『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



「遅かったな」
 すでに集合場所には他の全員が来ていた。雪那とロイはすまなそうに席に着く。
「ああ、朝の一軒で昼飯食うの遅れてた。すまん」
「話、始めても構わないよ」
「ええ。では」
 カーマインが話を始める。今後の全てを左右する事を。
「率直に伝えます。上層部の狙いが分かりました」
 その言葉に、場が静まる。カーマインが再び口を開いた。
「上層部の狙いは『天国への扉(ヘブンズゲート)』の開放です」
「な」
今度は隊長全員が凍りついたように動きを止めた。今の、セリフは。なんとか口の動くヴェルが声を出す。
「カーマイン、本当か」
「ええ。最上級のセキュリティが掛けられていた場所からの情報です。私自身が調べましたから間違いありません。開放予定日は、今月の月末」
 近すぎる。もう二週間と少ししかない。
「上の連中は事前に全ての準備を済ませていたようです。あとは時期の調整だけのようでした。元々は封印のための道具は国連本部にあります。当然といえば当然ですが」
「だが行おうとしているのは」
「はい、一部の連中だけです。すでに事務総長からは特命を受けました。ただし、我々が全滅すれば核の使用もやむをえないと」
「まじか……」
 隊長全員は頭を抱えてそれぞれが考え込んでいる。だが副隊長達は話の内容が理解しきれていない。フェイミンが口を開いた。
「申し訳ありませんが雪那隊長。話の内容が読めません。そもそも『天国への扉(ヘブンズゲート)』とはいったい」
「ああ、そうだな。カーマイン、副隊長も全員呼んだということは」
「話しましょう。これは全員が団結しなければいけません」
 それぞれ隊長全員が顔を見合わせる。全員が頷いたのを確認してから、雪那は話し始めた。
「まずそもそも『天国への扉(ヘブンズゲート)』に関する知識はこの機関の上層部と隊長クラス、それに国連の事務総長しか知ることが許されない情報だ。今回は全員で生き残るために隊長達の独断で話させてもらう。心して聞いてくれ」
 副隊長達も全員緊張の色が隠せない。
「『魔』が異界の侵略者だという事は知っているな。奴らの中の更に上のクラス、邪神クラスがこちらの世界に現れる際に作られた『扉』が『天国への扉(ヘブンズゲート)』だ。あれは元々、異界へと続く扉だった。まあ魔物からすればこちらに繋げた、だろうが。人類が予想以上に抵抗するもんだから痺れを切らした邪神クラスの連中が、自分達が直接こちらの世界に介入できるように作ったのさ。そして実際、あの扉は三百年前に一度開いている。その時は人類の勝利で終わっているがな。で、その時に使用した封印の道具は長年に渡って国連が保存してきた。だから上層部の連中は簡単に持ち出すことができたんだろう。その封印はある法則が守られている限りほぼ永久に作用する。破るには法則を崩すか、道具で解除するか。まあ狙いは後者だろ。破られれば一気に何十万の魔物と上級、邪神クラスの化物共が溢れ出す」
 黙ってしまった。いきなりスケールの違う話をされて中々頭の中が整理しきれていないようだ。すると今度はヴェルが話し出す。
「その闘いの時に作られた国連の特殊部隊が現在の我々の元になった部隊だ。さらに当時は危険視されていた『規格外者(ノンスタンダー)』達も共に戦場に立っている。圧倒的不利にも関わらず人類が勝利できたのはその存在が大きい」
 次はチカラだ。
「その時は俺も参加していた。あとは恩師とその知り合いもいたな。ふ、たった三人で十万単位に突っ込んだのは中々おもしろかったが」
 雪那はそれが三人とも誰であるか理解している。今、この話に関わるのは運命とでも言えばいいのだろうか。
「ま、そういう話だ。今回は『規格外者(ノンスタンダー)』がチカラ一人しかいない。それに頼るわけにもいかないから戦力は圧倒的に不足。失聖櫃(ロストアーク)所持者はなんとか二人。これ以上は禁呪でも使って全員で手数を稼ぐしかないな」
「事前には防げないのですか」
「無理だ。封印を解除するにはやたら複雑な工程が必要となる。前々からかなり準備は進めてられていたようだし、連中は現地にもう移動を終えているはずだ」
「はい、雪那殿の言う通りです。しかもあれは準備が完了していれば後はただ待っているだけで開きます。今から私たちが準備をして移動を開始しても間に合わないでしょう。全面衝突は、避けられません」
「開いた扉は塞げますか?」
「道具が残っていれば。なければ、破壊するしかないでしょう」
「先人が封印しかできなかった物をどうやって?」
「それは俺と雪那の役目だ。できるかどうかは未知数だが」
「結局、失聖櫃(ロストアーク)も最後の一撃は温存。さらに威力の高い攻撃手段が減るな」
 場に沈黙が落ちる。破ったのは、瀬里奈。
「でもさ、その扉を開けてどうしようってわけ? 自分達で制御できる代物じゃあないでしょ?」
 最もな意見だ。するとカーマインがそれに答える。
「昔、封印された扉は事実を知らない人からすれば本当に天国への扉と思われていたようです。それ以外にも俗説は大量にあり、中には神の力を得ることができるという話まで残っていますからそれを信じたのではないでしょうか。邪神を味方につければこの世の支配者になれる、と」
「馬鹿が。自分が喰われるのがおちだ」
「ええ、まったく」
 それを機に再び黙り込む。勝ち目が薄い事は目に見えている。だがやらなければ犠牲になるのは、世界。
「各隊員にも話を通してください。どの道間に合いませんから出立は少し間をおいて一週間後にしましょう。それまでに全員に決めさせてください。来るか、来ないか」
 千鶴のセリフに全員が頷く。だが同時に分かっていたはずだ。拒否する人物は、誰もいない。
「解散、しましょうか」
「ああ」
 集合場所から一人、また一人とばらけていく。
「ロイ」
「ん?」
「ちょっと付き合え。体動かしたい」
「あ、私達も」
「そうだな。行くか」
 十代にして隊長・副隊長を勤める四人は、気晴らしのために外に出た。
「上層部の連中は結局確認してたんじゃなくて」
「うん。私達が脅威に値するかどうか見極めていたんだね」
「動いたからには問題ないってか」
「なめられたもんだな」
 会話もどこかぎこちない。
「とりあえずできることからしていこう」
「そうだね」
 空は澄み渡り、雲が走る。少年達をいざなうかのように。

 夜。街は明かりを灯し、闇に見える光の粒は地上に星空を描いてみせる。中に生きるヒトは酔いしれ欲望のままに明かりに誘われる。果てた者達は路地裏に沈み、求める者はまた。黒であるが故になによりも白が美しく白が光る故に黒がなによりも美しい。
(……まるで私のよう)
 建物の上から見下ろした街を前に呟く。光に誘われてふらふらと近づいていく蛾。夜の街にはびこる人々はまさにそれそのもの。それはある存在に固執して追い続けている自分も同じだ。そしてもう一人。
(まあ、こんなものよね)
 ヒトなんてモノは所詮欲望に駆られなければ生きていけない。そんなことはとっくの昔に理解している。だって、自分もその一人だから。
(あいつが考えていた事も一つの答えよ)
 それなのに自分はなんてことをしているのだろう。光る街の中に群がり染まる人々を嬉々として見下ろしている。まだ、飽きることなく。
(……はあ。もしかしたら本当に正解?)
『さあね。』
 そう言われた気がした。
(今更かな。別に欲しいわけでもないけど)
 降りるとしようか。
(久しぶりに適当な店で飲もう)
 今宵の酒は美味いか不味いか。気分で変わると分かっていてもそんな事は考えないほうがいい。その方がある意味博打も入って面白いというものだ。
(適当に宿を探しましょうか)
 宿に当たり外れはいつもある。せめて寝るベッドぐらいは壊れてないように願うのみだ。


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