『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



「捕まえたぞ、雪那あ!」
「っ!」
 やっと空中で雪那を捕まえる。
「よし、これで――」
「ば、馬鹿! 一旦離しやがれ!」
 雪那が焦る。このままでは制御が効かずに空中から落ちてしまう。
「何言ってやがる! そんなことで逃げようってもそうはいかねえぞ!」
「いやだから落ちるー!」
 もう落ちてます。そのままつかまれた状態で雪那はロイと共に宿舎に落ちていった。なんとか間に合うように障壁を展開する。
 ドゴン!
 部屋に落ちた。
「痛てててて」
 どこの部屋かはわからないがなんとか天井を破った程度ですんだ。このまま床を突き破ればそれこそただでは済むまい。
「……」
 部屋の持ち主が唖然とした表情で二人を見ている。
「ふう。……ん? あ」
「……」
 二人と眼が合う。そこは、千鶴の部屋。千鶴は着替え中だったためノーブラでパンツ一枚だ。
「……」
「……あ、はは、はは」
「千鶴姉、お、オハヨウ」
 もう言い訳はきかない。この状況を緩和させる方法など落ちた時点でなくなっている。
「はは、は、やっぱり千鶴姉はスタイルいいなあ」
「そうそう、胸の形も完璧だし」
「腰なんてくびれがたまんねーな」
「お尻も形いいし」
「おう、完璧。これは世の中の男共が放っておかないよなー」
「うん。こんな状況じゃあないと滅多にみれな」
ドゴォォォォォォォン!
 馬鹿な男二人は無詠唱魔法で簡単に吹き飛ばされた。
 プスプスプス……
 体から煙を上げて黒焦げになった二人は医務室に運搬される。
「朝っぱらから張り切りすぎよ、馬鹿」
 運びに来た瀬里奈がそんなことを言った気がした。

「どこまでいっても強情なのね」
 金髪の女は腰に手を当てて話す。
「まあ、血筋よ」
 痛みが少しづつ引いていく。
「……はあ。私が顔向けできないっての」
「……すみません」
「くだらない事で謝らない。そんなことで謝るくらいなら最初からここにいないでしょ」
「……はい」
 意識が朦朧としているもののなんとか答える。朝日が昇りきった。周りも明るさを増していく。戦闘の影響で周囲が血だらけだった。他のヒトが来る前にここを離れたい。
「どうするの」
「……それでも」
 これだけ血を流しても、体がボロボロになろうと死なない。治癒魔法を掛けられながらこうなるまで痛めつけられた。
「そう」
「止めないのですか」
「止めてどうするのよ」
「私」
「覚悟、決めたんでしょ」
「はい」
「確認よ。ここで少しでも逃げようとすれば本気で殺すつもりだった」
 だから一度も引かずに向かってくるのを本気で潰した。何度も回復させ、何度も、何度も。覚悟が本物かどうか確認するために。そして実際、一度も引かなかった。
「オッケー。あとは好きになさい」
「正しいとは」
「ん?」
「正しいとは思っていません」
「……そうね。正しくはないわ。確実に」
「間違ってますか」
「それを決めるのはあなた自身。客観的に見ても正しくはない。けど間違っていたかどうかは最終的に自分以外には決められないから」
 だから。
「少なくとも覚悟を決めたなら前に進みなさい。結果は誰にも分からないけど」
「はい」
「じゃあね。もし生きていたらまたこっちに来なさい。その時は前みたいにおいしい紅茶、飲ませてあげるわ」
 白衣を拾い上げ、肩にかけて立ち去る。残されたからどうという訳でもないが、改めて自分がどのような選択肢を選んだのか確認させられた。もしかしたらこれが最終通告だったのかもしれない。もう、二度と戻れない日常への最終通告。


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