『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



「もう。恋人としてもマイナス一点」
「う。ゴメンナサイ」
 医務室でテュッティから治療を受けた雪那はベッドでしばらくの間寝ていた。起きた現在の時刻はちょうど昼過ぎ。
「いくらなんでも着替え中の女のヒトの部屋に入るのはダメ」
「……はい」
 説教されることかれこれ一時間。さすがにそろそろ抜け出したい。
「テュッティの着替え中ならOK?」
「え」
 顔が、真っ赤。
(ああ。ほんっと、かわいい)
「だ、だ、ダメ。その、まだそういう関係には」
「ふうん? どういう関係?」
 顔を寄せる。もう口が付くかどうかという至近距離まで。
「その、せつ……んっ」
 重ねる。
「ん」
 ゆっくりと、長めのキスをしてから唇を離す。テュッティはのぼせ上がった表情でとろんとしていた。優しく頬に手を当てると随分と熱を帯びている。
「あ……」
「ん?」
「……もう、一回」
「ああ」
 また、優しいキスを。この瞬間は誰よりも幸せで。
「――んっ」
 唇を離して見つめ合う。テュッティが耐え切れなくなって口を開いた。
「そろそろ、その、お昼ご飯」
「もうそんな時間だっけ?」
「うん。大分寝てたから」
 雪那は少し考えてから。
「……あのさ」
「え?」
 ベッドの上に押し倒される。雪那が上。テュッティは下。
「あ、雪那?」
「ん。そ、の」
 雪那は珍しく顔を耳まで真っ赤にしている。この状況を理解できないほどテュッティも鈍くはない。
「あ……うん」
 一度だけ頷いて見せる。この部屋は幸い個室だ。一応、二人でいる時間を邪魔されたくなかったから事前に鍵はかけてある。
「いい?」
「……優しくしてね?」
「ん」
 今度は。二人とも、世界で一番幸せでありますように。

「雪那、まだ寝てんのかね」
 ロイはぼやいてパスタを口に運んだ。自分も長く気を失っていたものの、昼飯の時間帯には起きる事ができた。一緒に飯を食べようと思えばテュッティに止められるし。
「うーむ。今日のパスタは最高なんだが」
 ずずず。
「隣、いいか?」
「遅いな」
 やっと雪那が来た。同じように皿にはパスタが盛られている。互いにすすりながら会話を始める。
「いま起きたのか?」
「ん? いや、少し前には起きたけどな、テュッティと話し込んでた」
「んふふ。相変わらず仲がいいな」
「妬くなよ」
「またまた照れちゃって。かわいいな、おい」
「てめえ」
 具の一つであるマッシュルームを串刺しにする。
「あ」
 躊躇うことなく食べる。
「あああああ。楽しみが……」
「自業自得だこのやろう」
「あのなあ、お前はまだ食べるものがあるからいいだろうが」
「ふふん。謝っても許してやらない」
「うう。お前なんてテュッティでも食べていやがれ」
 冗談と皮肉を込めて言ったつもりだが。雪那はパスタにフォークを刺したまま完全に止まっている。
「ん? おい、どうした?」
 答えない。徐々に顔が赤く染まっていく。
「……水」
 コップを持って席を立つ。その姿を見ていたロイは気付いた。戻ってきた雪那の耳に小さな声で質問する。
「あのさ。もしかして、ほんとに」
 全部言い終わる前に雪那は急いでパスタを口に詰め込んだ。そのまま急いで食堂を出て行こうとする。が。
「まあまあまあまあ。そう急ぐな」
 ロイに肩を掴まれる。口がリスみたいになっている雪那は黙って見返す。
「とりあえず食べな?」
 もきゅ。もきゅもきゅもきゅもきゅ。ゴクン。
「じゃあな」
「逃がさん」
「いいだろうが! 俺は話すことなんてねえよ!」
「俺は聞きたいっつーの!」
「知るか!」
 食堂の入り口でもめる二人。時間帯が少し過ぎているからいいものの、本来ならはた迷惑な光景だ。この話題から何とか逃げたい雪那は切り札を使う。
「手紙の内容瀬里奈にばらすぞ!」
「ぬ、ぬううう! 貴様、切り札を!」
 ロイが渋る。余程あの手紙の事は瀬里奈にばらしてほしくないらしい。しばらくうー、と唸っていたロイはなんとか顔を上げる。
「ちっ。しょうがねえな、これくらいにしてやるよ。その代わり手紙は瀬里奈には内緒な」
「まあいいだろう。互いに切り札持ちならなんとか均衡状態にはなる」
 決着。これ以上は互いに干渉しないほうがよさそうだ。一息ついて食堂からでようとすると、向こう側からフェイミンがやってきた。
「隊長」
「おう。今から食事か?」
 しかしフェイミンは表情が硬い。
「いいえ。それよりもカーマイン隊長から他の隊長・副隊長全員に召集がかかっています。すぐに、だそうです」
 それを聞いた二人も表情が硬くなる。
「穏やかじゃねえな。どうした」
「どうやら上層部のことらしいのですが」
『!』
 動きがあったか。顔を見合わせて頷く。
「すぐに行く。一度部屋に戻ってから行くから、先に」
「はい」
 フェイミンがいなくなった後、急いで部屋に戻る。
「きたな」
「ああ。遅かれ早かれ動かないはずはない」
「タイミングとしてはまあ、妥当だな」
「俺らの任務が一つの区切りだったのだろう」
「そんなところか。よし、行くぜ」
 隊長の証であるコートを羽織った二人は集合場所に向かう。


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