人の存在は緊張感を和らげる潤滑剤にはなっていた。なにせ全員が死ぬかもしれないのだ。しかも、こんな特殊部隊にいるため普通の生活には戻れないと誰もが覚悟している。その中で普通に恋愛ができて幸せそうにしているあの二人の姿は大きな影響を与えていた。 「んーっ……気持ちいい……」 静かに吹き抜ける風を浴びて、テュッティが背を伸ばす。 「雪那も背を伸ばしたら」 「ああ、そうだな……んっ」 背筋を伸ばすと体の調子が良くなった気分になる。無理な訓練もせず、出撃もしていない現在の状況では体も少し鈍っていた。 「ここから見る風景ってさ、すごく綺麗だよね」 「そうだな。宿舎が一望できるし、なにより向こう側がほとんど地平線のように見える」 「これから起こる事が嘘みたい」 「……でも」 「うん。大丈夫だよ。またみんなで戻ってこよう。瀬里奈も、ロイも一緒に」 絶対、という確信を持ってテュッティが笑う。大丈夫だ。そう、大丈夫。しかし、それとは別の事が雪那にとっては気掛かりだった。 「テュッティ、やっぱり」 「雪華ちゃんのこと?」 「ああ。気にならないといえば嘘になる」 あの日以来雪華に関しての情報は一度も入っていない。一応カーマインの部下達に捜索させているが、情報はゼロだ。 「……まずはさ、生き残ろう。生きていれば絶対にまた会えるから。その時は私も一緒」 「そう、だな。生きていなければ会うこともできないな」 「よし。ん、大丈夫大丈夫」 テュッティの「大丈夫」は気休めでもなく本当に何とかなりそうな気にさせてくれる。昔からそうだったか。それとも恋人になってからか。雪那にとってはなによりも強い励ましとなっていた。 「にしてもすんなり受け入れてもらえたことは意外だったな」 「先に雪華ちゃんと会ってたからね。それに雪那だから、だよ?」 雪那はテュッティに全てを話していた。あの日、何が起きていたのかを、全て。 「あ、もしかして雪華ちゃんが私の妹になるのかー。ふふ、かわいい妹だね。目つきがお兄ちゃんに似て鋭いけど」 「……最近気付いたがどうも俺の家族は目つきが悪いらしい」 「卑屈にならないの。うん、でもいいと思うよ? なんていうか、外見とは裏腹に優しいし」 「誉め言葉になってねえよ」 何気ないやりとりを大切な時間なのだと実感することが最近多いような気がする。現実との狭間に立っているせいだろうか。……本心は誰だって、こんな状況を望んでいないからか。 「キスしよ」 いつもと同じように。誰よりも愛しい温もりを感じて。確認するのは、自分と相手の存在。 「こっちしかないなあ」 瀬里奈はテュッティを探していた。行きそうな場所は全て探したため、後はあの丘ぐらいだろうか。ちょっと体を動かしたいから付き合ってもらおうと考えていたが結局大分歩き回って探したため、運動はもう十分。 (お茶にでも付き合ってもらおう) 親友と一緒においしい紅茶を飲めば気分が安らぐだろう。不安が隠せないのは瀬里奈も同じなのだ。ちなみにロイが相手だと楽しいが疲れるので却下。 「んー」 少し急になっている坂を上る。ここを抜ければ木々の間から一気に開けた場所に出る。あと、少し。 「ふう、え」 丘について。瀬里奈が見た光景は、二人のキスシーン。 (あわわわ! やばっ、タイミング悪い!) とりあえずはこの場所から去らないと。来た道を引き返そうとして― (……え?) 眼が、離せない。 (なに? もうっ、早く離れ――) ダメだ。キスしてる二人から眼が離せない。そして一番見ている場所は、雪那の―― (いや。なによこれ! 私、そんなつもりなんて) そして視界にいるもう一人の人物。 (や、だ。私、私) ズキン。 胸が、痛い。なんで? あの場所に立っているのが、自分ではなく、 (テュッ、ティ) ズキン。 感情が抑えきれない。なんて、こと。 (嫉妬してる……!) 口を重ねている姿も。抱き合ってる姿も。いつも一緒にいる姿も。笑うその笑顔も。何もかもが。 (気に入らない!? なんでよ、親友が幸せなのがそんなに!?) ……そうだろうか。原因は己の心に聞けば分かるはずだ。気にらないのが親友だというだけではなく。 (私も、私も雪那が――) だから嫉妬する。さらにその側に立っているのが幼い頃からここで一緒に暮らし、共に育った姉妹のような親友だからこそ奪われた気分になる。今更になって自分の気持ちに気付く。いつからだ。気付かないふりをして、何事もなかったように応援して、そしてここで嫉妬して。 (嫌。嫌だよ、こんなの! 私はみんながいい気分じゃないと) でも (だから! 私は嫉妬なんて) もう一つの気持ちは (――) でしょう? 完全に。何かが、ずれた。いや、元々ずれていたことに眼を向けていなかっただけか。 走り出す。逃げるように、ではなく逃げるために。 もう、この空間に自分は入り込むことができない。駄目だ。 |