『狂界線』 伍/暗、崩壊する世界。 「何か言ってくれ」 眼の前に立つ雪華は睨んだまま何も話そうとはしない。 「俺は」 触れようとすれば消えてしまう。 「私はあなたを許さない」 背後から聞こえた声の方向に振り向く。 「もう駄目なのか」 いつの間にか首に鎌をつきつけられている。 「今更何を。権利なんて、あるわけないでしょう」 ズ、シャッ。 首を、切り落とされる。首から大量に血を吹き出す自分の体と、それを浴びて嬉しそうに口を歪める雪華。それを見ながら、どこまでも落ちる。 「うわああああああっ!」 ガバッ! いきなり大声を出して起き上がった。息が荒れていて、体中汗だくだ。 「はあ、はあ、はあ、ゆ、め?」 周りが自分の部屋である事を確認する。下のベッドからロイのいびきが聞こえてきた。ここは宿舎の部屋の中に間違いないようだ。 「夢か、夢、夢」 落ち着け。何度も心の中で呟きながら雪那は眼を閉じる。なんということだ。昔の夢だけでは足りず、今度は雪華に殺される夢まで見てしまうとは。これが払うべき代償だとでもいうのか。窓から外見る。日は昇っているがまだみんなが起きるには早い。あと一時間以上は余裕があるだろう。雪那はベッドから降りて、シャワーを浴びに行くことにした。このままでは気分が優れない。 「くそっ」 気分がイラつく。誰のせいでもない、悪いのは夢だと理解していても。 (いや) 悪いのは自分か。こんな結果をもしかしたら何処かで望んでいるのかもしれない。気持ちは一旦悪い方へと考えが及ぶとずるずると引きずりこまれるものだ。 (はあ。ったく) 気付いているだろうか。もう自分は片足が完全に浸かってしまっていることに。 下に降りてシャワーを浴びて、着替えを済ます。少々早い時間だが食堂に顔を出した。 「ごめん、早いのは分かってるけどなにか食べたい」 食事を担当しているおばさんに話し掛ける。 「どうしたの。顔色悪いよ?」 「朝からろくでもない夢見てさ。眼が覚めちまった」 「そうかい。なら朝食はスープにしときな。今すぐ作ってやるから。落ち着くよ」 「ああ、ありがとう」 しばらく待つと湯気のたつスープが用意された。いい香りだ。 「いい匂いだな。ゆっくり食べさせてもらうよ」 「あいよ。もし追加したかったら遠慮なく言いな。こういう時は遠慮するんじゃないよ」 「うん。あんがと」 おばさんはまるで自分の息子かのように雪那を扱う。雪那もそれが嬉しいのか、仲が良かった。一口、運ぶ。おいしい。暖かいものを口にしたこともあってか心が落ち着いてきた。 「ん」 一口づつ、ゆっくりと運ぶ。何も考えずに。 「おかわり」 「あいよ」 何故か追加のスープとクロワッサン。 「頼んでないけど」 「遠慮無し。こういうときは素直に従う」 「了解」 まあクロワッサンもおいしいわけで。早目の朝食は終始和やかな雰囲気で終わった。 部屋に戻るとロイは既に起きていた。机に向かって何かを書いていたようだが、雪那が部屋に入った途端、隠してしまった。 「よ、よう。朝早いな。どこに行ってたんだ?」 「ああ、ちょっと悪い夢見てな。早く起きたからシャワー浴びてもう朝飯食ってきた」 「そうか、うん。気分は大丈夫か?」 「なんとか落ち着いたよ。おまえこそ何か書いてたみたいだけど、どうした?」 上から覗き込むように顔を近づける。するとロイは更に体を縮めて隠す。 「……おい」 「頼む。触れないで」 「……」 ふう、と溜め息をついて離れようとする、が。ロイが一瞬油断した隙を突いて覗き込む! しかしロイは素早くガード。 「……」 「……」 見えた。一瞬ではあったが確かに。 「『お元気ですか』」 「!!!!!!!」 ロイの表情が一気に変わる。耳まで真っ赤になり、汗が滲み出ている。 「……なるほど」 「違う」 「……まあいいけどな。じゃあ俺はもう少し散歩してこよう」 雪那はとりあえず外に出ることにした。まあからかいすぎるのもどうかと。ロイは理解してくれる親友に泣く演技をしながら感謝する。 「お前、ほんといい奴だなあ」 だが。扉を閉める寸前。 「朝早いけどテュッティの所にでも行くかー」 ……。思考時間数秒。テュッティの部屋。あの場所にテュッティは一人で住んではいない。もう一人。その人物が頭に浮かぶ。悪魔の微笑みがよぎる。ロイは、一瞬で状況を理解した。 「ノォォォォォォォォォォォォッ!! せーつーなーっ!!!」 バタン! 物凄い勢いで扉が開け放たれる。ビクッと反応した雪那はさらに速度を上げて逃げ出した。 「待てこらァ! 待ってェェェェェェェェェェェェェ! お願いィィィィィィ!」 「ふははははははははは!」 雪那も捕まるまいと全速力で逃げ出す。 バリイン! 廊下の突き当りにある窓を突き破って外に逃げ出した。ロイも負けじとその後を追う。これが普通のヒト同士ならばただの追いかけっこで終わるがこの二人は国連トップクラスの二人だ。眼にも止まらぬ速さで道を走りぬけ、宿舎を軽々とジャンプして上っていき、さらには空まで飛ぶ始末。世紀の大決戦ならぬ追いかけっこは朝早くから三十分もの激闘を繰り広げた。 |